第七話
「やあまいったまいった」
肩をさすりながら立ち上がるクレヴァント氏の声は実にあっけらかんとしたものだった。
「さて、私はどこを間違えたのだろうな?じっくりと分析しなければ!」
すっかり疲れた様子の三人を気に留める様子もなくクレヴァント氏はマリィの手から装置を奪うとあれこれと装置の点検を始める。
「あの、クレヴァントさん!」
「ああ、そうだった。どうだったね、お客人。私の偉大な発明は!少しトラブルもあったがなに、これも発明の醍醐味の一つ!楽しめたことだろう」
にこやかな声に、三人は絶句。
「……そうね、死ぬ思いのする体験だったわ」
なんとかそう絞り出したのはフェリクだった。しかしクレヴァント氏はその嫌味に気付かないのか、「そうだろうとも!」とうんうん頷いている。
「……なんかもう、すごく疲れた」
「でもでも、ちゃんと『満月のポーション』のお話聞かないとですよ」
「ああ、そうだった……すっかり頭から飛んでいくとこだったわ」
そんな会話を交わしていたところで、クレヴァント氏がそれまで装置を点検していた手をふと止め、改めてマリィたち三人を見る。そして一言。
「で、そういえば君たちは誰だね?」
「今更!?」
マリィのキレのいい突っ込みが入る。しかし、三人は気を取り直し一人ずつ自己紹介をした。
「マルルカです。クレヴァントさんのことはエルディラ師匠に教えてもらってお伺いしました」
「フェリキス」
「リセラです」
エルディラ師匠から受け取ったナプキンをマリィがクレヴァント氏に差し出すと、彼はそれを受け取り「ああ、エルディラ婆さんのところの」と、当の本人が聞けば魔法書でぶん殴られそうな言葉で返してきた。
「それで、一体何の用かね?」
ようやく話を聞いてくれる気になったらしい。
「あの、50年前のハロウィンの宴のことでお聞きしたいことがありまして」
「50年前……ふむ。私はもう長くハロウィンの宴には参加しておらんが……なにせ出禁を食らってしまっていてね。それにしても50年前か、うーむ」
しばらく考え込む様子を見せる。
「あ、あのっ。わたしたち『満月のポーション』について調べていまして!」
「知っていることがあれば教えてほしい」
間を惜しむようにリジーが話を継ぎ、フェリクもそれを引き取る。
「『満月のポーション』……ああ、あれか!私は残念ながら恩恵を得ることは出来なかったが、そういえばあったな。そうかそうか、もう50年になるか!」
「ドクターは霊薬、飲まなかったんだ?知っているなら色々と教えてほしかったのだけれど」
「残念ながらな。参加者に発明品を披露したり、招待状を配ったりといろいろ忙しくてね。気が付いたら宴もお開きになってしまっていたのだよ」
「招待状?」
リジーの言葉にクレヴァント氏はマリィから受け取ったナプキンを示す。
「これさ。これは私の発明の実験に参加できるという大変名誉ある招待状なのだよ!」
「トラブル確定チケットじゃない」
フェリクの突っ込みにクレヴァント氏はそ知らぬふり。
「で、君たちはその『満月のポーション』を探していると。しかしなあ。私も君たちに教えられる情報はあいにく持っていない。結局この招待状を持って訪ねてきたのは君たちだけ、……いや?そういえばもう一人居たな」
クレヴァント氏はそう言うとぱんぱんと両手を鳴らす。するとどこに控えていたのか、たくさんのメイドが広間に入り、散々に散らかった広間を手早く片付けていく。滑るようなその動きは人というより妖精や精霊のそれに近い。そのうちの一人がクレヴァント氏に一枚のナプキンを渡した。
「もう何年前になるかわからんがもう一人、この招待状を持って私のところへ来た魔女がいたのだよ。その時私は魔女のほうきの改良を研究していてね。飛行速度の高速化さ。彼女にはその実験に付き合ってもらったのだが、どういうわけか怒ってすぐ帰ってしまってな」
その魔女が「実験」で危険な目にあったのは想像に難くない。
「名は何と言ったか……、ええと」
悩むクレヴァント氏に、先ほどのメイドがメモを差し出す。クレヴァント氏はメモを見ると
「そうだ、オリアンナ!そんな名だった」
「そのオリアンナさんがどこに居られるかとか、ご存じでしょうか」
「ああ、知っている。何せ彼女自身が話したことだからな。確か、怪我の慰謝料?を払えとかなんとか言っていたような気が」
そこまで言って、クレヴァント氏はふむ、と三人を見る。
「君たち、ついでだから私の代わりに彼女のところへ詫びにでも行ってきてくれないか?怪我をさせたのなら詫びねばならん。しかし私は開発と実験に忙しい。なかなか彼女のところへは行けなくてな」
「謝罪の概念はちゃんとあるんですねぇ……ちょっと意外」
「こら。リジー、失礼よ」
クレヴァント氏はメモから紙を一枚破り何事かを書きつけると、それをひらひらと見せつけるように言った。
「行ってきてくれるなら彼女の住所を教えてやろう」
他に手がかりもない以上、仕方ない。このはた迷惑な魔法使いの言うことを聞くのは少々癪に障るが。
「ああもう!わかりました。私たちが代わりに行ってきます!」
「そうか!じゃあ、頼んだぞ!」
マリィの言葉にクレヴァント氏はにこにこと満面の笑顔で住所の書かれたメモを渡してくれた。これで、用は済んだ。さっさとここから離れたい。……次の面倒に巻き込まれる前に。
「えっと、それじゃあ私たちそろそろこれでお暇……」
「何、もう帰るのかね?せっかくだ、もう少し実験に付き合っていきたまえ!」
「え、遠慮します!!」
言って、ギリギリ失礼にならないように礼を保ちつつ素早く広間から出る。不思議な事に、広間を出ると目の前に玄関らしい大扉が控えていた。最初に引きずり込まれたときに通った廊下とたくさんの扉はどこに行ったのだろうか。
「それじゃ、お邪魔しました……」
言って退出するマリィにクレヴァント氏は広間から顔をのぞかせてにやりと一言。
「気をつけろよ。あの魔女は変わっているからな」
それはもう、見事なブーメランだった。
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