第六話
ゆるゆると地面が近づき、リジーの表情が安心したように緩んだ時だった。
「おや?」
と、クレヴァント氏が首をかしげて装置のボタンをあれこれと操作している。装置からはうなり声のような妙な音が響いてきている。
「私、ちょっと嫌な予感がするんだけど」
「同感」
ぽそぽそと話すマリィとフェリクの不安は見事に的中した。突然がくんと大きく揺さぶられるような衝撃が三人を襲い、次の瞬間強烈な力で別の壁へ引っ張られる。見る間に壁が目の前に迫る。
(ぶつかる……!)
マリィは思わず目を閉じる。しかし、壁に衝突する直前、体は別の方向に引っ張られ、今度は反対方向の壁へ。こちらも衝突寸前で重力は向きを変え次は天井へと引っ張られる。そうしてマリィたち三人は次々変わる重力にぐるぐると翻弄される事態に陥った。
三人だけではなかった。クレヴァント氏も同じように広間内で振り回されている。
「ちょ、ちょっとどうなってるんですか!!」
「ふむ、どうやら制御に問題があるらしいな。この装置には風魔法と地魔法を電気信号に変え、それを受け取った電子回路が力場を発生させて重力の方向を指定しているわけだが、回路設計に何か見落としがあったのかもしれん」
自身も猛烈な勢いで振り回されているというのに、クレヴァント氏は淀みなく状況を分析する。
「そんなことより、これどうすれば止まるの!」
「目が、目が回るぅ……」
フェリクが苛ついたように叫ぶ傍らでリジーは今にも気絶しそうな様子を見せている。
「装置には緊急停止機能を搭載している。それを作動させれば装置は即時停止するようになっている!」
「あるなら早くそれ動かしてくださいよー!!」
「いや、そうしたいのはやまやまなんだがな」
怒声に近いマリィの声にクレヴァント氏は少々困った顔でマリィの後ろの方向を指差す。
「何しろ装置も一緒に振り回されていてな?」
「へ??」
クレヴァント氏の指した先、確かに装置が唸りながら宙を舞っている。
「普通に事故案件なのになんでそんなに悠長なんですかー!!」
マリィの叫びが広間に響く。呆れが半分、怒りが半分といったところだろうか。それと同時。ぐるん、とまたもや重力の方向が変わる。マリィが次に引っ張られた先は——窓だった。いつの間にか窓は大きく開け放たれ、マリィはその口へ呑み込まれるように「落ちて」いく。
「ちょ、これやば……!」
慌てて手を伸ばす。
「マリィ先輩!」
その手を捉えたのはもう気絶寸前かというほどに弱っていたリジーだった。青い顔をしたまま必死にマリィの手を掴んでいる。
「リジー!」
「今、引っ張り上げ、ますからぁ……!」
とは言うものの、リジー一人の握力ではマリィを引っ張り上げるどころか落下を止めることすら難しい。じりじりと掴んだ手が滑り、このままでは落ちるというところでふわりと何かがマリィの体を支えた。
「フェリク先輩!」
リジーの声で、フェリクが魔法で風のクッションを作りマリィを支えてくれたのだと気付く。風の力がふわりとマリィを室内へと引き寄せてくれる。マリィは窓枠を掴み、何とか窓から這い上がった。フェリクはリジーと自分にも同様に風のクッションを纏わせ、重力の影響を和らげてくれる。クレヴァント氏に魔法を使わないのは、彼女の静かな怒りの現れのようだった。
「助かった……。リジー、ありがと。フェリクもね」
「安心してるとこ悪いけどこの魔法も長続きはしないよ。元をなんとかしないと」
フェリクは今も広間内を回転する装置をくいっと親指で示す。
「風でこっちに引き寄せたりとか出来ない?」
「もう一度全力で室内ぶん回されてもいいならやれるけど」
「……さすがにそれは、ごめんだわ」
風のクッションで幾分和らいだとは言え、三人の体はいまだ広間内をぐるぐると回転している。近づいたタイミングでなんとか捕まえられないかと手を伸ばしてみたが、どうしても装置までは手が届かない。
「そういえばリジー、ロゼは大丈夫?」
「アタシなら大丈夫よ」
リジーの提げた鞄から平然としたロゼの返事が返ってくる。ぴょこんと鞄から顔をのぞかせ、楽しそうに三人の顔を順番に見る。
「さて、あなたたちはこの状況をどう切り抜けるのかしら?楽しみだわ」
ロゼのからかうような声にマリィがふう、とため息をつき、改めて広間を見回す。早く対処法を考える必要がある。
(これ以上フェリクの風には頼れない、リジーも限界だし、私が何とかしないと……)
しかし何も考えは思い浮かばない。
(どうしよう、どうしよう……)
焦りにぎゅっと手を握る。……手?マリィは何かに触れたような感覚を覚え、自分の手を見た。先ほど掴んだ窓枠を思い出す。現代では珍しい、木枠の窓。
(そうだ、木なら!)
今の自分に出来るかどうかは分からない。だけど、それしか手は無いように思えた。マリィは意を決し、手を前へと差し出す。
「大地の息吹よ、願いを聞いて。芽吹き、そして育って!」
呪文に魔法を込めて放つ。マリィの魔法は室内へと広がり変化を引き起こした。扉から、柱から、そして窓枠からぽこんと小さな芽が出る。芽はあっという間に蔓へと成長する。
「お願い、あの機械を捕まえて!」
マリィが命じると蔓は広間で回転を続ける装置へと一斉に伸びていき、そしてそれを捕らえることに成功した。
「やった!!」
「マリィナイス!!」
「先輩、さすが!」
フェリクとリジーもマリィの魔法に歓声を上げる。マリィは蔓でがんじがらめにされた装置を両手で抱える。今も唸り続ける装置にはたくさんのボタンが取り付けられており、どれが緊急停止機能のボタンかわからない。
「クレヴァントさん!緊急停止機能ってどうやって動かすんですかー?」
再び思考の海に沈んでいたらしいクレヴァント氏へ大声で呼びかけると、彼は三度目の呼びかけでようやく現実へと帰ってきた。
「おお、装置を捕まえたのか!素晴らしい!緊急停止機能は装置の後ろの赤いボタンを押せばいい。それがキルスイッチになっている」
手に持った装置を裏返すと、確かに赤いボタンが取り付けられていた。
「今度こそ、何も起こらないよね……?」
こわごわと、そのボタンを押すと装置は唸りを止め最後にぶうん、と音を立てて静かになった。それと同時にそれまで様々な方向を向いていた重力が正しい方向へと戻り、三人とクレヴァント氏はそろって床へ落ちていく。幸いに、マリィたち三人は風に護られ怪我もなく無事に着地することが出来たが。
「……クレヴァントさん、大丈夫ですか?」
完全にノーガード状態だったクレヴァント氏は派手な音を立てて地面へと落下したのであった。
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