第五話

 ギィ、と重々しい音を立てて大扉が開く。マリィがドアノッカーを鳴らすよりも前だった。

「え、あれ?」

 マリィは驚いてドアノッカーから手を放す。どうしよう、と後ろを振り返るが二人も同じ表情だ。そうこうするうちに大扉は完全に開き、三人を招き入れるように屋敷内へと風が吹き込む。

 ギィ、ギィとどこかで金属の軋むような音がしている。

「こ、こんにちはー……」

 邸内に恐る恐る声をかけるが返事はない。

「入っていいのかな、これ」

「うん、入ろう」

「即断すぎません?」

 フェリクの即決にリジーの突っ込み。いつも通りのやり取りにマリィもすこし肩の力が抜ける。

「それじゃ、えっと。お邪魔しまーす……」

 言いつつ邸内へと一歩踏み入れると同時にロゼの声。

「さて、気をつけなさいな?」

「へ?って、きゃああっ!?」

 聞き返すと同時、強烈な力で邸内に引き込まれた。後ろからもフェリクとリジーの驚く声が聞こえる。薄暗い廊下を猛スピードで飛行する。体は宙に浮いていた。

「ちょっと、何これー!?」

 慌てて掴める場所はないかと手を伸ばすが柱にも重そうなカーテンにも届かない。そうする間にいくつもの曲がり角と扉を越え、最後に広間へと放り出された。視界の端にボロボロのローブ姿の人物が見える。ローブ姿の人物は広間に放り出された三人の姿に

「やった!成功だ!!」

と何やら声を上げているが、マリィたちはそれどころではない。次の瞬間景色が反転する。

「——!!」

 悲鳴すら出ない。マリィたちは反転したまま天井へと着地する。

「これ、どうなってるんですかぁ~」

「頭打った……」

 半泣きのリジーと頭をさするフェリクも同様に天井へ降り立つ。視界は部屋の上下がそっくり入れ替わって反転している。

「なかなか面白いアトラクションだったわね」

 と、ロゼは余裕の表情。そこでようやく一息ついたマリィは、地上——マリィたちから見れば天井か——で「やった!」「ついに成し遂げた!」と大声ではしゃいでいるローブの人物に声をかけた。

「あのー!あなたがクレヴァントさんでしょうかー!」

 その声にローブの人物はマリィを見上げ、にやりと笑う。

「どうだねお客人!この偉大なる発明は!」

 拍手を求めるように両手を高く掲げる。ローブの内側には元は優美なシルエットだっただろう、くたびれたドレスシャツと黒いトラウザース。マリィはその姿に『少し変わってる子』というエルディラの言葉を思い出した。

「変わってるって、少しどころじゃない気がする」

 隣で同じようなことを考えていたらしきフェリクが呆れた表情で呟いている。

「あの人、話、聞いてくれてないですねぇ」

 リジーも困惑した声で言う。

「あなたがクレヴァントさんで合ってますか?」

 マリィは挫けずもう一度声をかける。今度は返事が返ってきた。

「いかにも!私こそがかのニコラ・テスラを超える魔法発明家、ドクター・クレヴァントだ!」

 決めポーズなのかまたも高く手を掲げる。大仰な自己紹介につられ、思わず拍手をしてしまう。拍手は広間にぱらぱらと反響するだけだったが、それでもクレヴァント氏は気を良くしたらしく一層笑みを深めた。

「それで、これってどういう状況なんでしょう?」

「うむ、これは私の新たな発明、長年の研究によって得た魔法と機械の融合による重量操作装置の効果だ!天井からの眺めはどうだね?さぞいい景色だろう!」

 クレヴァント氏のテンションは高い。

「へえ、普通にすごいな」

 フェリクが感心したように呟く。ほうきで空を飛ぶ魔女であっても、重力そのものを操る魔法はきいたことがなかった。フェリクの呟きが届いたらしいクレヴァント氏は「そうだろう、そうだろう!」とご満悦だ。しかし、クレヴァント邸を訪ねた理由は彼の発明についてではなく。

「すごい発明なことはよくわかりました!なので、そろそろ下ろしてくれますか?」

「何を言う!この発明の真骨頂はこれからだぞ!ちょうどいい、実験に付き合ってくれたまえ!」

 マリィの言葉にクレヴァント氏は聞く耳を持たない。返事を待つ間もなく足元の装置を操作する。

「さあ、向きが変わるぞ!楽しみたまえ!」

 クレヴァント氏の言う通り、少しずつ景色が傾いていく。三人は傾きに追い立てられて天井の端へ移動する。あっという間に今まで立っていた天井が「壁」になり、壁が次の「地面」となる。そして傾きは収まることなく、重力は別の方向へ。マリィたちは多少よろめきながらも傾きに従って次の「地面」へと移動を繰り返した。3回ほど「地面」が変わる頃には慣れてくる。

「なんか、昔見たSF映画みたいだね」

「あー、確かにこういうの見たことあるかも」

 同じように慣れたらしいフェリクの言葉に頷く。少々場違いな会話を交わしている傍らで、リジーは青い顔で口元を押さえていた。

「リジー、大丈夫?」

「気持ち悪い……。酔っちゃったみたいですぅ……」

 マリィの問いに答えるリジーの声は弱弱しい。マリィがリジーの背中をなでる一方でフェリクが未だ興奮状態のクレヴァント氏に声をかけた。

「ドクター、仲間が酔ったみたいだから実験は一旦止めてもらえる?」

「おっと、それはいかん。そうか重力酔いとでも言えばいいのか。そこにまでは気を回していなかった。これは改良が必要か。新たな課題!胸が躍るな!」

 フェリクの言葉にそれまで「素晴らしい!」を連呼していたクレヴァント氏はリジーを見て状況を察する。しかし次にはもう自分の思考に没頭してしまう。

「ドクター!!」

 強い声でもう一度呼ぶと、彼はようやく思考の海から戻ってきた。

「ああ、そうだったな。酔いが酷くなると大変だ。今装置を止めよう」

 言って、装置へ手を伸ばす。

「さて、動作停止は、と」

 クレヴァント氏はぶつぶつと何かを呟きながら装置のボタンを操作する。装置にはいくつものボタンが取り付けられており、どれがどういう動きをするのかマリィにはさっぱり見当もつかない。

 クレヴァント氏の操作によって傾きは緩やかに弱くなっていき、床が近くなってくる。

 ——もう少しで床に降り立つ、となった時にそれは起こった。

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