第二章 魔法使いの奇妙な実験
第四話
翌日。マリィたち三人は朝から最初の手がかり——ナプキンに書かれたクレヴァント氏の住所へと向かう。ロゼも同行するが、彼女について注意を払う人は特にいない。ロゼはリジーの持つバッグをみて「気に入ったわ」とその中にもぐりこんでしまった。鞄の端からぴょこんと耳が飛び出ている様子がかわいらしい、とマリィたちはくすくすと笑う。通りすがりにロゼの耳に気付いた人々もそのかわいらしい様子に笑みをこぼす。彼らの目には、ロゼはただの黒猫のように見えているはずだ。
クレヴァント氏の家へ向かう途中、マリィはロゼへいくつか質問をしてみた。
「ロゼちゃ……さん?はクレヴァントさんって方のことご存じなんですか?」
バッグの中から「ロゼでいいわよ」と返事が返ってくる。ついでバッグから顔を出してその縁に肘をつくような姿勢で笑って続ける。
「さて、どうだったかしらね。あまり猫にあれこれ尋ねるものではなくてよ?」
知っているのかいないのか、ロゼはからかうようにマリィへ返した。
「魔女なら自分の力で見つけないとね」
そんな会話を交わしつつ、スマホの地図アプリを頼りにクレヴァント氏の家を目指す。地図上では目的地はもうすぐそことなっている。三人+一匹で雑談を交わしつつ、歩く。
最初に異変に気付いたのは、フェリクだった。
「……なんか、ずいぶん遠くない?」
最後にマップを確認してから結構な距離を歩いたように思う。しかし、地図上ではいまだ目的地には到着していない。
「確かに。結構歩いてるよね」
マリィは手元のスマホと周囲を見比べながら首をかしげる。見たところ、マップ上の現在地と実際のズレはないように見える。
「とにかくもうちょっと歩いてみよ」
言って、今度は地図の道順を注意深くチェックしながら進んでいく。そのまままたしばらく歩いて。
「わかった。これ同じとこぐるぐるしてる」
マリィはスマホの画面をじっと見つめて言った。
「もしかして迷い系の魔法?」
「じゃ、ないかな」
フェリクの言葉にマリィが頷く。
昔は魔女も魔法使いも自分の住処を隠すために簡単には近づけないような魔法をかけていたと教わったことがある。
「クレヴァントさんってクラシカルな方なんでしょうか?」
リジーが首をかしげると、鞄の中からロゼがくすくすと笑う声が聞こえてきた。
「さて、ひよっこちゃんたち。このままじゃクレヴァントのところにはたどり着けないわよ。どうするの?」
挑戦するような、それでいて楽しそうな声音で猫は言う。
「道迷いの魔法って大体正解ルートがあるのよね」
「でも現在ノーヒント」
「クレヴァントさんが目印残してくれてるタイプなら良いんですけど……」
さて、どうやって探そうかと三人で相談する様子に、ロゼは高みの見物を決め込んでいる。
「まあ、地道に頑張ってみることね。予想外の場所にヒントが落ちているかもよ」
「落ちてるって……」
思わず自分の足元を見る。白と赤の二色のタイル敷きの歩道は飛び飛びに装飾の施された一般的なものに見える。装飾の位置や色の配置はランダムになっている。
「試しに風に聞いてみようか」
フェリクがそう言って周囲の風に語り掛ける。
「風よ、答えを示せ。正しい道は?」
小声で呪文を唱え、じっと耳を澄ませる。ざあっと音を立てて風が吹き抜け、短く切りそろえたフェリクの髪を揺らす。マリィとリジーはその様子をじっと見つめるが、やがてフェリクは釈然としない表情で首をかしげた。
「『矢を追え』だって。道順は教えてくれなかった」
「『矢』ですか?」
「そう、『矢』」
「んー、矢、矢ねえ。安直に考えると「矢印」とかだけど」
「一通の矢印追ってみます?」
「……なんかそれは違う気がする……」
リジーの提案をやんわり流して、マリィは再び足元へと視線を落とす。ロゼの「落ちている」という言葉が引っかかっていた。タイルの装飾は複数種類あり、それらはアラベスクの花柄のような意匠が使われている。一つ一つと調べてみると、大体が丸い図形となっているうちのいくつかに、花びらの一枚が尖っているものが混ざっていることに気付く。
「……あ!これかも!」
マリィの示したタイルをフェリクとリジーが覗き込む。
「矢印……かなぁ」
「や、確かに自信あるかって言われるとちょっとあれだけど……」
「やっぱり一通の矢印追います?」
リジーの再度の提案は横に置いておくとして。
「まあ、試しに矢印に見立てて追ってみようか」
「たぶん一個でも見落とすと『初めから』だよね……」
「まだ午前中だから多少のやり直しは問題ないと思うけどね」
「とにかく、やってみましょう!」
三人で手分けしてタイルの意匠を一つ一つ確認していく。追っていくと、花びらの矢印はその方向に従って進むと次の花びらの矢印にたどり着き、またその方向を追って次の花びらへ、というシンプルなものだった。そうして花びらの矢印に従って10分ほど歩いたところで。
「着いた……」
目の前に古びた屋敷が建っている。壁は一面蔦に覆われ、大きな扉には「Dr.Crevant」と煤けた銅板が掲げられていた。耳を澄ませるが中の音は聞こえない。
マリィはごくりと息を呑むと、意を決してドアノッカーに手をかけた。
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