第三話
マリィたちの師匠、エルディラの屋敷は外から見れば一般的な一軒家に見える。しかし、一歩入ると内部は外見よりはるかに広く様々な部屋があった。内部は様々なコレクションが陳列されており、気をつけないと方向感覚さえ失わせる。書棚の水晶玉はその内部に煙とどこかの景色が交互に映し出されており、見上げると天井を埋め尽くすほどのハーブやドライフラワーの束が下げられている。書棚にはぎっしりと魔法書が納められ、時折ひとりでにそのうちの一冊が本棚から離れ、気ままに宙を舞っている。
「あたし、弟子入りしたばかりの頃ここで迷子になったことある」
「あ、私も!」
「広くて絶対迷いますよねぇ」
話しつつエルディラの書斎へと入る。
「師匠、お久しぶりです」
「こんにちは」
「ただいまです!」
三者三様に挨拶をするとエルディラは優しく迎え入れてくれた。
「それで、今日はどんな御用かしら?」
エルディラの促す言葉にマリィが霊酒の話をする。
「満月のハロウィンにだけ飲める特別な霊酒、……ずいぶん懐かしい話だこと。それであなたたちはその霊酒をハロウィンに出そうと考えているのね?」
楽しそうに笑うエルディラの言葉に三人は顔を見合わせる。
「師匠、ご存知なんですね。教えていただいても?」
「知ってるもなにも、50年前のハロウィンの宴には私も参加してましたからね。まだ駆け出しのころだったけれど、それはもう素晴らしい宴だったわ」
フェリクの問いにエルディラは懐かしげ口調で話し、膝で眠る猫の紅い毛皮をやさしく撫でる。
「それで、その『霊酒』ってどういうものなんでしょうか?「すごいことになった」って曖昧な噂を聞いただけで」
「『すごいこと』ね、確かにあれは『すごいこと』だったわ」
「どういうことですか?」
フェリクの問いにエルディラはくすくすと笑って返す。
「話してあげてもいいのでしょうけど。今は秘密。……せっかくだからそれも含めて探してごらんなさい」
「でも私たち、まだ何も分からなくて、とにかく手がかりが欲しいんです」
マリィが続きを促すと、エルディラは少し考えるしぐさで視線を上に向ける。
「そうね。少しくらいならいいかしら。あれは『満月のポーション』が満月の光を浴びて生まれる、とても綺麗な霊酒だったわ。『セレネの霊酒』っていってね。月の女神の加護で魔法力を強化する効果を持つの。だから霊酒を探すならまず『満月のポーション』について知る必要があるわ。私も少し調べてみたのだけれど、材料もレシピもずいぶん厳重に隠されていてね」
結局、見つけることはできなかったのよ、と苦く笑って答える。
「えっと、なにかヒントみたいなのとかも、ないんですか?」
リジーの質問にエルディラは首を横に振る。
「さて、どうだったかしらね。だけど、ええ。あなたたちならきっと見つけられるわ。……そうね、50年前の宴に参加していた魔女や魔法使いには何人か心当たりがあるの。そこから当たってみれば良いのじゃないかしら」
言うと、エルディラは指先をくるりと回して書棚から一枚の紙束のようなものを引き寄せる。
「これを」
差し出されたそれは紙束ではなくナプキンだった。端の方にやや乱暴な筆跡で「Crevant」と署名され、住所が書き留められている。
「私の古いお友達の住所よ。これは50年前にその子から貰ったものなの。少し変わってる子でね。参加者全員にそのナプキンを配っていたのよ。彼は面白いものには目がなかったから何か覚えているかもしれないわ」
マリィはナプキンを受け取りバッグにしまう。
「ありがとうございます」
「ああ、それと」
エルディラは膝の上の猫を起こす様に顎の下をくすぐる。猫は大きな欠伸をして起き上がった。
「この子を連れてお行きなさい。きっとあなたたちを導いてくれるわ」
と猫の背を撫でながら言う。猫はしばらく毛皮の手入れに余念がなかったが、やがてマリィたち三人を順番に確認するように見るとすっとエルディラの足元に降り立つ。
「師匠、この猫ちゃんは?」
答えは下から返ってきた。
「アタシはロゼ。よろしくね、ひよっこちゃんたち」
「ロゼは私の使い魔をしてくれているの。きっとあなたたちの力になってくれるわ」
マリィは足元にしゃがんでロゼの毛並みに手を伸ばす。
「よろしくお願いします。ロゼちゃん」
しかしロゼはその手を尻尾ではたき落とすと
「気安く触らないで頂戴な」
言ってまた丁寧に毛繕いを再開する。マリィは一瞬面食らったが、気を取り直してロゼの様子を観察する。よく見るとその首元には繊細な装飾の首輪が付けられていた。首輪というよりは首飾りと言った方がイメージに近いかもしれない。月の光を封じ込めた様な真珠色の石がはめ込まれている。石からは柔らかい魔法の力が感じ取れる。
「あの、綺麗な首飾りですね」
そう褒めてみるとロゼは毛繕いの手を止めてマリィをじっと見る。そして
「あなた、なかなか見どころがあるじゃない」
美しい琥珀の目を薄く眇めてロゼはにゃあと笑った。
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