第二話

 魔女には等級というものが存在する。

 等級は魔女の魔法力をランク分けしたもので、等級が高いほど強力な力を持つ高位の魔女とされる。

 茉莉香の現在のランクは五級。一応中級魔女であるものの、ランクは下から三番目。次にランク落ちすると下級魔女、要は駆け出し魔女と同じ程度の魔法力ということになる。当然、使える魔法にも制限が発生する。

 そして、等級がランク外まで落ちてしまうと『一般人相当』。魔法は一切使えなくなり、魔女と名乗ることすら出来なくなってしまう。そういった魔女は「元魔女」としてひっそりと生きていくことになる。


 * * *


「ううう、どうしよう~」

 土曜日の午後。爽やかな10月の風の吹き抜けるテラス席で茉莉香は友人を相手に嘆いていた。

 友人二人はそんな茉莉香に苦笑しつつ、髪をなでて慰めてくれる。

「まあまあ落ち着きなよ。まだ確定じゃないんでしょ?次の等級検査まで時間あるんだし取り戻しは効くでしょ」

 そう言うのは茉莉香の姉弟子にあたる伊吹いぶきはやて。ショートカットできりっとした顔立ちの彼女はいつもどこか飄々とした雰囲気をまとっている。今も、嘆いている茉莉香の頭を撫でながらどこか楽しんでいるような表情だ。

「そうですよぅ!先輩だったら魔法力の復活もすぐですよっ」

 続けて慰めてくれるのは妹弟子の日向ひむかい結衣ゆいだった。テーブルの上をケーキでいっぱいにした彼女は新しいケーキ皿からフォークで一口すくうと茉莉香の口元へ差し出してくれる。応援のつもりらしい。

 茉莉香は差し出されたケーキを一口頬張り

「……おいしい」

 と、一言。

「修行なら私も協力するからさ」

「はい!呼んでくれればいつだってお手伝いしますよっ」

 二人の言葉が胸に染みる。

 三人は友人であると同時に同じ師匠の元で魔法を学ぶ姉妹弟子でもあった。魔女は通常、弟子入りすると師匠から魔女としての名前を与えられ、その名で呼ばれるという慣習がある。茉莉香は「マルルカ」、颯は「フェリキス」、そして結衣は「リセラ」という魔女名を授かっていた。

「それにしても等級かあ……。あたしらにとっちゃ確かに死活問題だよねぇ」

「ですよねぇ。確か七級を下回っちゃうと普通の人と同じになっちゃうんでしたっけ?」

「そ。そうなったらもう魔女としては生きられない。……正直、考えられないよね」

「そんなことになったら師匠に顔向けできない……!」

 茉莉香の声は悲鳴に近い。

「魔女の秘訣は日々の鍛錬って師匠は言うけどさ。マリィここのところずっと忙しいって言ってたもんね」

「そうなのよ。納期が近くて……。それに課長の無茶振りがねぇ」

「ああ、例の『クソ課長』ね。あたしの風で吹っ飛ばしてあげようか?」

「 フェリクのそういうとこ大好き!愛してる!」

「フェリク先輩物騒……。人前での魔法はご法度って、師匠からきつく言われてますよぅ」

「……リジーは真面目ねぇ」

 ぽんぽんぽん、とテンポよく会話が進む。こういう時気の置けない仲間というのは本当に助かる。お互いを愛称で呼びあいながら交わされる気楽な会話に、若干すさんでいた茉莉香——マリィの心も少し軽くなる。


 * * *


 話がひと段落付いたところで。

「そういえば月末なんですけど」

 結衣——リジーがずい、と身を乗り出して話を始める。

「月末、ハロウィンのこと?」

「そ。今年すごいらしいんですよ。なんでも50年ぶりの満月のハロウィンだとかってー」

 言いつつスマホを操作する。「ほら」と見せる画面は有名な天気予報サイトのハロウィン特集。そこには『今年は50年ぶりのフルムーン・ハロウィン!』と大きな見出しが踊っている。

「へぇ、50年ぶり。そういえば満月のハロウィンって確かに今までなかったよね」

「でしょう?そのおかげで他の先輩方や師匠たちもものすごく気合入ってるって」

「うう、ちょっと気後れする。私たちも気合入れなきゃってやつだよね、それ」

「師匠のお顔つぶすわけにはいかないですからねえ」

 画面を見つつ会話を交わす二人の傍らで颯——フェリクが何かを考えるような表情を見せた。

「フェリク?どうかした?」

 マリィの問いに、フェリクは一呼吸おいて。

「いや、あくまで噂話なんだけどさ。満月のハロウィンにだけ出される特別な霊酒があるらしいって」

「霊酒ですか?」

「うん。……詳しいことは私も知らないんだけど、前の満月のハロウィン、50年前ね。そこでも出たらしいんだけど、なんだかすごいことになったって」

「すごいことって?」

「実は、そこまではあたしも聞いてないの。でもさ、特別な夜にだけ出されるお酒って興味湧かない?それに、マリィの修行にもなりそうじゃない」

 そういうフェリクの表情は好奇心に満ちている。

「面白そう!」

 マリィも、その「特別な霊酒」に興味を示す。

「皆さん気合入ってるらしいですし、私たちも負けるわけにいかないですよね」

 リジーが気合を入れる。

「じゃあ、ちょっと調べてみよっか。その霊酒」

 フェリクの言葉にマリィはぶんぶんとうなずく。

「とは言え、まずどこから探す?」

「とりあえず師匠に聞いてみるのが早いんじゃないかな」

「ご存じですかねえ」

 リジーの懸念も尤もであるが。

「とにかく一度、師匠のとこ行ってみようか」

 マリィの言葉に二人も頷き席を立つ。

 何か、とても楽しい出来事が待っているような、そんな予感がした。

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