第九話

「50年前のハロウィンね。あれは素晴らしい体験だったわ。あの頃はわたくしもまだ若くてね。いやだ、今だって若いつもりよ?だけど魔女にだって寿命はあるもの、ねえ?いつまでも昔のままってわけにもいかないわ。とにかく、あの頃のわたくしは今よりも力に満ち溢れていたの。怖いものなんて何もないって思っていたの。本当よ?」

 オリアンナの昔語りはとどまることなく続いていく。

「それで、そうそう。ハロウィンの宴。宴なんていつだって大騒ぎなものだけれどあの夜はいつも以上だったわね。みんな自慢の魔法を披露したり、不思議な機械を披露してる坊やも居たわね。わたくしその坊やのお宅を一度訪ねてみたのだけど、大変な目に遭ってしまって!好奇心は猫を殺すなんて言うけれども、わたくしもあと少しで死んでしまうところだったわ!わたくし思わずその坊やに慰謝料を請求してしまったの。だって、本当に酷い目にあったのだから!だけど慰謝料だなんて今考えればはしたなかったわね。あの坊や、気を悪くしていないといいのだけれど」

「これ、クレヴァントさんの事だ」

 リジーが小さくつぶやく声にオリアンナが反応する。

「そう、クレヴァント坊や!なあに、あなたたち彼とお知り合いなの?」

「私たち、クレヴァントさんの紹介でこちらへ伺ったんです。それと、怪我の謝罪をと」

「あらまあ、そうだったの!わざわざお手間を取らせてしまって悪かったわね。だけれどわたくし、あの事はもう気にしていないのよ!坊やにもそう伝えておいてくれると助かるわ」

「わかりました。……次にお会いすることがあるかどうかわかりませんが、覚えておきます。それで、50年前の宴の事なんですけども」

「そうだったわね。ええと。そうそう『満月のポーション』の事ね?」

「50年前の宴でそのポーションを作った人がいるって聞いたんです。オリアンナさん、どなたが持ってこられたのかご存じないですか?」

「そうねえ、あの宴にはわたくしも参加していたわ。けれどわたくし、あの時はポーションどころじゃなかったのよ」

「と言うと?」

「運命の出会いがあったのよ!!愛する人との運命的な出会い!わたくし、彼を一目見た瞬間恋に落ちてしまったの。あの端正な姿に素晴らしい魔法の力。わたくしもう夢中になって一生懸命彼にアピールしていたの」

「オリアンナさん、本題」

 またも話が逸れる。フェリクが苛立ちを押さえた声で本題へ促す。

「あ、そうそう。そういうわけでね。ポーションを持ってきたのがどなただったのか、実はわたくしも知らないのよ」

 オリアンナの言葉に三人はあからさまに落胆した表情を見せた。それを見たオリアンナは慌てて記憶を探る。

「で、でも!あの時の写し絵ならあるのよ!あれも確かクレヴァント坊やの発明じゃなかったかしら。今でいうビデオみたいなものね。発表だって言って、宴のいろいろな場面を映しては配っていたの。わたくしも『絵』を一枚貰ったのよ。それを見れば……何かわかるかもしれない……のだけれど」

 今までの勢いはどこへ行ったのか、オリアンナの声がみるみる小さくしぼんでいく。

「何か問題が?」

 フェリクの問いにオリアンナは肩身を小さくして、ごにょごにょと返事をする。

「それが、……どこにしまったか、わからなくて……」

 今度こそ、フェリクの口から深いため息がこぼれた。


 * * *


「本当にどこにあるか、全然わからないんですか?」

「いえ、たぶん書斎だとは思うのよ。だけど、わたくし整理整頓がどうにも苦手で。書斎は彼——主人が管理していたからわたくしには余計、どこに何があるのかわからなくて。彼は本の蒐集家というやつでね。魔法書もそうでない本も、興味を持った本ならすべて集めていたの。主人は『絵』も気に入っていたみたいだから、きっと書斎にしまっていた筈よ。だけど主人が亡くなってから、わたくしどうしても書斎に入れなくて。彼を思い出してしまうと、今でも泣けてきて」

 浮かんだ涙を指で拭う。

「あの、お願いがあるのだけれど。……書斎の整頓を、手伝っていただけないかしら。いつまでもこのままじゃいけないって、思うのよ」

 でも、と続ける。

「わたくし、本当に整理整頓ってものが……苦手なのよ」

 ミッション発生。マリィの脳内にそんな言葉が浮かび上がった。フェリクとリジーへ目線で問うと二人ともこくりと頷く。マリィも頷き返す。

「書斎の片付けだけで良いんですね?」

「ええ、ええ。それだけで十分だわ!」

「わかりました。やりましょう。その代わり、『絵』を私たちにいただけますか」

「もちろん、構わないわ!ああ、ありがとう!あなたたちはわたくしの救世主だわ!」

 オリアンナは今にもマリィたちに抱きつきそうな勢いで感謝の声を上げる。マリィはそれを手で制して。

「それじゃ書斎に案内してもらえますか?」

「ええ、行きましょう」

 オリアンナの案内で応接間から書斎へと移動する。

「だけど気をつけて。主人はわたくしにも書斎には入らせてくれなかったの」

「何か理由が?」

「それが、秘密だって教えてくれなくて」

「『秘密』ってなんでしょうねえ」

 リジーが不思議そうに言うが、二人にも想像はつかない。どういうことだろう、と首をかしげている間に、4人は書斎へたどり着く。オリアンナが緊張した面持ちで扉の取っ手に手をかける。よく見るとその手は小さく震えていた。

「オリアンナさん、良ければ代わりましょうか?」

 マリィの提案にオリアンナは安堵したように表情を緩ませる。目の端には涙が浮かんでいた。

「ごめんなさい、やっぱり夫の事を思い出してしまって。……お願い出来るかしら」

 マリィは頷いて取っ手を握り、恐る恐る扉を開く。ひゅう、と室内から冷えた空気が溢れ流れていく。

「気をつけてね」

 オリアンナの再度の注意にマリィは小さくうなずくと扉を全開にした。本を守るためだろう、室内は暗く、廊下の明りが淡く室内に侵入する。

「マリィ」

「うん」

 フェリクの言葉にマリィは頷いて返す。室内——その正面に、何かの気配。それは、マリィたちを見ているように感じた。

「なにか——」

 いる、言いかけたところで、ぱっと書斎の照明が点灯し正面の『それ』が照明に照らし出される。

「……肖像画?」

「みたいだね」

 拍子抜けしたマリィの言葉にフェリクが頷いた時だった。

「控えよ」

 唐突に男の声が書斎内に響いた。声の発生源は

「肖像画が喋った!」

 肖像画の男は驚く三人を睥睨し。

「控えよ、娘ども。吾輩はこの書斎を統べる王。シャルル・エマニエル・ド・ルクレール である」

 なんとも尊大な態度でそう言ったのだった。

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