第十話
自らを書斎の王と名乗った肖像画の人物は片手で口ひげを撫でつけつつ尊大な態度で言葉を続けた。
「さて、盟友ゴルディックが我が王国より消えて久しいがそなたたちは知識を求める旅人かね?それとも我が領域を侵す侵略者かね?」
物騒な二択に、マリィは言葉に詰まる。助け船を出したのはオリアンナだった。最初の印象からは考えられないほど落ち着いた口調。
「お久しぶりでございますわ、ルクレール王」
肖像画へと一歩踏み出し、優雅に一礼する。
「おお、オリアンナではないか。久しいな。して、今日は何用かな?そこな娘どもは吾輩の新たな使用人かね?」
「いいえ、ルクレール王。今日はこのお部屋に用事があって罷り越しましたの。ゴルディック亡き後、失礼なことにこの部屋をそのままにしておりましたでしょう?いい加減、こちらも綺麗にして差し上げないと、と思いまして」
オリアンナの言葉に、書斎の王はいささかたじろいだ様子を見せた。
「書斎を綺麗に、だと?オリアンナよ、よもやそなたがそれを……?」
しかし、書斎の王の言葉にオリアンナは首を横に振り
「この娘たちが、書斎の片付けを手伝ってくれると。左からマルルカ、フェリキス、リセラという名ですわ」
言って、マリィたち三人を紹介した。書斎の王は改めて三人をまじまじと見つめると、やがて納得したように口ひげから手を放す。
「よかろう。その娘らが我が王国の整備をするというなら断ることもあるまい。存分に励むがよい」
やはり、尊大な態度で言い放ったのだった。
「……うざ」
フェリキスの呟きが王の耳に入らなかったのは、幸いと言えるだろう。
* * *
「よろしくね」と言い残してオリアンナが書斎から退出するのを見送ると、マリィたちは改めて書斎を見回す。
室内は壁という壁に一面書架が設置され、乱雑に本が詰め込まれている。そうかと思えばごっそりと空いている棚もあり、そして床にうず高く積み上げられた本の山。書斎の王のおわす壁とその下に配置されたデスクだけが整然と整理されており、そこだけが違う空間のようにも見えた。
「それじゃあ、はじめよっか」
マリィは軽い口調で二人へ言うと両手を広げて言葉に魔法を込める。いわゆる「片付けの魔法」は弟子入りしたばかりの新米魔女が初めに習う魔法の一つ。しかし。
「え。……また?」
書斎の本たちに変化はない。マリィはまた魔法が失敗したのかと狼狽えた。
狼狽えるマリィの声に書斎の王がふん、と鼻で笑う。
「王国は我が盟友ゴルディックと吾輩が作り上げた知識の王国ぞ?小娘の魔法でどうこう出来ると思う方がおかしいというものよ。ほれ、娘ども。魔法ゴッコなんぞで遊んでおらんと早よう王国の整備をせよ」
急かす書斎の王にリジーがおずおずと手を挙げて問いかける。
「あの、王様。確認なんですけど、……要するに手作業でお片付けってことです?」
「当たり前だ」
「この量の本ですよう?」
「励めよ」
書斎の王の言葉に、リジーの目が幾分か死んだような色を見せた。
「と、ともかく。……やろっか」
取り繕うようなマリィの声に、フェリクとリジーも諦めたように手を動かし始める。しかし、大変なのはそこからだった。書斎の王が、何かと言うと細かく口を出してくるのだ。マリィが積み上げられた本の一冊を手に取り、薄く積もったほこりを手で払うと「娘!『星辰の軌跡と魔法陣の構築法』はかの大魔法使いアルケゴスの著作ぞ。くれぐれも慎重に扱え」と一喝。フェリクが書架の整頓をしていると「『召喚術大全』は左から3番目、青い背表紙の隣だ!」とまた一喝。リジーが書架のほこりを払おうと収められていた本を一時的に出して積むと「『エリオスの禁呪』は積み重ねてはならない!立てて収納せよ!」とまた一喝。
一事が万事この調子で、なかなか作業が進まない。
「王様、ちょっと細かすぎない?」
「何を言う。書物は我が王国の礎である。厳密に、慎重に取り扱わずしてどうする!」
フェリクの言葉も書斎の王には届かない。二人のやりとりを聞きつつ新たな一冊を手に取るとまた「丁重に扱え!」と一喝が飛んでくる。
(ああもう、わかってる。わかってるってば。……なんでこういうタイプってどこにでもいるんだろう。ねちねち細かいのなんてうちの課長だけで十分だっていうのに!)
心の声が口からこぼれそうになるのを呑み込んで耐える。しかし、マリィは自分の思考に引っかかるものを感じた。
(……課長?そうか、この王様、課長に似てるんだ。だったら……)
気付くと対応は早かった。社会人歴3年目。口うるさい上司に対する処世術は身についている。
「王様、この『大地の叡智と木の精霊』って本はどの棚ですか?」
「うむ、『大地の叡智と木の精霊』は北の書棚の三段目。『風の精霊と嵐の統御』の隣だ!」
努めてにこやかに質問すると、書斎の王は上機嫌で答えてくれる。そして言われた通りの場所に本を収めると、王はうむうむと額縁の中で頷いていた。
「え、マリィ先輩?急にどうしちゃったんですか?」
「……ああ、なるほど!」
戸惑うリジーの傍らでフェリクはマリィの意図に気付いたのか同様に振る舞い始める。日頃カフェ店員として働く彼女は、ある種マリィよりも面倒な人種への対応に慣れていた。
「王様、この……読めないんだけど黒い石の嵌ってる表紙の本は?」
「それはラテン語だ。最近の若いのはラテン語も読めんのか。嘆かわしいことだ。それは西の書架、一番上の棚に表紙を見えるように配置せよ」
「承知しましたー」
「えええ、ちょっと待って置いていかないでください~!」
二人が次々と本を片付けていく姿に、慌ててリジーも追従する。
「王様、このご本はどこに?」
「それはデスクの上に置いておいてくれ。あとで吾輩が読む」
「絵なのに読めるんですかあ?」
「吾輩を甘く見る出ないわ。ここからでも読書など造作もない」
「すごーい……」
リジーの言葉に王は満足げに髭を撫でる。そうして指示されるまま書斎の片付けを進めていくうちに。
「あれ?なんか」
「意外なんだけど」
「さくさく片付きますねえ……」
気が付けば床に乱雑に積まれていた本や、書架に詰め込まれていた本も大半が綺麗に整頓されて収まっていた。
「王様、やるじゃん」
「口を慎め、小娘」
フェリクの言葉に書斎の王はまんざらでもない様子で髭を撫でる。
そうしてようやく最後の一冊を書架に収め。
「終わったー!!」
マリィが思わず手を挙げて万歳する。
「思ったより早く終わってよかったですねえ」
リジーも整頓された書斎を眺めて満足そうに言う。しかし。
「それで、『絵』はどこにあるの?」
「あー!?」
フェリクの言葉に、マリィとリジーの声が綺麗に重なった。
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