第四章 ブレスレットと首飾り
第十三話
いつものカフェ。いつものテラス席で、三人は各々のスマホの画面をじっと見ていた。足元にはロゼがゆったりと寝そべり、尻尾の先を器用にぱたぱたと揺らしている。
「それで?何か手がかりは見つかったのかしら」
ロゼの言葉に、マリィはスマホを見たまま答える。
「えっと、オリアンナさんから50年前の宴の『写し絵』をもらえたの。で、今はその『絵』から手がかりを探している最中」
マリィのスマホには『絵』を撮影した動画が再生されている。
「わたしたちもマリィ先輩から動画もらって昨日から確認してるんですけど……」
と、リジーも首を傾げつつ自分のスマホとにらめっこをしている。ロゼは「どれ?」とマリィの膝に上がるとスマホを覗き込んだ。
「ほら、ここ」
と、マリィが画面の右端にわずかに映ったゴブレットを持つ手を示す。
「ふうん……」
ロゼはマリィの指差す先を見ると一瞬目を細め、そして面白がるように「にゃあ」、と笑った。
「ひよっこちゃんたちは目が悪くなっちゃったのかしら?見えているのに見えてないっておかしいわね」
「失礼な、これでも目は良い方よ!……確かに最近ちょっと視力落ちたかなって思うけど」
「マリィ、そこじゃない」
「見えてるのに、見えてない……?」
的外れなマリィの言葉にフェリクの突っ込みが入る。リジーはロゼの言葉にもう一度スマホの画面を見直す。画面の中でゴブレットを持つ手はゆらゆらと揺れ、手先から手首までをちらりと映す。
「あ、これ」
リジーはもう一度動画を早戻しし、一瞬だけ映ったその場面で動画を止める。指先で画面を拡大しつつまじまじと見つめ。
「先輩!これ見てください!これ、この手首のとこ!」
と、ずいと二人へスマホ画面を差し出す。画面にはゴブレットを持つ手の手首が映っていた。そしてそこには。
「これ、ブレスレット??」
「ですです。動画だとぶれちゃってるんですけど」
「じゃあ『絵』の方出そう」
リジーの言葉にマリィはトートバッグから『絵』を取り出す。三人で額を突き合わせで『絵』を覗き込む。『絵』は絶え間なく動き、シーン毎にゴブレットを持った手がゆらゆらと揺れる。
「ここ!」
「確かにブレスレットだね」
リジーが指出したその一瞬、ゴブレットを持つその手首には特徴的なブレスレットが映り込む。金色のブレスレット。透かし彫りのようなそれは繊細な細工が為され、紅い宝石が各所に配置されている。
「あら、ちゃんと見えているんじゃない」
足元からロゼのからかうような声。
「この持ち主がわかれば良いんだけど、どうやって調べよう?」
「シンプルに探し物魔法とかどうですか?」
「私、今自信ない」
「ああ、えっと……」
マリィが肩を落とし、フェリクが慰めの言葉を探す。そうして三人が思わず黙り込んでしまったところで、ロゼがやれやれ、とため息をつく。
「ロゼ?」
「仕方ないわね。わからないなら専門家に頼るのが定石よ」
起き上がると大きく伸びをする。
「専門家?」
「サービスよ。良いからついてらっしゃい」
言うと、ロゼは返事も待たずに歩き出す。
「ちょっと待って!」
マリィたちは慌てて会計を済ませるとロゼの後を追った。
* * *
ロゼは迷うことなくすいすいと町中を進んでいく。大きな通りから外れて細い路地へと入り、いくつかの辻を曲がったところで立ち止まる。
「ここよ」
案内されたのは一軒の店。店先に掛けられた行灯には一文字『
「ここって?」
「魔道具屋よ。いいから、早く入りなさいな」
ロゼに急かされて、恐る恐る店内へと足を踏み入れる。内部は薄暗く、光量を落とした照明が飛び飛びに配置されその周囲をぼんやりと照らしていた。奥のカウンターには気難しそうな店の主人の姿。ちらりと三人の姿を見、すぐに視線を手元の新聞へと戻す。
「あ、あの……」
「ここは嬢ちゃんたちが遊びに来るような場所じゃねえんだ。とっとと帰んな」
恐る恐る声をかけたマリィに、店主はちっと舌打ちをして取り付く島もない。諦めずに続ける。
「えっと、ここにはこの子、……ロゼの紹介で来たんです。えっと」
「あ?ロゼだと?」
「アタシよ、エンジュ。お久しぶりね」
そういってカウンターに上るロゼの姿に店主はようやく新聞をたたみ脇へ置いた。
「やっぱりアンタか。今日はなんだ、ひよっこのお守りか?」
「ええ、そうよ。それでね。アタシちょっと昔のことを思い出したのだけれど」
にぃ、と目を細めて言うロゼの言葉に店主——エンジュは一瞬苦い顔をする。
「ああ、ああ。皆まで言わなくていい!その嬢ちゃんたちの話を聞きゃあ良いんだな?」
「話が早くて助かるわ」
「ちっ、タチの悪いお猫サマだよ全く。さて嬢ちゃん!用事はなんだ。俺の気が変わらんうちに早く出しな!」
何が何だか。目を丸くする三人を余所に、あっという間にロゼとエンジュの間で話がついてしまう。
「早くしな!」
「あ、えっと、あの。これを見てほしくて!」
エンジュの声にマリィは慌てて『絵』を出す。エンジュは『絵』を受け取ると慣れた手つきで額から『絵』を外す。
「で?見てほしいのはこの『絵』で良いのかい。見たところどこぞの変人の発明品らしいが」
クレヴァント氏は意外と有名人であるらしい。
「いえ、見てほしいのはこのゴブレットを持ってる手。そのブレスレットなんです。どなたの物かを知りたくて」
「ブレスレット?」
「その、一瞬しか映ってなくて。……あ、そこです」
マリィは一瞬映ったその場面を指で示すが、絵は止まることなく次のシーンへと流れていく。
「なるほどな」
エンジュはそう言うと『絵』に手をかざす。すると『絵』は停止ボタンを押されたようにぴたりと動きを止めた。
「え、止まった?」
「50年も前の技術だぞ。この程度扱えて、当然だ」
「考えてすらなかった……」
「魔法なんざ言っちまえば発想力の問題だ。簡単なことに気付かないようじゃあ、まだまだだな」
言いつつエンジュは手を止めない。まるでタブレットを操作するかのように一時停止した『絵』の上に指を走らせ、数秒早戻しさせる。早送りと早戻しを数回繰り返し、目的の場面で手を止めた。『絵』の右端には、しっかりとブレスレットが映り込んでいる。エンジュはモノクルでじっとそのブレスレットを確認し、やがて顔を上げる。ふう、と深く息を吐きモノクルのレンズを拭う。そして感慨深げに再度『絵』を見つめて。
「……懐かしいもんを見た」
その声には懐かしさがこもっているように聞こえた。
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