閑話 13日の金曜日

第十二話

 10月13日。金曜日。とある居酒屋にて。

「「「かんぱーい!」」」

 乾杯の声に続いてかちゃんとグラスの重なる音。店内は金曜日と言うこともあって混み合っており、そこかしこで賑やかな声が飛び交っている。

「んっ、あああああ!一週間終わったあー!!」

 マリィはジョッキに注がれたビールを一気に飲み干して一週間の終わりを満喫する。

「先輩、一気飲みは危ないですよお」

「危ない気がする。お水、頼んどこう」

 リジーの忠告に、手回しのいいフェリクの対応。マリィはそんな二人に「心配しすぎよぉ」と手をひらひらと振る。オリアンナの元を訪ねてから四日。平日はポーション探しはお休みして社会人としての生活を送らなければならない。

「ある意味、二重生活よねぇ」

「週末魔女」

 しみじみと言うとフェリクの突っ込みが入る。

「週末だけじゃないもん!今はちゃんと鍛錬してるもん!」

「えらい、えらい」

「……作業がね、どれだけこなしても終わらないのよ……。ある意味師匠のしごきより怖いわ」

 枝豆をつまむ手を止めることなくマリィは愚痴る。話が飛んでいることに本人は気付いていない。

「社会人って、大変なんですねえ。……わたし、やっていけるかなあ」

 そんなマリィの様子にリジーは不安そうな表情を浮かべる。

「そういえばもう内定出たんだっけ?」

「ですです。ラッキーでした。けど、マリィ先輩の疲れっぷりみてると不安になってきますねえ」

「マリィ、反省」

「ええ、酷い!」

 フェリクの言葉に、マリィはようやく手を止めて抗議する。そして。

「いい?リジー。仕事を甘く見ちゃだめよ。楽しいこともあるけどその分大変なことも本当に多いから……」

「こらこら、脅さない!」

 フェリクはリジーからマリィを引きはがし、目の前に頼んでおいた水を置く。

「まあ、確かに大変なこともあるだろうけどさ。意外となんとかなるもんだよ。大丈夫大丈夫」

「本当です?」

「んー、本当」

 リジーの疑いに応えるフェリクの声は、いささか心もとない響き。彼女もカフェ店員として日々忙しく働いている。基本的に立ち仕事であるため、マリィとは違い体力勝負と言う面が強かった。

「今月は特に休日全部シフトNG入れたから店長からの視線が痛かったわ」

 苦笑いしつつモスコミュールのグラスに口をつける。

「わたしもです。今月はバイト代減るの諦めるしかないですねえ」

「まあ、せっかくのハロウィンだからね。……さてと、マリィ」

 そう言うと隣で大人しく水を飲んでいるマリィに声をかける。

「うん?」

 マリィは水のグラスを飲み干すと卓のタブレットから次の飲み物を注文している。

「あ、ジントニックお願い。……じゃなくてちょっと情報整頓しよう」

「了解。ハイボールとジントニック、と。リジーは何か要る?」

「わたし揚げ出汁豆腐食べたいです」

「OK、注文っと。……で、情報整頓ね。えっと、まず『満月のポーション』の話」

 言いつつマリィはジャーナルノートを取り出す。魔女にとってジャーナルノートは必携アイテムともいえる。古くは「影の書」と呼ばれることもあったが、現代ではカジュアルに「ジャーナル」と呼ぶのが通例となっていた。ともかく。

「満月のハロウィンにだけ出される特別な霊酒……『セレネの霊酒』ね。それの元になるのが『満月のポーション』と」

「で、50年前のハロウィンの宴でそれを披露した魔女がいるって話で」

 マリィの言葉にフェリクが続ける。

「師匠は色々ご存じだったっぽいですけど、教えてくれなかったですねえ」

「修行ってことなんだろうな。……スパルタだから」

「まあ、それは置いとくとして。最初の手がかりはクレヴァントさん」

 ジャーナルに『Dr.Clevant』と書き込む。

「大変な目に遭いました……」

 ぐるぐると振り回されて酔ったのを思い出したらしい。リジーが苦い表情でグラスのストローをくわえる。

「マッドサイエンティストって本当にいたのねって思ったわよね」

「ほんとそれ」

「で、次はオリアンナさん」

「いい人だよね。……ちょっとアレだけど」

「うん。いい人だった。お喋りがアレだけど」

「ぼかした意味がない!」

 あはは、と笑いつつオリアンナの名前もジャーナルに書き込む。

「王様もね。ほんと、色んな人がいるなと思ったわ」

「隠し部屋にはびっくりしましたねえ」

「確かに。ゴルディックさんの熱量があの部屋だけで伝わってきたものね」

「お手紙、渡せてよかったです」

「で、無事に『絵』はもらえたわけなんだけど……」

 ジャーナルに『絵の手の主は?』と書き添える。

「手だけじゃさすがに、だよねえ」

「オリアンナさんにはああ言ったけど、ほぼノーヒントなのよねえ……」

 ふう、とため息をついてジャーナルノートを見返す。情報は無いに等しかった。

「明日、どうしましょうか?」

 リジーがおずおずと明日の予定を聞く。実際のところ、行き詰まりに近かった。

「とりあえずいつものカフェ集合かな。改めて考えてみよう」

「わかった」

「了解しましたー」

 ともかくも次の予定を決めてしまうと、フェリクがぱん、と手を鳴らす。

「まあ、わからないことは考えても仕方ない。明日仕切りなおして考えよう」

 言って、新たに届いたジントニックを取り軽い調子で笑う。マリィもそれに乗ってハイボールを手にした。

「そうね。とにかく、今日は飲もう!13日の金曜日もそこそこレアだからね!」

「開き直った!?」

 リジーは慌てて飲みかけのカシスオレンジのグラスを手にとって二人に合わせる。

「それじゃ、もう一回かんぱーい!」

 そうして、13日の金曜日は更けていくのだった。

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