姉のお節介③

 昔から後先考えずに動く人なのは分かっていたけど、こうやって周りを欺くような真似だけはしないと思っていた。

いや、信じていた・・・・・

それなのに……。


 憎いような……悔しいような心境に陥りつつ、私は強く手を握り締める。

と同時に、姉が扉の方へ足を向けた。

恐らく、『あの男』とやらに会いに行くつもりなのだろう。


「待ってください」


 激しい感情で満たされる心とは裏腹に、落ち着いた声が出た。

『あぁ、案外冷静なのね』と何処か他人事のように考える私は、冷め切った目で姉を見つめる。


「この部屋から出られるのは、困ります。迎えが来るまで、大人しくしていてください」


 『余計なことはしないで』と釘を刺し、私は姉の前へ立ちはだかる。

早くソファに座り直すよう促す私の前で、姉は


「それは出来ないわ」


 と、キッパリ断った。

かと思えば、凛とした面持ちで前を見据える。


「レイチェルをこんなところに置いておく訳には、いかないもの」


 こんなところ、ね……どうやらお父様の手紙に書かれてあった通り、お姉様は私と旦那様の婚姻について文句を言いに来たみたい。


 ようやく呑み込めてきた状況に、私は内心溜め息を零す。

相も変わらず、見当違いな言動ばかり取る姉に辟易してしまって。

『“あの男”というのは恐らく、旦那様のことだろう』と予想する中、彼女が少しばかり身を乗り出した。

その際、私の肩に手を置く。


「望まない結婚を強いられて、辛かったでしょう?レイチェル。でも、もう大丈夫。私が……」


「────お姉様の助けは、必要ありません。むしろ、迷惑です」


 おもむろに姉の手首を掴んで引き離し、私は拒絶の意思を表した。

と同時に、一歩前へ出る。


「私はこの結婚生活に満足していますから。ラニット公爵家に嫁いだことを後悔したことは、一度もありません」


 一切言い淀むことなく断言すると、姉は大きく瞳を揺らした。

まさか、真っ向から自分の正義を否定されるとは思ってなかったようだ。


「う、嘘よ。ただ強がっているだけでしょ……?」


 『あの男にそう言わされているのね?』と食い下がる姉に対し、私は小さく首を横に振る。


「いいえ、紛れもない本心です。確かに楽しいことばかりではありませんが、旦那様にはかなり良くしていただいています。おかげで、ゆっくりのんびり過ごせていますし。少なくとも────結婚前……お姉様に振り回される生活よりかは、ずっとマシです」


「……えっ?」


 突然自分を引き合いに出されて驚いたのか、姉は目を見開いて固まる。

理解が追い付かない様子で視線をさまよわせ、口元に手を当てた。

かと思えば、絞り出すような声で


「……それ、どういう意味?」


 と、問う。

どこか不安そうな素振りを見せる姉に対し、私は一つ息を吐いた。

周りを振り回していた自覚が、全くなかったのかと思うと……なんだか、脱力してしまって。


「お姉様が巻き起こすトラブルのせいで、私も少なからず影響を受けているんですよ。後始末に追われる両親に代わって、仕事をこなさないといけないので」


 『いつも、過労と睡眠不足に悩まされていた』と語り、私は額に手を当てる。

今更ながらよく生きていたな、と思って。


「なに、それ……知らない」


 姉はフルフルとかぶりを振り、後ずさった。

自分のせいで妹が苦労をしていたなんて、信じたくないのだろう。


「私も両親もとにかく目の前の問題を片付けようと必死で、あまりお姉様に注意出来ませんでしたからね」


 あと、単純に家族へ苦言を呈することに抵抗があった。

体の弱いお姉様が相手だから、余計に。

病に伏せっている姿を思い出しては、言葉を呑み込んでいた。


「でも、これだけは毎回ちゃんと言っていた筈です────考えなしに他人の事情へ首を突っ込まないように、と」

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