姉の駆け落ち②

「では、レイチェルお嬢様が捜索の指揮を取られるのはどうでしょう?」


 『それなら、多少負担は減る筈』と考え、侍女はここに残るよう説得してくる。

せっかく羽織ったコートを脱がせようとする彼女に、私は小さく首を横に振った。


「いいえ、私も外へ出てお姉様を探すわ」


「じゃあ、捜索の指揮は一体誰が……」


 『お嬢様以上に適任は居ない』と主張する侍女に対し、私は小さく肩を竦める。


「そんなの必要ないわ。だって────指揮するほど人数は居ないでしょう?」


 ここフィオーレ伯爵家は建国当初より存在する名家にも拘わらず、必要最低限の人材しか雇えていない。

別に貧乏という訳では、ないのに……収入自体は貴族の中でも、トップクラスだ。

ただ、異様なまでに支出が多いだけ────姉の影響で。


 別にお金の掛かる趣味をしているとか、散財癖があるとかそういう訳ではない。

でも、姉には致命的な欠点がある。

それは────人様の事情に、平気で首を突っ込むこと。

例えば街中で叱責されているメイドを見つければ、深く考えずに助けてその雇い主を怒らせる。

真相は『財布をなくしたメイドを叱っているだけ』という至極真っ当なものだったのに。

とにかく、目の前のことしか見えていないのだ。


 『正義感が強い』と言えば聞こえはいいけど、この性格のせいで何度トラブルになったことか……。

今のところ、家を巻き込んでの大騒動に発展していないのが救いね。

まあ、それもこれも多額の慰謝料を相手方に支払っているおかげだけど。

でも、そろそろ懐具合が厳しい。


 『今年の税金を支払えないレベルだから……』と嘆息し、私は床に落ちたままの書類を眺める。

────と、ここで侍女がコートから手を離した。


「そう、ですね……分かりました。もう反対はしません。ですが、無理だけはしないでくださいね」


 『お嬢様の身に何かあれば……』と案じる侍女に、私はスッと目を細める。


「ええ、約束するわ」


 ────と、答えた半月後。

私は難航を極める姉の捜索に、焦りを覚えていた。

このまま見つからなかったら、どうしよう?と。

『傭兵でも雇って、人員を増やすか……』と悩み、目頭を押さえる。

確実に疲労が蓄積しているせいか、目眩を覚えて。


 さすがにもう限界かしら……一旦、寝室に行って仮眠を取ろう。


 椅子からゆっくりと立ち上がって扉へ向かい、私は執務室を後にした。

と同時に、見知った顔を二つ捉える。


「────お父様、お母様?」

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