駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜

あーもんど

姉の駆け落ち①

「────えっ?お姉様が駆け落ちした?」


 今しがた姉のクラリス・アスチルベ・フィオーレの失踪報告を受けた私は、手に持った書類を落としてしまう。

というのも────姉には婚約者が居たため。

単なる家出や冗談では、済まなかった。


 昔から自由奔放でワガママで楽観主義な人だったけど、まさか家の存続が懸かっている婚約を滅茶苦茶にするようなことはないだろうと思っていた。

いや、信じていた。だからこそ、ショックが大きい……。


 額に手を当てて黙り込み、私は強く奥歯を噛み締める。

と同時に、顔を上げた。


「お父様とお母様はなんと?」


「とにかく、クラリスお嬢様を探し出すようにと厳命されました。ただ、証拠が極めて少なく……家を出る際に書いた置き手紙くらいしか、手掛かりがありません」


 報告に来てくれた侍女は困ったように眉尻を下げ、かなり悪い状況であることを示す。

『まだ遠くには行っていないと思いますが……』と気休めを言う彼女に対し、私は一つ息を吐いた。


「……置き手紙の内容は?」


「えっと、確か────『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』と書かれていました」


「そう……」


 額に手を当てたまま俯き、私はそっと目を伏せる。

何ともお姉様らしい文章だな、と思いながら。


 それにしても、駆け落ちか……お相手は一体、誰かしら?

いや、それはお姉様を保護すれば分かる話か。


 『今、考えるべきことじゃない』と思い、私は視線を上げた。


「一先ず、事情は分かったわ。私も捜索に加わる」


 執務机にある大量の書類を一瞥し、『仕事は後回しにしよう』と判断する。

そして、椅子に掛けてあったコートを手に取ると────急に目眩を覚えた。

執務室の様子が歪んで見え、床へ膝をつく。

と同時に、侍女が


「レイチェルお嬢様、大丈夫ですか!」


 と、声を張り上げた。

慌ててこちらに駆け寄ってくる彼女を前に、私はゆっくりと立ち上がる。


「大丈夫よ。問題ないわ」


 一先ず目眩が収まったため、私は手に持ったコートを羽織った。

このまま外出する気満々の私に、侍女は顔色を曇らせる。


「今日のところは安静にしていてください。旦那様と奥様には、私の方から話しておきますので」


「ダメよ。家の一大事なんだから、私も協力しないと。一人だけ、呑気に眠ることなんて出来ないわ」


「ですが……レイチェルお嬢様はここ三日ほど、まともに寝れていないじゃないですか」


 仕事のせいで徹夜続きだったことを指摘し、侍女は心配そうにこちらを見つめる。

『その証拠に凄い隈が……』と述べる彼女の前で、私は力無く笑った。


「確かに嘘でも『元気』とは言えないけど、今は何よりもお姉様の捜索を優先すべきよ」


「そうは言っても……」


「お姉様の婚約者が誰なのか、貴方も知っているでしょう?破談になんてなれば、謝罪や賠償程度では済まないわ」


「……」


 単なる婚約じゃないことは侍女も理解しているため、途端に黙り込む。

でも、こちらの体調が余程気に掛かるのか引き下がろうとはしなかった。


「では、レイチェルお嬢様が捜索の指揮を取られるのはどうでしょう?」

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