姉の駆け落ち③

「────お父様、お母様?」


 オレンジ髪の男性とピンク髪の女性を見据え、私はコテリと首を傾げた。

だって、このフロアには私や姉の部屋しかないから。

『何か用でもあるのだろうか』と考える中、父アーロン・カンパニュラ・フィオーレがそっと眉尻を下げる。


「レイチェル、お前に話がある」


 神妙な面持ちでそう切り出し、父は金の瞳に憂いを滲ませた。

その隣で、母ドロシー・ディアスシア・フィオーレも暗い表情を浮かべる。

が、意を決したように口を開いた。


「実はね、レイチェル────あちら・・・にクラリスの駆け落ちを知られてしまったみたいなの」


「……えっ?」


 『あちら』というのは、恐らく姉の婚約者のことだろう。

つまり、私達は詰んでしまったのだ。


 いくら愛のない政略結婚とはいえ、相手が恋人を作って逃亡なんて……よく思わない筈。

即刻、婚約破棄されてもおかしくはない。


 『もしや、もう破談に?』と思案し、私は危機感を覚える。

と同時に、母が少し身を屈めた。

緑の瞳で真っ直ぐこちらを見つめ、ギュッと胸元を握り締める。


「それでクラリスとの婚約を白紙に戻すよう、要請されたわ」


 やっぱり……特に愛している訳でもない相手のために、心を砕く必要なんてないものね。


 『そこまでする義理はない』と考え、私はちょっと脱力する。

悪足掻きもここまでか、と思って。

姉の捜索は引き続き行うとして、目下の問題はどうやって破談の慰謝料を払うか、だ。

『完全にこちら側の落ち度だし、かなり高額だろうな』と思っていると、父が少し身を乗り出した。


「まだ話は終わりじゃないぞ、レイチェル。むしろ、ここからが本題だ」


「はい?」


 破談は序章に過ぎないことを告げられ、私は戸惑いを覚える。

『まさか、もう慰謝料の話が?』と目を白黒させる私の前で、父は表情を引き締めた。

かと思えば、懐へ手を入れる。


「あちらから届いた手紙には、破談の申し出の他にある提案について書かれていた」


 ジャケットの内ポケットから手紙を取り出し、父は僅かに手を震わせる。

どこか緊張した素振りを見せる彼の前で、私は背筋を伸ばした。


「その提案というのは?」


 真剣な声色で話の先を促すと、父は手紙の表面を軽く撫でる。


「────伯爵家の次女レイチェル・プロテア・フィオーレとの婚約だ」

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