案外悪くない③
「人は……居ないみたいね」
『良かった』と胸を撫で下ろし、私は厨房へ足を踏み入れた。
食材や調理道具が並べられた棚を見据え、顎に手を当てる。
とりあえずその場の勢いで来てしまったけど、調理って具体的に何をすればいいのかしら?
当然ながらこれまで料理したことなどない私は、コテリと首を傾げた。
が、直ぐに気持ちを切り替える。
「まあ、百聞は一見に如かずよね」
『煮るなり焼くなりすれば、衛生面は問題ないでしょう』と考え、私は適当に食材を手に取った。
と同時に、火をつける。
『さすがにこのまま焼いたら、火傷するか』と思い、フォークを突き刺した。
あとは、取っ手部分を掴んで火で炙るだけ。
「ところで、これ何分くらい火を通せばいいの?」
早くも焦げてきた食材を前に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
『一旦、味見してみようかな』と思案しつつ、火を止めた。
そして、食材を齧る。
「……苦い」
やはり焼き過ぎたのか、炭の味しかしなかった。
『頑張れば、一応食べられるけど……』と苦悩し、口元を押さえる。
「ここから……ここからよ。失敗は成功までの過程と言うじゃない。つまり、私はまだ成長出来る」
自分でもよく分からない言い分を口走り、私は炭味の食材を平らげた。
『お昼では、必ず美味しい料理を作ってみせる!』と闘志を燃やして。
「さあ、次はお風呂よ」
────と、意気込んだはいいものの……案の定、失敗だらけだった。
というか、転倒しすぎて成否を考える余地などなかった。
他の家事も、そう。
洗濯では目に泡が入って散々だったし、掃除ではバケツの水を零して大変だった。
でも────
「────凄く楽しかったな」
『初めてのことばかりで新鮮だった』というのもあるが、自分中心で生活出来るのが何より幸せだった。
ここへ嫁ぐ前はそんなの許されなかったから、余計に。
『自分のペースで過ごせることが、これほど素晴らしいとは』と感心しつつ、私は目を瞑る。
と同時に、程よい疲労感と充実感に身を委ね、眠りについた。
────それからというもの、私は自分の思うままに暮らした。
もちろん楽ではなかったものの、数ヶ月も経てば生活サイクルというものが出来上がる。
家事にだんだん慣れてきたこともあり、最近は裁縫や読書に時間を費やせた。
『ずっと、このままでもいいかもしれない』なんて思いながら、私はのんびり昼寝する。
そんな時、
「────レイチェル・プロテア・ラニット、貴様に話がある」
夫のヘレス・ノーチェ・ラニットが、ノックもなしに部屋へ現れた。
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