結婚②
「では、参りましょう」
その言葉を合図に、私達は会場へ向かって歩き出す。
関係者専用の通路を使用しているからか、道中誰かと出会すことはなく、無事に目的地へ辿り着いた。
どこか威圧感がある観音開きの扉を前に、私は小さく深呼吸する。
いよいよ本番ね、と意気込みながら。
『これ以上、我が家の評判を落とさないためにも完璧な式にしないと』と気負う中、
「────新婦の入場です」
ついに扉は開かれる。
真っ先に目につくのは、祭壇まで続くレッドカーペット。
『この先に新郎となる方が居るのね』と思案する私は、中へ足を踏み入れた。
すると、ピンクの花びらが会場内を舞う。
『ほう……』と感嘆の息を漏らす招待客を他所に、私は祭壇の前で立ち止まった。
と同時に、祭壇の上に立つ神官が口を開く。
「新郎新婦、両名にお尋ねします。健やかなる時も病める時も互いを愛し、敬い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
穏やかな表情でこちらを見下ろし、神官は誓いの言葉を述べるよう促した。
その途端、隣に立つ男性が……新郎が顔を上げる。
「────誓わない」
ルビーの如く真っ赤な瞳に確かな意志を宿し、新郎はそう宣言した。
かと思えば、気怠げに前髪を掻き上げる。
「私はこの女を愛していないし、敬うつもりもないし、真心を尽くす必要性だって感じない。この結婚さえ成立すれば、それでいい」
そう言うが早いか、新郎は身を翻した。
後ろで緩く結んだ銀髪を揺らしながら。
「
『時間の無駄』と主張し、新郎はさっさと会場を後にする。
────これが、悪辣公爵と呼ばれるヘレス・ノーチェ・ラニットとの出会いだった。
◇◆◇◆
────最悪の形で終了した結婚式のあと、私は直ぐに公爵家へ連れていかれた。
と言っても、本邸には入れていないが。
私を公爵家の女主人として認める気はない、という意思の表れかしらね……別邸へ追いやられてしまったわ。
手入れこそ行き届いているものの、全体的に古い建物内を見回し、私は一つ息を吐く。
歓迎されるとは微塵も思ってなかったが、まさかここまで冷遇されるとも思ってなかったため。
『本当に結婚さえ成立すれば、あとはどうでもいいのね』と感じつつ、私はベッドに腰を下ろした。
と同時に、公爵家の使用人達が部屋へ足を踏み入れた。
ノックもしていないのに。
「レイチェル
そう言って、こちらを見下ろすのは赤髪の女性だった。
茶色がかった瞳に侮蔑を込める彼女は、他の侍女や従者を伴ってこちらへ近づく。
「ここは必要最低限の人数で回しているため、何かとご不便も多いかと思いますが、どうぞお嬢様の広いお心でお許しくださいませ」
言外に『ちゃんとお世話するつもりはない』と宣言したロベリアに、私は少しばかり目を見開く。
ある程度予想はしていたけど……ここでまともな生活を送るのは、難しそうね。
なんせ、仮にも公爵夫人となった私を『奥様』ではなく、『お嬢様』と呼ぶくらいだから。
あくまで、他所の人間という建前を通すつもりみたい。
『これも旦那様の指示かしら?』と思案する中、ロベリアはスッと目を細めた。
「それでは、これからよろしくお願いします」
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