1-2.頼もしい相棒

 ユアはこの日、珍しく寝坊してしまった。


 それもそのはず。いつも朝は姉のマナに起こしてもらっているのだ。店が開店するのは朝の一〇時、時計はすでに八時半を回っていた。


 ユアは慌ててベッドから飛び出し、急いで顔を洗い、歯を磨いたあと、大慌てで髪の毛をセットし、衣装を整え化粧をすると、昨晩のうちに作り置きしていた握り飯をハムスターのように頬に詰め込み、店の中に駆け込み開店の準備を始めた。


 慌てていたもので口に詰め込んだ握り飯が気管に入ってしまい、口の中のものもろとも体外に吐き出しそうになったが、なんとか我慢し、残りをゆっくりと飲み込んだ。


 開店の最低限の準備が終わるとユアはシャッターの持ち手を掴み、「よっ」っと勢いよく持ち上げた。勢いがつきすぎたのか、バァン! と派手な衝突音が街道に響き渡り、音に驚いた街ゆく人がビクッとこちらに視線を向けた。


「あら、失敬」


 ユアは一言詫びると笑顔で手をひらひらと振り、何食わぬ顔でカウンター横の扉を開き、店の前に看板を持ち出した。


「ふぅ。こんなところですかね」


 ユアは軽くステップを踏みながら店内に戻ると、椅子にちょこんと腰掛け、カウンターの三角プレートをひっくり返し、「相談受付中」と書かれた面を街道側に向けた。これで相談所は開店となる。寝坊し慌てて準備をしたが、なんとか開店に間に合った。と、本人は安堵しているが、誰がどう見ても「あ、寝坊したんだな」とわかるくらいには息が上がっている。


(今日こそ、大きな「お悩み」をお受けしたいところね)




 しかし、ユアの期待とは裏腹に、大した相談もなくお昼休みの十三時になってしまった。それだけでなく、普段はお昼休みまでの間に十件以上は相談を受けるものの、この日はわずか六件と少なく、どれも数分で終わるような内容であり、あまりにも退屈だったため途中から本を読み始めるほどだった。


(さて、一度シャッターを閉めて休憩にしましょう)


 ユアは店の外の看板を中にしまい、シャッターを下ろすと、シャッターの外側に「休憩時間十三時〜十四時半」と書かれた板を引っ掛け、店の中へ入ろうとした。その時、


「おい」


 と低く太い声がユアを引き留めた。背後から突然声をかけられ、驚いたユアは反射的に「はぃっ!?」と少女らしい高い声を出し、さっと振り返った。そこには筋肉隆々の強面の男が立っていた。


「オレだ」


「な、なんだ。ギオンさんでしたか。驚かさないでくださいよ」


 ユアはほっと胸を撫で下ろした。ギオンと呼ばれた大男はそんなに驚くことか? と腕を組みながらやや呆れた様子で鼻でため息をついた。



(いつになっても慣れないわ……)


 この人の名前は四野原ギオン。身長は190ほどあり、そのガタイの良さに加え風格のある強面、髪はワックス特有のツヤのあるオールバック、いかにもな見た目をしている。そんな見た目に反してとても善い人なのだけれど……言動が粗暴だったり、割とすぐ暴力に走ってしまうところがあったりと、側から見れば見た目通りのこわい人と判断されてしまうちょっと勿体無い人。


(善い人とわかっていても、少し怖いところは否定できないわね……)


 ギオンは気迫のある細い目でギロリとコチラを見つめている。ユアはにへっと笑い、「それでは、休憩に入るので」と店の中に入ろうとしたが、ギオンはガシィッ! と店の扉を掴み、それを阻止した。それにしても、いちいち挙動がこわい。ユアはまたしてもビクッと身を縮込ませた。


「休憩? これからか」


「は、はいぃ……」


 何か怒らせるようなことでもしたのかしら、とユアは冷や汗をかき、小さな声で返事をした。だが、どうやらそうではないようだ。


 ギオンは自身の背後を親指で指し、首をくいっと傾げた。


「なら、戸締りしてそこまで歩くぞ。用心棒を遅刻した詫びをさせてくれ」


「え? 詫び?」


 四野原ギオンは現在、お悩み相談所の用心棒、いわば警備をしている。とはいえこれはギオンがユアに恩を返すという名目で勝手に始めたことなのだが……


「新しくできた飯屋だ。昨晩食ったが、とても美味かった」


 ギオンのぶっきらぼうな表情は変わらないが、「美味かった」というのが本音だというのは十分に伝わった。それに、タダで美味しいものが食べられるというのなら、断る理由はない。ユアは「ご馳走になりますね」とニコッと笑って店の戸締りをし、ギオンの大きな背中を追った。




 ギオンが案内したのは、二週間ほど前にオープンしたばかりの定食屋だ。どうやらギオンは前持って席を予約しており、二人はすんなりと店内へと案内され、四人がけのテーブル席にそれぞれ向かい合うように席に着いた。


 ユアは一息つくと、興味深そうにメニューに目を通し始めた。店主一押しメニューは「カツ丼定食」。詳しく読んでみると、この店のトンカツのこだわりポイントは秘伝の特製タレでの味付けとのことだ。


 はて、カツにタレを……? ユアは不思議に思った。カツには卵かソースだろう、と。これは流石に気になった。どんな味なのか、興味をそそられた彼女はこのカツ丼定食に決めた。


 ユアが「メニューはお決まりで?」とギオンに聞くと、彼は無言で頷いた。であれば、もう注文をしてしまいましょう、とユアはテーブルに置かれた呼び出しベルをチーンッと鳴らした。程なくして店員が席に訪れ、ユアは「カツ丼定食」を、ギオンは「生姜焼き定食」をご飯大盛りで注文した。


 およそ八分ほどすると注文した料理が運びこまれた。ユアはグルメには詳しくないが、間違いなく美味しいであろう香りが彼女の鼻をついた。


「それでは、いただきます」


「うむ。いただきます」


 二人は両手を合わせ、料理を口へと運んだ。

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