1-11.作戦終了、新たな事件の予感
谷川の娘、谷川スミレはアジトの入り口付近であっさり見つかった。
「ご無事で何よりです」
「え、あ、うん」
ユアはニコッと悪意のない善意百パーセントの笑みを浮かべるが、谷川の娘の顔色は悪かった。酷い目にあったからとかではない。単純にギオンにぶち飛ばされていたからだ。
スミレはユアの隣で腕を組んで歩くギオンを横目で見ながら、ユアに気まずそうに質問した。
「あの、そこのお方って」
「ギオンさんがどうかしましたか?」
「いや、その、あなたの仲間?」
「そうですよ」
ユアがあっさりそう答えると、スミレは「げっ」と気まずそうに顔を歪めた。
「大きな声じゃ言えないんだけどさ、さっきこいつにぶん殴られたんだけど」
「あら」
そう、出入り口でぶん殴られたマスク娘の正体こそ谷川スミレだったのだ。確かに、頬にアザが……
「それは失礼いたしました。ほらギオンさんも謝ってください」
ユアに言われたギオンはジロリとスミレの方を見つめる。スミレは「ひっ」と小さく悲鳴を漏らした。
ギオンはそんなスミレの表情から、彼女が何を考えているのかを察し、バツが悪そうに神妙な表情を浮かべ、立ち止まった。
「すまなかった」
「へ?」
ギオンは深々と頭を下げスミレに謝罪した。思ってもみなかったギオンの行動に、彼女はあだただ困惑した。まさか、こんな怖そうな顔つきの男が素直に謝罪をしてきたのだから。
「完全にオレの落ち度だ。本当に申し訳なかった」
「え、えっと、いや、い、いいよ。そこまで謝らなくたって」
「そうはいかない。何をすればいい、雑用でもなんでも」
「え、いやだから」
ギオンは彼女へ働いた無礼に対し、強い罪悪感を抱いていた。なんとか、償いはできないものか。
予想外な態度にスミレは言葉に詰まらせ、オロオロとユアに助けを求めるような視線を流した。それを見兼ねたユアがギオンの背中をちょいちょいっと突いた。
「ギオンさん。スミレさまがお困りですよ。スミレさまもお許しになっていますし、ここはお言葉に甘えましょう」
「む、そうか」
「そ、そうだって言ってるじゃんか。特に雑用とかそんなん求めてないからっ」
ギオンの謝罪を受け入れたスミレはそう言い、彼の提案を断った。ギオンは納得していないようだったが、改めて頭を下げ、この話に区切りをつけた。
「ところで、スミレさんはどうしてこの『鴉』にいたのですか?」
「単純な話。父さんの借金のためよ。ここで働けば、少しは軽くしてやるって言われて」
真っ当な理由だ。シュウダイは関心を示した。
「なるほどね。親想いのいい娘さんじゃあないの」
「勘違いしないで! 借金のせいで父さんはなかなか家にいなかったし」
「ふーん。なぁ、一つ聞かせてもらってもいいかい?」
「なに?」
「どうして、引越しを繰り返していたんだ。安くはないだろうに」
「したくてしていたわけじゃない。ただ」
「ただ?」
「日に日に、借金取りの態度がやばくなってってたから。父さんから聞いた話だと、最近じゃ奴ら、あたしにも手を出そうとか企んでたみたいで」
「なるほどね。身を守るためにってわけか」
「お金がないのはわかってる。でも、父さんはそれでもあたしを守ろうと必死だった。だから、あたしがこの鴉で働いて、少しでも父さんの負担を減らしたくて……」
目尻に涙を浮かべ、文句垂れつつも、父親のマモルに対し強い家族愛を抱いているのは明白だ。だいたいの事情を察したシュウダイは「わかったよ」とスミレの肩にぽんと手を乗せた。
「今まで頑張ってたんだな。親父さんのためにそこまでするなんて。すごいことだよ、スミレちゃん。だってさ親分さんよぉ〜?」
シュウダイはギオンの抱える麻袋から顔だけ出ている親分を睨みつけた。観念しているのか、先ほどまで尖っていた偉そうなヒゲは完全に垂れ下がっていた。
「まぁよくそんな悪いことをしてくれたもんだなぁ? おかげで、おれは今大変なんだからなぁ〜?」
シュウダイは怪しげに口角を上げているが、ギオンは「キサマが大変なのは考えなしにユアに手を出したからだろう」と間髪入れずに口を挟んだ。
するとシュウダイは慌てて「しっ! 元はといえばこいつらが悪いんだから余計なことを言わねぇの!」と人差し指を曲がった口の前に置いた。
ギオンは「ふんっ」と鼻で返事をし、ユアにこのあとの動きを聞くことにした。
「どうするんだユア。とりあえずこの親分は持ち帰るとして、他の奴らは」
「置いていきましょう。私たちの目的は、組織を壊すついでに谷川さんの娘さんを救出することですので。親分さんさえいなければこの方達も自然と散っていくことでしょう」
ん? ついでに? とシュウダイは疑問を抱いた。
「あれ、組織解体はともかく借金をどうにかするって話がメインだったはずじゃ」
「組織ごと壊せば解決って言いませんでしたか? 親分もこうして捕らえましたし、スミレさんの救助もしっかりしましたし、ついでにお金も取り戻せたではないですか?」
またしてもキョトン顔のユア。ギオンは頬を握りつぶそうと思ったが、キリがないのでやめておいた。このバカ娘には何をしても無駄だろうと諦めていた。
ユアは両手を合わせ、ふふんっと得意げに先頭を歩いている。きっと、彼女にとってはこれで「お悩み解決」は終わりなのだろう。心配ごとは山積みなのだが、とギオンはため息が止まらない。
ここで、ユアは何かに気付いた。不審な点に。
「そういえば、どうやってその偽の親分さんは借金の情報を得たのでしょうか?」
「確かに……」
なぜ思いつかなかったのだろう。と、シュウダイは自分の頭の悪さに首を振った。
「シュウダイ、心当たりはないのか」
「ないと言えば嘘になるわけだが」
「私は、鴉の中に裏切り者がいるのではないかと疑っているのですが」
「だそうだ。シュウダイ」
「だよなー? それしかありえねぇんだよなぁ」
シュウダイは困った様子で「探りを入れるか」とぽつりと呟いた。その独り言がユアの耳に入った。ユアはシュウダイの目の前に立ち、目線を上げた。
「あれ? シュウダイさん? ひょっとして、お困りですか?」
ユアは目をキラキラさせている。そう、彼女は今、「新たなお悩みの予感がする!」と、心を躍らせているのだ!
ユアの突然の発言に、シュウダイもすこし引いている。
「え、あ、あぁ、困っているが」
「私の出番ですね!」
「え? いや」
「相談するだけなら、無料ですよ?」
完全にその気なユアに、ギオンは警鐘を鳴らそうとした。
「おいユア」
「一度乗りかかった船ですし。せっかくなら、このまま奥の奥まで行ってしまいませんか?」
ギオンの言葉は遮られてしまった。こうなってしまっては、このポンコツ脳筋汚悩美相談少女は止まらない。ギオンはこのあとに起きるであろう未知のお悩み解決に対し覚悟を決め、腕を組んで静観しだした。
「いやなユアちゃん。これは組織の問題であって」
「ん?」
ユアはニコニコしたまま動こうとしない。シュウダイはギオンに視線で訴えかける。「この困ったちゃんをなんとかしてくれ!」と。だが、ギオンもすでに覚悟の上。もう彼女を止める意思を持たず、首を横に振った。
「わ、わかったよユアちゃん。けど、報酬はあまり期待しないでくれよ? あくまで提案してきたのはそっちなんだからな?」
「はい、構いませんよ。ただのボランティアですから♪」
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