1-12.鴉の親分

 ユアたちは谷川スミレを家まで送り、父のマモルから残りの報酬金を受け取り、仕事に区切りをつけた。


「本当にありがとうございました……!」


「いえいえ、マモル様のお悩みを解決できてよかったです♪」


「お父さん。もう借金なんてぜっっったいやめてよね!」


「あぁ、もちろんだ! それと、シュウダイさん。本当によろしいのですか? 返済していた借金の大半はその偽物に横取りされていたということですが」


 マモルは自信のなさそうな弱々しい目で、ギオンに抱えられて項垂れている親分に視線を向けた。


「構わんよ。おまえさんが借金の返済をしようとしていたというのはわかったし、悪いのは偽の鴉の方だからな。だから気にしないでくれ、あとはこっちでなんとかする」


「……! め、面目ない!」


 マモルが払っていた借金の大半は偽の鴉に横領される形となってしまったが、シュウダイは彼の誠意を汲み取り、チャラにしてくれた。


「いいってことよ。あぁ、そうだ。その途中から借金取りが来るようになったっつってたよな? どんな奴だったか覚えているかい?」


「あぁ、えぇっと……たしか、赤髪の男だったな。身長は170センチ程度で、目の下に傷跡があったな」


 シュウダイは「あー、あいつね」と妙に納得した様子だった。


「おーけーわかった。実に参考になる。さて、それじゃユアちゃん、ギオンの旦那、今からアジトに向かおう」


「今からか? もうずいぶん時間も遅いが」


「二人が嫌なら明日でもいい。ただ、親分は夜行性でね。話をするなら頭の働いてる夜の方が都合がいいんだ」


「ギオンさんはいかがです? 私は今からでも構いませんけれど」


 いや、このバカ娘を一人で行かせるのは色々と厄介になりそうだ。とギオンは考えた。


「……わかった。オマエを一人にはしておけない」


「決まりだな。それじゃ、マモルさん。これ以降、おれたちとご縁がないことを祈っているよ。本来賊と繋がりを持つなんていいことじゃないんだからな」


「は、はい!」


「本当に頼むからね、父さん?」




 谷川の家から去った後、シュウダイが移動の車を手配をし、ユアとギオンはその車に乗り込んだ。ユアは実際に車に乗るのは初めてのようで、特にユアは物珍しそうにキョロキョロと車内を見回していた。


「おぉ、これが車。なんか、不思議ですね」


「シュウダイ、この車はどうしたんだ。随分な高級車ではないか」


 その黒塗りの車は見るからに高級そうな雰囲気を醸し出している。こんな田舎町では、目にするだけで幸せになれるとさえ噂されているほど。まるで幸せを呼ぶ青い鳥だ。


 だが、関河浜は世界的に有名な温泉街。タイミングさえ合えば高級車に乗った有名人が旅行に来ていたりする。本当はそんな珍しいものではないだろう。


 さて、鴉はそんな高級車をいったいどのようにして手に入れたのか。ギオンのその質問にシュウダイは怪しげに口角を上げて答えた。


「んん? 親分の知り合いからいただいたんだよ。なんでも、もう新しいもんを買ったからいらないってな」


「とんだ金持ちだな」


「親分、意外と顔が広いからな。そんな人とも裏で繋がってたりするのさ。よし、みんな乗ったな? 出してくれ」


 シュウダイはバンダナを巻いた女性の部下に指示し、車を発進させた。


「えと、どちらまで?」


「このままアジトまで頼む」


 部下はシュウダイの指示に戸惑いの声を上げた。


「シュウダイさん? よろしいのですか。アジトの場所が」


「いーや問題ない。これからお世話になる方々だ。丁重にもてなさないとな」


「は、はぁ」


 部下は渋々承諾し、運転に集中した。




 三十分ほどで鴉のアジトに到着した。


 鴉のアジトはかつて存在していた王国の古城を利用しているようで、かなり巨大だ。偽の鴉が如何に小さく、しょうもない存在だったのか知らしめるには十分な威厳だ。


 ユアは人生初のドライブを満喫し、その感動が表情にも滲み出ていた。ギオンはそんな彼女を見て「どこまでも呑気なやつだ」と心の中で呟いた。


 シュウダイは部下に何か指示を出すと、二人に声をかけた。


「そんじゃお二方とも、ついてきてくれ」


「あ、は〜い」


「ふん」


「一応言っとくけど、親分はそんなこわくないから、安心してくれよ?」


 シュウダイは言いながら前を歩き、「ついてきてくれ」と二人を誘導した。


 親分は王室にいるらしい。それなりに距離がある。ユアは物珍しそうに王城をキョロキョロと見回していた。


 庭もだいぶ広く、少し離れたところには噴水? いや、あれはプールか何かの跡だろう。他にも小さな農園などが視界に入り、ユアの好奇心を次々と刺激した。


 ただ、実際の生活スペースはこの城の中のほんの一部らしく、使われている箇所だけが不自然に手入れされている。それ以外の部分に関しては手をつけられていないのがみてわかる。


 使い捨てられた蜘蛛の巣は埃まみれで形を崩し、壁を蔦って伸びた植物もそのまま自由に蔦を張り巡らせている。そのアンバランスな外見がどことなくこの建物の不気味さを演出していた。


 二人はシュウダイに案内され、王室の前に立った。この先に鴉の親分とやらが待ち構えているようだ。


 一体、どんな親玉が出てくるのだろうか。ユアは内心ワクワクしていた。


「シュウダイだ。入るぞ、親分」


 シュウダイは大きな扉を両手で開いた。


 扉を開くと、黒いカーペットが奥の玉座にまで一直線につながっていた。その先の玉座で、親分は深く腰をかけていた。周囲には使用人だろうか、何人かのメイド服を着た女性が親分を囲っている。そのせいか、ユアたちからは親分の姿がよく見えなかった。


 だがその姿は、玉座と部屋の影響もあるのか、本物の王様のようだった。


 親分はその中で堂々と足を組み、肘置きに肘をついて頬杖をついている。見ると、使用人たちは親分の身なりを整えていた。一人は髪の毛を、一人は顔を、一人は指先をと、隅から隅までだ。


 親分は扉の開く音に反応したのか、薄らと目を開き、ユアたちを視界に収めた。


 ユアたちが親分の近くまで来た時、ようやく口を開いた。


「シュウダイ、そやつらは何者だ」


「あー、安心してくれ親分。敵じゃない。おれたちの味方……あーいや、恩人だ」


「恩人……」


 鴉の親分は左手を上げた。これが合図なのか、使用人はお辞儀をしながら一歩下がり、その姿が露となった。


 鴉の親分はとても賊の長とは思えぬ格好をしていた。目を覆い隠す真っ黒なレースの被り物、全身の肌という肌を覆う漆黒のドレス、ドレスの裾から覗く細い脚には黒のタイツ、爪の先には黒のネイルが塗られている。


 彼女は目が隠れるほどの長髪を右手で掻き分け、その中から思わず見惚れてしまいそうなほど華麗な琥珀色の瞳を露わにした。


 ギオンはそんな彼女の所作に、恐れのような妙な感覚を覚えた。さすが、賊の長というだけはある。


 ユアはそんな彼女の圧にはまったく応えず(というよりはまったく気にせず)、自己紹介を始めた。


「お初にお目にかかります。鴉の親分さま。私、お悩み相談所の言霧ユアと申します。そして、こちらの方は私の用心棒をしてくださってる、四野原ギオンさんです」


 ギオンは無言で、親分に会釈した。


 親分は二人のことをまじまじと見つめたあと、目を閉じた。


「……そうか。シュウダイ」


「はい」


「なぜ連れてきた?」


 声色で、彼女が怒っているのは嫌でもわかった。シュウダイはまたもお仕置きを受けたくはないと、弁明した。


「待ってくれ親分。これは、ユアちゃんの申し出なんだ」


「ちゃん? 随分と親しくなったのだな」


「うっ、そ、それは」


「まぁよい」


 親分は玉座から腰を上げ、一歩一歩、ゆっくりとユアに近づいた。背丈は、やや親分の方が高いか。意外と小柄なようだ。


「あなたが、お悩み相談所の言霧ユア」


「はい」


「この度は、シュウダイが迷惑をかけた。謝罪する」


 親分はユアの前で頭を下げた。ユアは笑みを浮かべたまま「気にしていませんよ」と言った。


「いや、無礼を働いたのは事実だ。しかと謝罪と贖罪を」


「シュウダイさんにお手伝いしていただいてますし、それだけで十分です。それに、今回はその件を話に来たわけではないのです」


「む、そうなのか」


 親分は頭を上げ、ユアの話に耳を傾けた。


「はい。実は、谷川さんの借金横領の件なのですが、この組織の裏切り者が首謀者の可能性がありまして」


「なるほど、あり得ない話ではない。シュウダイ、お前の見解は」


「いやぁー、非常に申し上げにくいんだが」


 シュウダイは決まり悪そうに頭を掻き、覚悟を決めたかのように唾を飲んだ。


「多分、元おれの部下『上原ユウト』の仕業かと」


「ユウト……あぁ、数ヶ月前にクビにした」


「逆恨みかなんなのかはわからんが、谷川はそいつに脅されたと言っていた。彼の言っていた容姿と一致してたしな」


「なるほど。それで、なぜお悩み相談所の亭主が」


「なんでも、このままその件も解決してしまいましょうと」


 シュウダイの言葉に親分は一瞬困惑の表情を浮かべた。


「断らなかったのか」


「断れなかった、というのが」


 この様子、嘘ではないようだ。本当に断れなかったのだろあれ。と親分もシュウダイの気持ちを汲み、ユアに話を振った。


「はぁ……わかった。話を聞こう」

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