1-13.手掛かりを追って
「で、手掛かりは?」
鴉の親分の第一声はそれだった。
それもそうだ。上原ユウトを追うのであれば、手掛かりが必要だ。親分も当然、ユアが何かを掴んだと思っている。
ギオンはユアの方をチラッと見た。彼女は、"ユアっ"としていた。そう、何か考えがあるようで何も考えていない時の顔である! ギオンは彼女の頬を潰してやろうかと思ったが……首を横に振った。
「すまん。手掛かりはない」
「そうか、そうだろうな。あいや、聞いてみただけだ」
これには親分も思わず目線を下げてしまった。少しばかり、期待していたのだろう。
「手掛かりもなしにどうしようと言うのだ」
「そうですね。ですので、手掛かりを掴もうかと」
あまりに突拍子のない話だ。親分は思わず聞き返した。
「どうやって」
「お知り合いの方に相談してみます」
湯田のことを言っているのだろうが、そんな一個人の、ましてや外部から来た組織の人物まで追い切れるのだろうか。ギオンは心配だった。しかし、これは親分も同じだ。
「……口先だけでは解決せぬぞ」
「そうですね。なので、早速行動しようかと」
「待て」
「はい」
「ワタシも調べる」
親分の予想外の反応にシュウダイは思わず聞き返した。
「なっ、親分?」
「シュウダイ。できる限り、この方々の手を煩わせたくはない」
「気にしないでください親分さま。これは、私の自己満足ですので」
「そうもいかない。ワタシとしても、この件はなんとかしたい。そうだな」
親分はじろっとシュウダイに視線を送った。
「シュウダイ、カラスは」
「まだいますよ」
「わかった」
「?」
「これが、ワタシの『能力』だ」
親分は言いながら立ち上がり、右腕を上げた。すると、どこからともなく数羽のカラスが出現し、そのうちの一番小柄なカラスが親分の腕に留まった。
このとき、薄らとではあるが親分の周囲に紫色のオーラを纏っていたのをユアは見逃さなかった。親分の言う通り、これは固有能力だ。
「上原ユウトを探せ。そう、三ヶ月ほど前までその男と一緒にいた赤髪の男だ。見つけ次第帰投し、ワタシに知らせろ。いいな?」
親分はカラスに伝えると、腕を振るった。カラスはその勢いに乗って飛翔し、宙を舞っていたカラスの群れに合流、しばらく旋回すると開いた窓から外へと飛び立った。
「動物とお話しが?」
「まぁな。あまり人前で使いたくはないのだがな。気味が悪いと言われてきた能力だ」
親分は本当に周りからそう思われていた、と見るだけでわかるほど複雑そうな、どことなく怒りと寂しさを感じさせる表情を浮かべた。
だが、ユアの抱いた感想は割と子供じみていた。
「そうなんですか? 絵本の中みたいな、素晴らしい能力だと思うのですが」
親分もさすがこれには面を食らった。そんなこと、今まで一度も言われたことはなかったのだろう。
「と、ともかくだ。カラスが情報を得るまではじっとしていることだ」
「そうですか……」
すぐ行動に移れないことにユアは不満を抱いている。ギオンどころか、この場にいる全員が察していた。わかりやすく機嫌が悪そうな声色で、頬を膨らませているのだから。
「何をがっかりしているんだユア。手掛かりが掴め次第行動すればいいだけのことだ」
「それはそうですが」
見るからに不貞腐れているユアにギオンは不安を隠せない。
「はぁっ。オマエ、想像以上にせっかちだな」
「言霧ユア。焦る気持ちはわからなくもないが、状況が状況だ。今は大人しくしていて貰おうか。それでも動こうというのであれば、手足を縛ってでも止めるからな」
「あら、それは困りますね。痒い部分を掻けなくなるのは辛いですし、大人しく待つとしましょう」
身動きの自由よりも体の痒みによるストレスの方が彼女には苦痛らしい。
とりあえずユアの説得には成功したとみていいだろう。
「ところで親分さん。そのカラスによる追跡ですが、どの程度かかる見込みでしょうか」
「上原ユウトの逃げた範囲によるな。早ければ明日、だが実際のところいつまでかかるかは不明瞭だ」
「かしこまりました。ところで、ここで待機とのことですが、泊まるところは」
「客室なら用意がある。個室にはなるが」
「構いませんよ。あと、シャワー室なんかは」
「シュウダイ、どうなっている?」
「水しか出ないですよ親分。補修費ケチってあそこ直してなかったじゃないか」
「え、では冷水シャワーを浴びろと!?」
珍しくユアがあわあわしている。どうやら風呂の時間は彼女のとって大事なことのようだ。冷水シャワーでは流石のギオンも困るため、助け舟を出した。
「近くに銭湯はないか?」
「あるにはあるが、歩くと三十分はかかるんだよなぁ」
「車があるだろ」
「痛いところを突くなぁ。いやまぁ、あるけど、ここらだとガソリン代バカにならないからあんま」
と、ここで親分が手を上げた。
「シュウダイ、構わん。出してくれ」
「親分? 本気かい?」
「ワタシも行こう。冷水シャワーもいいが、たまには人間的な行動をとりたい」
「親分がいいならいいけどよぉ」
「それに、言霧ユアとも話がしたいからな」
親分はジロリとユアに目線を向ける。ユアは顎に右人差し指をつけて何か考え事をしている。そして、はっと何かを思いついたようだ。
「あの、よろしければそのまま浜河関まで参りませんか? せっかくの温泉街ですし。それに情報も多い方がいいのではないでしょうか? そこに、先ほどお話しした相談相手の方もいらっしゃいますのでちょうど良いかと」
あわゆくば家に帰ろう、とでも思っているのかと親分は一瞬疑ったが、そんなふうには見えなかった。それに、確かにユアの言う通り、情報は多い方が良い。
「む、確かにそうだな。シュウダイ、そうしよう」
「いいのか親分? 目立つと思うが」
「あぁ、たまには、羽を伸ばすのも悪くない」
シュウダイが運転する車で四人は関河浜の温泉へと向かい、入浴を済ませた。
親分はユアと一対一で話をしたいとギオンとシュウダイに告げ、二人で温泉の近くを散歩することにした。
「それで、私にお話しとは?」
「ふむ、折り入った話ではない。雑談程度と思っていてくれ」
二人は川沿いの砂利道を歩む。季節はもう間も無く冬へと移り変わる。今聞こえてきている虫の鳴き声も、もう間も無く静寂へと変わることだろう。
親分はふうっと息を吐くと、ぐっと両腕を前に伸ばした。
「それと……この話し方は疲れる」
「であれば、話し方を砕けば?」
「まぁ、そうさせてもらう」
親分はユアの言葉に素直に受け止め、堅苦しい話し方をやめた。だがやはり普段の癖なのか、あまり話し方が変わったような感じはしない。
「言霧ユア。伝えておかねばならないことが」
「はい」
「わたしの名前だ。わたしの名前は『雛方アスミ』だ」
「アスミさま、ですね」
「さま付けもやめてほしい。それで話なのだが、実のところ、わたしは友だちがいなくてね」
「お知り合いはいると聞いてますが。たしかに、賊の親分などという立場でしたら、友を得るというのは難しいかもしれないですね」
「そこでだ。お悩み相談所の店主である、言霧ユア、あなたにお願いが」
「はい」
アスミはユアと面と向かい、右手を前に差し出した。
「わたしと友達になってくれ、対等な。だから、これからは名前で呼び合ってくれないか?」
「構いませんよ。ただ、私も友だち少な……いえ、まったくいませんが」
ユアは苦笑いしながら、アスミの握手に応じた。
「まずは第一歩。最初から、多くを得ようとしてはいけない。よろしく頼む。ユア」
「はいっ♪」
ユアは笑顔で答えた。それを見て、アスミの表情も明るくなった。
「ところでユア、あなたは最初から多くを得ようとしてはいないか? それこそ、一度にまとめて全部解決しようとしていたりとか」
「うっ」
意外と痛いところを突いてくる。ユアは不意に目を逸らした。
「元は、谷川の娘を救出するところから始まった。のみにも関わらず、ユアは欲張って偽の鴉の解体までし、その根元である上原ユウトまで追うときた。やれやれ、その好奇心はどこからきている」
「私の役割は、人々の悩みを取り除くことです。そのためなら、私はどこまでも」
「恐ろしい人だな」
アスミはふとユアの上着からのぞいている腕に目を向けた。怪我でもしているのだろうか? 肘関節のところに違和感を覚えた。
「ユア、その肘」
「肘? あぁ、先ほど戦いになった時に無理やりハンマーを持ち上げようとしたので、その時におそらく」
「そうか」
にしてはおかしい。明らかにそんなのではない気がするが、それ以前に骨折か何かの怪我をしたときの痕なのだろうか? アスミはそれ以上は特に気にすることでもなかったので、この話はここで終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます