1-14.二つの手掛かり。新たなお悩み解決へ

 ユアとアスミは河川敷から離れ、再び夜の街へと戻ってきた。深夜の街道は、それはそれはとても静かだった。


「ところでアスミ。少しよろしいですか?」


「うん、なに?」


「私、今回の件でお得意先の探偵さんに調査の依頼をしていまして」


「ふむ」


「おそらくまだ色々調べてくださってるはずなので、お伺いしたいのですが」


「構わないが、ワタシは」


 アスミは自身の正体について心配があった。


「顔を知られたくないというのであれば、それ相応の対応をしますが」


「たとえば?」


「これとかどうでしょう?」


 ユアはカバンの中から狐のお面を取り出し、アスミに渡した。あまりにも用意が良すぎる、とアスミは顔をしかめた。


「いや、確かに顔はバレぬが、怪しかろう?」


「バレなければよろしいのではないのですか?」


「あからさまに怪しいって」


「他に用意がないのですが」


 ユアは「なぜそんな嫌がるの?」とキョトンとした顔をしている。アスミは渋々了承せざるを得なかった。


「……わ、わかった」


 ユアは大真面目なのだろう。表情ひとつ崩さず、真剣な眼差しを突き刺してくる。アスミは折れてしまった。


「さて、では向かいましょうか」



 ユアは湯田の館に灯りがついているのを確認、出入り口のベルを鳴らした。夜間ともなると安全のために扉は施錠されているのだ。


 二人を出迎えたのは秘書のココロだった。


「はろはろー。ユアちゃん」


 一見元気そうに見えるが、その顔には若干の疲労が垣間見えた。化粧がやや崩れているのが窺える。それを直す暇もないのだろう。


 その後ろから湯田も姿を見せた。


「おや、ユアちゃん。こんな時間にどうしたのだね」


「あの、実は昨日の件をもう解決しまして」


 ユアの言葉に反応したのはココロの方だった。


「えぇっ!?」


────────────────────


 ときは少し遡り、前日の夜、ユアたちが帰宅し後のことである。


『ユアちゃんたち、大丈夫かしら?』


 ココロは湯田にお願いされた資料をかき集めながらそんなことをボヤいた。


 湯田は机の上にばら撒いた資料に目を通すのみ夢中だった。中身は主に鴉についてのものだ。


『おかしい。鴉は元々そんな騒動を起こすような集団ではなかったはずだ』


『湯田さ〜ん? 話聞いてますぅ〜?』


『あぁ、聞いているとも。ユアちゃんのことだ。もしかすると、今頃何かしらの手がかりを掴んでいるかもね。彼女、最初こそ私を頼るけど、結局私が真実を突き止める前に力で解決してしまうからことが多いからね。多分、今回もそうなると思うよ』


『えぇ……?』


『いつもそうじゃないか』


 湯田は「ははっ」と乾いた声で笑うと、ため息を吐き、引き続きユアのために情報を集めだした。


────────────────────


 湯田の予測は的中していた。ユアはすでに偽の鴉の情報を得て、偽の鴉のアジトを襲撃し、谷川スミレを救出し終えているのだから。


 ココロは唖然としたままユアの肩に手を乗せた。


「全部解決したの?」


「はい」


 ポカンと空いた口が塞がらないココロに対し、湯田は愉快そうに笑っていた。


「ははっ、ほら、予想通りだっただろう?」


「え、本当に湯田さまの言ったとおりだわ」


 ここまでお見通しだったとは! とココロは感服していた。


 ユアはココロの横から身をひょこっと乗り出し、湯田に視線を向けた。


「そこでなのですが」


「追加のお仕事かい?」


「はい、こちらの彼女なのですが」


 見るからに怪しい狐の仮面の少女を手のひらで指すユア。アスミは怪しまれないよう、わざと恥ずかしがり屋な少女を演じた。両手を合わせ、もじもじしている。あからさますぎるが、これはしっかり打ち合わせをしていないユアのせいである!


「ふむ、どんなお悩みかな」


「彼女の友人が人攫いの被害にあったらしく、その犯人の手掛かりを」


「なるほどね。それ、鴉が絡んでいるやつかな」


「はい。おそらく」


「承知した。ココロ、さっきしまったファイル……そうだな、三週間前のやつを」


「えぇ、また探すんですかー?」


「そこに人攫いの件が一つ載ってたはずだ」


「はーい……」


「ユアちゃんと、そこの子も入ってくれ。中で話をしよう」




 ココロは気怠そうファイルを漁っていた。どれもさっき目を通したものばかり……と思っていたが、わりとあっさり見つかった。


「はい、これですか?」


「うん、ありがとう」


 湯田はココロからファイルを受け取り、付箋のついたページを開いた。


「こちらに手掛かりが?」


「そう。でも気掛かりなんだ。賊の鴉に関してなんだが、割と前から拠点を建てているはずなのに、こういった騒ぎを起こし始めたのはつい二ヶ月ほど前からなんだ」


 アスミは二ヶ月という言葉に何かを思うところがあったのか、「二ヶ月……」と言葉をこぼした。二ヶ月前。シュウダイの部下の上原ユウトが鴉を脱退した時期を考えれば、ある程度辻褄は合う。


 ユアは湯田が気掛かりだと言った部分について言及した。


「そうだ湯田さん。実は鴉に関しては一つ誤解がありまして」


「聞かせてくれ」


「はい。人攫いをしたり、ギオンさんとの事件を引き起こしていたのが、実は偽物だったんですよ」


「それ本当かい?」


「はい。現に、こ」


 ユアがついうっかり「こちらの親分さん」と言いかけたので、アスミは慌ててすっと顔を彼女に向けた。ユアは「はっ」と口を塞ぎ、言い直した。


「現に、鴉の組織の人と話をしました。それと、救出した方からも事情をお聞きしております。あと、そのアジトにいた親分も偽物であると認めました」


「僕の調査より先にそこまで進めていたのか」


「実のところ、ここを去った後、家の前に鴉のメンバーの方がいらっしゃってまして。そこで話をして、偽の鴉を叩くことにしたのです」


「相変わらず、最後は暴力だよね」


「話し合いが通用するような相手ではなかったので」


 キッパリと言い切るユアを見て、湯田は「まぁ、いつものことか」と微笑み返した。


「勇敢だねユアちゃんは。さて、と。犯人の目星に関しては、あまりないわけだが」


「はい」


「手掛かりと言えるかはわからないが、有益な情報が二つある」


 その言葉を待っていました。とユアは表情を明るくした。


「おぉ」


「まず一つ、これは人攫いに遭いかけた人物の証言。攫われた人はある洞窟で雑用として働かされた後、何処かに高値で売り捌かれるということだ。やれやれ、酷い話だ」


 ユアはスミレの話がだいたい事実だったと知り、彼女の身も危なかったのだなと胸を撫で下ろした。


「なるほど。それと、もう一つは?」


「その首謀者と思われる人物について、命からがらそのアジトから逃げ出した人物の証言だ。そのアジトの親分と思わしき人物が、謎の赤髪の男と話し合っていた。ということ、これだけで足りるかい?」


 上原ユウトで間違いなさそうだ。ユアはアスミとアイコンタクトを取り、頷いた。


「二つもあれば十分ですね。ありがとうございます♪」


「探偵なのに、君の方が解決が早くて僕は自信を失ってしまいそうだよ。今回も、そうなんだろう?」


「ふふっ、もしかしたらですけどね」


「やれやれ、これではただの情報屋だね」




 二人は玄関まで見送ってくれた湯田とココロにお礼を言い、館を後にした。


 アスミは館の門を出ると、鬱陶しそうにお面を取り外し、ユアに手渡した。


「手掛かりはあったが、肝心の居場所がまだわからないな」


「そこはアスミがなんとかしてくれるのでは?」


「簡単に言ってくれるな。カラスが上原を見つけるのに何日かかるかわからないんだぞ」


「ですが、分かればこっちのものですよ♪」


 何日かかるか。それどころか見つかるかもわからないというのに、ユアは自信満々だった。


「ユア、あなたよく無鉄砲だと言われない?」




 用事を済ませた一行はアジトへと帰った。すると、意外にもカラスが一羽すでに戻ってきていた。


 アスミはそのカラスを腕に止め、能力を発現しカラスの声を聞いた。


「もう居場所が特定できたか。予想より早かったな」


「であれば、今すぐにでも」


 ユアの体力は無尽蔵なのか? 流石に疲労が溜まっていたギオンが気怠そうにため息をつく。


「ユア、バカなことを言うな。休みもなく動き続けても疲れるだけだ」


「私は別に平気ですが」


 ユアは相変わらずのキョトン顔を披露している。なぜ、この女にはこんなにも常識が伝わらないのだろうか。はっきり言ってやろう。


「オレが疲れているんだ。今夜くらいは寝かせろ」


 ユアは納得したのか「わかりました。では、朝になったらその場所に向かいましょう」とギオンの案を飲んだ。


「シュウダイ、お二人を客室まで案内しろ。掃除はしてあるな?」


「あぁ、万が一を考えてしっかりしてある。二人とも、とりあえず今夜は休んで明日に備えてくれ」




 日が上った。


 鳥の囀りが心地よく耳を透き通る。ユアはぱっちりと目を開き、いつものように顔を洗い、身支度を済ませ、王室へと向かった。


 王室にはすでにギオン、シュウダイ、アスミが準備を終えて待機していた。


「さて、支度も整えましたし、早速向かいましょう。さぁ、行きますよ♪ ギオンさん、シュウダイさん!」


 シュウダイはなぜか自分の名前まで呼ばれたことに驚愕した。


「え、俺も?」


 アスミは玉座に腰をかけたまま、シュウダイを指さした。


「当然だろうシュウダイ。最後までお付き合いしろ」


「ぐっ、親分がそう言うんじゃ仕方ないか」


 シュウダイにとって親分の言うことは絶対。従うほかなかった。


「ふんっ、キサマは当分はお悩み相談所の雑用だな」


「のようだな。やれやれ、とはいえ自分で蒔いた種だ。責任は取らないとな」


 アスミは覚悟を決めたシュウダイの横を抜け、ユアに丸めた紙を手渡しした。


「そうだ、ユア。地図を渡しておく。目的地は綱渡西町。東町と間違わぬようにな。このカラスが上原がその町を根城にしていると伝えてくれた。何かあればこのカラスを頼ってくれ。幸運を祈っているぞ」


 アスミは少し小柄なカラスをシュウダイの頭の上に乗せ、ユアの方に振り向いた。


「はい。良い知らせを待っていてくださいね、アスミ♪」


「皆がいる前で名前を呼ばれるのは恥ずかしいからやめてくれ」


(この調子だとこの小娘、この件も一日かそこらで解決する気だな)


 三人と一羽のカラスを乗せた車は、上原ユウトがいるという綱渡西町に向け、出発した!

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汚悩美相談少女 湯美山 星彩 @Yumiyama333

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