1-10.その能力の名は「ユア・ネーム」

 親分は固有能力を実際に目の当たりにし、歯を食いしばり、脂汗をかいた。それもそのはず。彼は固有能力なぞ生涯会うことはないだろうと、心の底から信じていた。だが、それがいま、確かに存在している。


 目の前で、少女の後ろで両手を前に広げ、怪しげにゆらゆらと浮いている鎧の騎士(?)の姿を見て、「勝てるのか、こんな得体の知れないバケモノに!?」とかなり弱腰になっていた。しかし、この男とて、偽物を語っているとはいえ賊の親玉。


 たとえ相手が得体の知れない能力者であったとしても、簡単に負けを認めるわけはずもなかった。そんなこと、賊の親玉としてのプライドが許さなかった! 震える拳をぐっと握り直し、自身の恐怖心を押し殺した。


「ふんっ、つまるところ能力頼りの女というところか」


「否定する気は毛頭ありません。ですが、侮らないことです。ご存知かと思われますが、固有能力というものはその者の願いを叶えるために顕現し、様々な能力を有しています。私のこの能力の本質を見極められなければ、あなたに勝機はありませんよ」


 親分は黙ったまま、壁に立てかけてある、彼よりも頭ひとつ分くらい大きい斧を力強く握りしめ、ゆっくりとユアに近づいた。どんな、能力が飛んでくるのか、全く予想がつかない。ただ、大した能力ではないはずだ。それくらいならわかる。親分は怪しい笑みを浮かべた。


「能力なんか関係ねぇ。ただ、押すのみだ!!」


 そう吠えると、ユアの脳天目掛けて斧をブンッ! と空を切りながら力強く振り下ろした!


「くらいませんよ。そんな攻撃っ」


 ユアは片手で杖をクルッと回すと、背後の鎧騎士、〈ユア・ネーム〉が彼女の想いに応えるように杖に手を添えた。すると、杖は粘土のようにぐにゃぁっと歪に変形した。


「はぁっ!?」


 ドロドロに変形した杖の先端は斧の刃先を完全に覆い尽くし、杖の末端は彼女の身を守る支柱として地面へと伸びた。そう、ユアの杖は彼女の身を守るためだけの歪な形をした傘のように変形したのだ!


 一瞬の出来事だった。親分は目の前の現象を理解することができなかった。あまりの摩訶不思議な現象に狼狽えていると、変形した杖で作られた傘の下からユアがサッと姿を現し、


「隙だらけですよ!」


 斧を振り下ろした体制のまま動けなくなっていた親分の脇腹に勢いよく蹴りを喰らわした! この少女、小柄な割にパワフルでもあるのだ!


「くぼぉっ!?」


 親分に苦痛に顔を歪める暇はなかった。ユアは能力を解除し杖を元の形に戻して改めて掴み直すと、杖の先端親分の顎にガツンと強く打ち当てた! そして


「如意棒って知ってますか?」


「へ?」


 言うと能力を発現し、今度は棒の長さをブォンと勢いよく伸ばし、親分を後方へ吹っ飛ばした!


「ぶほぉっ!!」


 杖に押されて勢いよく吹き飛んだ親分は頭を壁に激しく打ちつけ、地面に倒れ込んだ。


「ふふ、最初に言ったとおりになってますよ? 能力の本質を見極められていないということは、こういう攻撃に対処できないということなのですから♪」


 ユアは得意げに左手人差し指を唇に当てながら杖の形を元に戻した。


「それにしても惜しいですね。最初、あなたが『杖が動いたように見えた』と言うものですから、これでも焦っていたんですよ?」


 飛ばされた親分はなんとか上半身を起こし、どこまでも余裕を持つユアを睨みつけた。


「く、クソがぁっ!! お前なんか、能力なんか持っていなければぁっ!!」


「敗因はあなたが冷静でいられなかった。ただそれだけです。最初から能力の分析を行わなければいけなかったといえのに、その前提を捨ててしまった時点で、お話になりませんね。それに、たった二撃でこの始末では、ギオンさんだったら一発で終わらせてますよ♪」


「お、おのれ」


 先ほど身体を壁に打ちつけた時のダメージが思いのほか大きく、親分は立ち上がれずにいた。


 これではもう決着が着いたも同然。ユアはふうっと小さく息を吐き、杖を握り直した。


「さて、それでは、トドメといきましょうか?」


「は?」


 ユアは再び能力を発現させた。見ると杖の先端がみるみるうちに膨らんでいき、巨大なハンマーへと変貌した!


 かなり重いのだろう、ユアはそれを「よいしょ、よいしょ」とずるずると引きずり、少しずつ親分に近づいた。


「よいしょっと……さて、お覚悟を!」


「ぎ、ぎぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 ユアは力一杯ハンマーを持ち上げ、親分はみっともない断末魔と共にぺしゃんこに!



 なるはずだった。



「え、あ、あれ? ふんっ!! ぬぬぬっ」


「……な、なんだぁ?」


 ハンマーはまだ地上にある。そう、ユアにそのハンマーは重すぎたのだ。歯を食いしばり、顔を真っ赤にしているユアだが、ハンマーは全く地面から離れようとしない。


 思い立ったユアは叫んだ。


「ギオンさん!」


「なんだぁ!?」


 ギオンはまだ大男と戦っている。とはいえ、そっちもすでに決着まであと一手といった状況だった。


 その状況を見て、ユアは自信満々に叫んだ。


「重くて持てません!!」


「ユアぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 ギオンは無計画なポンコツお悩み相談少女に激昂しながら大男を渾身の拳一発で仕留めると全力で駆け出し、彼女からハンマーを乱暴に取り上げ、振りかぶると親分目掛けて重い一撃をぶちかました!!


「おぉぉぉぁおあゆるしくださぁぁぁぁっっ!?」


「ぬぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 ズガァァン!! と生々しい轟音が響いた。こんなものをまともに食らったら人間は文字通りペシャンコになっているだろう。いや、それよりも悲惨な光景が広がっていたことだろう。


「ひ、ひぇっ」


 しかしここで殺してしまっては必要な情報を聞き出せない。ギオンは親分の顔の横を狙ってハンマーを叩きつけていた。


 親分は死を覚悟していたのか、身体を丸めてブルブルと震え上がっていた。


「もうこれで十分理解しただろう。キサマらがオレたちに勝てるはずがない」


「あ、あっあぁ」


 みっともない嗚咽を漏らしながら、親分はギオン越しに奥で戦闘不能となった大男の姿を視界に捉えた。そう、文字通りの敗北だ。


「ギオンさん、流石です」


 ユアはギオンに言いながらウィンクした。褒めているのだろうか? ギオンはそんな可愛いアピールをするユアにイラッときた。彼はユアのすべすべの頬を鷲掴みにした。


「ぶぅっ」


「考えて行動しろ」


「……ふぁい」


 ギオンは間抜けヅラのユアの顔を掴んだままその場にしゃがみ、地面で丸くなってる親分を睨みつけた。


「なんでこんなことをした」


「か、金が欲しかった! それだけだ!」


「人攫いをしたのも金儲けの一環か?」


「あ、あぁそうだよ! もういいだろ!」


「谷川を騙して借金を横領したのは事実かっ!?」


「ひ、ひぃっ!! ほ、本当ですぅっ!!」


 さっきまでの強気な態度はどこへやら。親分はギオンの気迫に押され、完全に意気消沈してしまっていた。


 ユアも聞きたいことがあり、頬を握りつぶしているギオンの手を頑張って引き剥がし、膝に手をつき親分の前に屈んだ。


「谷川さんの娘さんの居場所、教えてくださる?」

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