1-9.偽鴉撲滅大作戦、開始☆

 一旦彼らの侵入を許してしまった偽物の鴉のアジトは阿鼻叫喚といった酷い有様となった。


「どけぇぇぇぇぇっっ!!!」


 ギオンは視界に入った普通体型の男に向かって全速力で距離を詰める!


「な、何だこの筋肉モリモリマッチョマンは! ごはぁっ!!」


 そのままギオンは右腕を振り、男の顔面を正面から殴り飛ばした! バキィッと嫌な音を立てながら男は後方に吹き飛び、地面に倒れ込むともう起き上がることはなかった。


 ギオンはその男には一瞥もくれず、次の獲物に視線を向けた。布で口を覆ったマスク女は「ゲェッ!?」と声を漏らして目を見開いた。


 ギオンは恐怖している彼女の心境など気にせず、ズンズン! と前進した。こんな筋肉モリモリマッチョマンの巨漢が怖い顔をして近づいてくるのだ。恐れないはずがない。


「ちょ、タンマタンマ! あたしまだ見習いだしっ! あたし女なんだから手加減してって、っだはぁっ!!」


「そんなことは知らんっ!!」


 ギオンの快進撃は止まらない。目に入った敵を男女関係なく次々と薙ぎ倒していく。一人なら殴り、長物を持っているなら蹴り、二人ならラリアットととにかく容赦なかった。


 加えてシュウダイがかろうじて戦闘不能にならなかった敵を致命傷にならない程度に行動不能に追いやっていた。


 そしてユアはというとその後ろで身動きが取れなくなった者を、人差し指でちょんちょんとつつきながら「谷川の娘の居場所」と「回収した借金の在処」を聞いて回っていた。


「もし? 谷川という少女のこと知りませんか?」


「し、しらねぇよ」


「攫った人の名前はいちいち覚えてられないということでしょうか?」


「な、なんなんだよお前らいきなり……」


「いえ、偽物を語って悪さをしているということでしたので、依頼人のお悩み解決のついでに成敗しようと思いまして」


「い、イカれているのかぁっ!?」


「知らないならいいですよ。えいっ♪」


 ユアは男が谷川について知らないとわかった途端、可愛らしくウィンクをしながら男の頭を杖でゴツンッとぶん殴り、気絶させた。そう、ユアも割と容赦ない性格なのだ!


「さて、これで入り口付近の敵はあらかた片付きましたかね?」


 ユアは杖を両手で持ちながらギオンとシュウダイのそばに寄った。三人とも無傷である。


 うめき声が洞窟の中を支配している。その中に無傷の男女が三人。もはやどちらが悪者なのかわからない状況である。


「どいつも情報は持っていなそうだね。奥に向かうとしようか」


「ふんっ」




「親分! 敵襲です!」


 ゴーグルをつけた下っぱが、洞窟奥の親分のいる部屋に報告にきていた。


 部屋の中には親分と呼ばれた男は椅子に座り、紙幣を数えていた。親分は、いかにも私が一番偉いです、と言わんばかりにツンっと尖った顎髭を撫でながらゴーグルの下っぱに問いた。


「そんなことはわかっている。奴らはどうやってここを突き止めたんだ」


「おそらく、人攫いの奴らがしくじったのではないかと」


「なるほどな。だが、何が目的だ?」


「わかりません……」


 親分と子分が話しをしていると、バァンッ! と派手に扉が蹴破られた! 見ると、とんでもない筋肉もりもりマッチョマンが腕を組んで彼らを睨みつけていた。


 その後ろには呆気に取られているアホ面の男と、笑顔で拍手をしている危機感を微塵も感じさせない少女の姿があった。


「なっ!?」


「外の奴らは全員黙らせた」


 ギオンは言いながら首をくいっと後ろに振り、親指を扉の外に向けた。見ると看守と思わしき人物たちが皆横たわっている。


 それを見てゴーグルの下っぱは狼狽えた。


「はぁっ!? ふ、ふざけているのか!?」


 下っぱの言葉を不快に感じたシュウダイは、右人差し指をクルクル回しながら二人を指さした。


「おいおい、おいおいおいおいおい。ふざけているのはよぉ〜、そっちの方なんじゃあないかぁ〜?」


 ここで親分がようやく事態を把握した。


「っ! 貴様はシュウダイ!?」


「お、おれのことを知っていたか。ウチらの偽物を語って好き放題とは、なかなかなことしでかしてくれてんじゃあねぇか?」


「……なるほど、思ったよりもバレるのが早かったか」


「アンタら、何者な訳? おれのことを知ってる上に、鴉を相手取るってことは、それ相応の覚悟をしていると判断するわけだが」


「あぁ、十分だ。我々からすれば、貴様らは邪魔者なのだよ、鴉の諸君!」


 その言葉を聞いた途端、ユアが「はいっ」と手を上げ、親分の続きの言葉を遮った。


「あの」


「なんだ」


 見るからに不機嫌になっている親分の心境など露知らず、ユアはつらつらと発言を続けた。


「私とギオンさんは鴉とは無関係ですので、谷川さんの娘さんの居場所と盗んだ借金についてだけ教えていただけませんか? 鴉とのいざこざはお二方で解決していただいて」


「し、強かだなぁユアちゃん……いや、まぁ鴉の件はこっちで受け持つがよ」


「無関係だというのであれば、なぜここを強襲した」


「谷川さんの悩みを解決するためですが?」


「谷川……あぁ、あの男か。借金ねぇ、あいつが勝手に勘違いして俺たちに渡していたってだけの話だ。なぁに、もう一度鴉宛てに返していけばいいだけじゃねぇか」


「それは出来ない相談だなぁ? 本来ならもう返済は終わってるって話だ。お前たちからよ〜、徴収するしかないんだよなぁ?」


「ふんっ、あんな端金、もう使いきっちまったよ」


「嘘つけ!! さっきそこの机の引き出しん中にしまってたじゃあねぇか!!」


「げっ!」


 親分はバレないとでも思ってたのだろうか。間抜けな声をあげ、思わず視線を机に向けていた。


 シュウダイはクナイのような形状の暗器をジャケットの中から両手で取り出し、構えた。


「命までは取らない。おれたちの下で働ける必要最低限は保証してやる」


「わからないようだな。私は闘う気などない。こいっ!!」


 親分が大声を出すと、後ろの方から「ぐぉぉぉぉぉぉっ!!!」と空気が震えるほどの雄叫びが聞こえてきた。三人が振り返ると、扉より明らかに大きい巨体の男が待ち構えていた。


 何を食べたらこんな身体つきになるのだろうか? ユアはぽけーっと無駄なことを考えていた。どこまでも呑気なやつである。


 どうやって部屋に入ってくるのか、それも考えていたが、実際は単純だった。大男はなんと部屋と通路の壁を丸ごと破壊してしてしまったのだ!


 ユアは目を細くして大男を睨みつけたのち、親分の方に視線を戻した。ギオンがユアの顔を見ると、いつもの笑みは影を潜め、キッとした眼差しで真剣な表情をしていた。これだ。これがギオンの知っている「お悩み相談所の言霧ユア」の顔なのだ!


「……ギオンさん、シュウダイさん。この親分さまは私が責任を持ってお相手させていただきます」


「ユアちゃん?」


「さすがに、その大きい方は難しそうですので。私は、まだ相手のできそうなこの親分さまを」


 いや、その気になればこの大男もどうにかできるだろう。ギオンはそう確信した上で返事をした。


「はーっ……何を言い出すかと思えば。そっちは手伝ってやらんぞ」


「はい。ギオンさんとシュウダイさんのお二人でようやくその方とやり合えるくらいかと」


「ふんっ。足を引っ張るなよ、鴉の男」


「お互い様と言いたいが、旦那の方が強いんだよなぁ……」


 ギオンとシュウダイは手短にやり取りを終え、互いに大男に向かった。




「さて、親分さま。これで一対一ですね?」


 ユアは親分の横に並ぶゴーグルの下っぱには目もくれず、堂々と宣言した。


「ふざけんな! おれもいるぞ!」


「あなたはご指名ではございませんが?」


「ふざけやがってぇ!!」


 下っぱには用なんかありません、というユアの反応に下っぱは地団駄を踏んでいる。ユアには決してこの男を煽るような意図はなかったのだが、どうやらそのように受け取られ、子どものように怒り散らしていた。


 心なしか、子分の態度に対し親分も少し呆れているようだった。


「まぁ、親分さまがお先にどうぞと言うのであれば、お相手いたしますが……」


「なめやがってチビ女ぁぁ!!」


 親分の横にいた子分の男が釘の刺さった棍棒を両手で握りしめながらユアへと突進した!


 しかし、ユアは「その程度の攻撃」といった感じで「あらっ」と言葉を発しながらヒョイっと軽快に攻撃を避けた。男はすぐさま振り返ったが、ユアは杖を軽く回して男の左手の甲をビシッと叩き、続いて右手の甲にもバシッ! と同様の攻撃を加えた。


「いったあぁっっ!!」


 一瞬で両手の甲を打ち付けられた男は痛みに耐えかね、間抜けな声を上げながら棍棒を手放してしまった。


「はっ!?」


「残念でしたね♪」


 ユアはウィンクすると両手で杖を握り、振りかぶると男の脳天をガツンッ! と力一杯叩き、あっさりと気絶させた。


 それなりに激しい動きをしたはずにも関わらず、一切息をあげないユアに親分は少なからず恐怖を覚えた。


「さてっと。つぎは、あなたですよ?」


 妖艶、とでも言おうか。ユアの細い目はただの少女ものとは思えぬほど、美しく、それでいて怪しげに輝いていた。比喩などではない。親分の男は間違いなくその目の奥に秘められた「輝き」を目の当たりにした。


「お前、いま、何をした?」


「はい?」


「おれには、お前ではなく『杖の方が動いたように』見えたぞ」


「……ふふ」


 ユアは怪しげに、イタズラにくすくすと小さく笑った。


 親分はその様子を見て確信した。この目つき、間違いない!


「お前、『固有能力者』だな!!」


「あら、見破られてしまいましたか」


 ユアは自身が「固有能力者」であることを、さも当たり前かのようにあっさりと認めた。

 

 固有能力。それは誰にでも宿る可能性のある、その者のみに扱える特別な能力。


 その力は、人の「願いの力」によって発現する。


 その力はその者の願いと想いによって姿形を変える「願いの化身」として、その者のみが顕現させることができる。


 その力は、人々の願いによって、その者のみの固有の存在として確立される。


 人の願いの力によって発現するその能力は、「固有能力」と呼ばれる。



 ユアは右足のつま先でとんとんっと地面を突くと、その場でくるっと回り、杖を握りしめ、構えた。


「そうですよ。私は、あなたの言うとおり固有能力者です。でも、その呼び方はあまり好きではないのですよね」


 ユアの挑発するような得意げに語る様が気に入らなかった親分はギリっと奥歯を噛み締めた。羨ましがっているのだ。常人では簡単には手に入らないと思われていた固有能力を、こんなチンケな小娘が開花させていることを。


「選ばれたのか、お前は!」


「選ばれた? あら、あなたはそう考えているのですね。でも、それは違います。この力は、誰にでも芽生えるもの。誰かに選ばれたからといって現れるものではありません。自分自身の意思で、自分自身の願いで目覚めさせるもの。強い願いの力によって現実の世界に現れ、その者の願いを叶えようとする力、それが『固有能力』なのですよ?」


 親分が悔しそうに顔を顰めると同時に、ユアの背後にほんの少しの風で晴れて消えてしまいそうな靄が現れた。


「願いの化身とでも言いましょうか」


 ユアは言いながら目を閉じ、左手を頭上へ向けた。それと同時に、靄の中を赤と青の稲妻が迸った。二つの稲妻はやがて螺旋状に交わり合い、鎧を纏った騎士のような姿へと変貌した!


 ユアは自身の固有能力、願いの化身が顕現すると目をそっと開き、再び親分へと視線を向けた。


「これが私の能力、『ユア・ネーム』」

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