1-7.戦闘!髭男!

 ギオンはこの髭男と一手交えただけで理解した。こいつは一筋縄ではいかない! ギオンは繰り出される攻撃を捌き、躱しながら声を上げた。


「手綱! そいつを黙らせたらユアを叩き起こせ!」


 ギオン一人でも、本気を出せばこの髭男は倒せるかもしれない。しかし、本拠地を割り出しそこを叩くのだとしたら、こんなところで無駄な体力浪費は避けたい。そのため、ユアの手を借りようと考えた。


 手綱はギオンの言葉に無言で頷くと小柄男をあっという間に縛り上げ、お腹を出してみっともなく熟睡しているユアの身体を揺らして起こした。ユアは寝ぼけ目を擦り、服を整えながら上半身をむくりと起こした。


「なんですか? お昼ご飯ですか?」


「こんなときにお昼ご飯かい!?」


 どこまでも呑気なユアと思わずツッコミを入れる緊張感のないシュウダイに対し、流石にイラッとしたギオンは思わず声を荒げた。


「寝ぼけてる場合かユア!! さっさと加勢しろぉっ!!」


「うひゃあ! は、はいっ!!」


 ユアは突然怒鳴られたことに驚き、せっせと服を整えると身体の横に並べていた杖を左手で掴み取り、ギオンの方に駆け寄った。


 ギオンは先ほどから一人で髭男の猛攻を捌いている。彼が守りに徹しているのは相手の疲弊を狙っているからだ。しかし、ここでユアの加勢が入れば、その必要もなくなる。


 髭男は戦いを楽しんでいるのか、嫌な笑みを浮かべながらギオンに攻撃を繰り返している。


 こいつの体力は無尽蔵なのか? ギオンもこの猛攻を耐えるのは少々しんどくなっていた。何より、いくらガードしているとはいえダメージは蓄積する。このまま攻撃を受け続ければ反撃の機会を見失うことになる。


 もたついているユアに、ギオンは再び呼びかけた!


「ユアァッ!!」


「お待たせ致しました! さて、ギオンさんの悩みを! 取り除きます!!」


 ようやくギオンの助太刀に入ったユアは自分の身長ほどある杖を振り回し、髭男の背後へぶち込んだ!


 が、そう簡単にはいかない。髭男はその杖による攻撃を全く見もせず、左手で簡単に弾き飛ばしたのだ。ユアはすぐさま体制を整え、距離を置き、合図した!


「ギオンさん!」


「うおおおおおおおっ!!」


 ギオンは相手の攻撃が止んだ隙に、強烈な一撃を腹にぶち込んだ! ドゴォッ! という鈍い打撃音共に、髭男は勢いよく後退した。


「ぐふぅっ! はっ、なんのぉっ!!」


 しかし、髭男は後ろへと進む足を踏み止ませ、すぐに体勢を立て直した。乱雑にブンッ! と反撃の拳を振るった!


「ギオンさん! きますよ!」


 ユアの掛け声に反応し、ギオンはその攻撃をひょいっとあっさりと避け、「ふんっ!!」と力強く意気込みながら、彼の鳩尾に勢いよく右拳をぶち込んだ!!


 ズブズブとギオンの右拳が髭男の腹部にめり込んでいく。内臓の位置が変わっていそうなほどの威力だが、髭男は怪しげにニヤついた。


 ギオンはそのせいで一瞬反応が遅れた。髭男はギオンの右腕を掴み、彼の腹部に膝蹴りを喰らわせた!


「ぐぅっ!」


 声は出たが、この程度の攻撃で怯むほどギオンという男はやわではない。ギオンは即座に左手を髭男の背に回し、右手をパッと開き男の腹に添えた。そして


「うおおおおおっ!!」


 そう、背負い投げだ! ギオンは雄叫びを上げながら、ほぼ同じ体格の髭男を勢いよく持ち上げ、そのまま地面へと叩きつけた!!


「ごぁぁっ!?!


 ドジャァッ!! と髭男の身体は砂利の上に激しく打ち付けられた。流石に堪えたのだろう。髭男はこの一撃で負けを悟った。


「わ、わかった。おれたちの負けだ」


「……ふんっ」


 ギオンは息を整え、腕を組んで髭男を見下ろした。髭男にあれこれ聞きたいところだが、その役は横から歩いてきたユアが請け負った。


「さて、あなたに聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「誰に頼まれました?」


「誰ってか? はんっ、誰が答えるかってんだ」


 いや、きっと名前を出せば答えるはずだ。


「偽物の鴉……なのではないのですか?」


「なんだ、知っていたか」


 髭男は諦めたかのようにそう溢した。シュウダイは問い詰めるように、倒れる彼の顔を覗き込んだ。


「なぁ、その鴉は偽物ってことであってるんだよなぁ?」


「は?」


「おれはこれでも鴉の所属でね。鴉には、人攫いは誓ってもやらないって掟があるんだ。お前さんら、一体どんな理由で鴉の偽物を語ってるわけよ?」


「んー? そうだな、お前はどう考えてるんだ?」


「それは」


 シュウダイが悩む素振りを見せたからか、すかさずユアが口を挟んだ。


「本物の鴉の評判を落とすことができます。もしそうであれば、鴉がたとえ悪事を働いていなかったとしても、悪評により鴉の居場所を奪うことができます。そして、それによって得られるメリット……それは」


 ユアが考えようとしたが、今度はギオンが横から割って入った。


「単純な話、縄張りだ。いま鴉は、関河浜の周辺にアジトを構えて行動している。それを邪魔に思うやつがいるなら、鴉を排除しようと動いても不自然ではない」


 シュウダイは話を聞いて、呆れたように首を横に振った。


「縄張り争いってか……大人しくおれたちと話し合いをすりゃいいのに。最初から対話する気もなく、一方的におれたちの悪評をばら撒くとは随分とやることが小物くさいな」


「偽物を名乗っていても賊は賊。奪うものは、力づくだろうがなんだろうが奪いにくるだろう。それこそ、信頼ですらな」


「そんなことしても無意味に感じるがね?」


 ギオンはそんなふうに肩を上げるシュウダイを睨みつけながら「ならキサマは前提として、賊に話し合いが通用するとでも思っているのか?」とわかりきった問題を提起した。


 シュウダイはニヤッと笑いながら「くくっ。当然、拒否するとも」とどこか得意げだった。


 ユアは偽物の鴉が存在することを知り、「目論見は見えませんが、偽の鴉がいるというのは間違いないようですね」とこぼした。


 髭男はもう自分たちの主人、偽の鴉について何か隠そうとする気はないのだろう、寝そべったままユアたちに問いた。


「それでどうする気だ? おまえらは」


「そうですね。教えていただけませんか? あなたたちのアジトを」


「知ってどうするんだ?」


「ある人を救い出し、その方の悩みを取り除きに行きます」


 ニコッと笑いながらユアはそう答えた。髭男は自然とその笑みにわずかに恐怖を覚えた。なぜかはわからない。


 ただ、その笑みからはなぜだか並々ならぬ自信が感じ取れた。彼女にどんな困難が待ち構えていようと、どんな手段を用いてでも必ず解決してしまいそうな気がしたのだ。


 髭男はユアの奥底に眠るどこまでも深く、底の見えない自信に対し、敗北を認めざるを得なかった。


「わかった。おれたちを雇ったやつのこと、知り得る限り教えてやる」


 髭男の唐突な心の変わりようにシュウダイは首を傾げた。


「……? 急にどうした」


「負けだよ負け。その女にはなぜか勝てる気がしねぇ。ならもうどうだっていい。敗者らしく、吐くもん吐いてやるよ」


 その言葉を聞きユアは「やった」っと両手を合わせて身体を跳ね上がらせると、前屈みになり、砂利の上で寝そべる男の顔を覗き込んだ。


「なら、早速彼らの情報を、できるだけ多く提供してくださいね♪」

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