1-4.情報収集しましょ

 お悩み解決となれば、ユアも動かなければならない。谷川の娘を救い、彼の悩みを解決するために。ユアは店を閉めると、外出用の服に着替え、店の外に出た。


 準備ができたユアは「さてっ、ではいきましょうか」と、ぱんっと両手を叩いた。いったい、どこに行くというのだろうか。ギオンは疑問を投げかけた。


「待て。どこへ行く気だ」


「聴き込みですよ。まずは情報収集からです。マモル様から、娘さんの特徴も伺ってますからね。お名前は谷川スミレさんでしたね」


 情報収集をするのは確かに重要なことだろう。だが、あまりにも体当たりすぎる手法にギオンは首を振った。


「驚いたな。まさか、オマエがここまでバカだとは」


「あら、失礼しちゃいますね。今までだって、こうして解決に導いてきているのですよ? それこそ、『ギオンさんの件』も」


「ちっ」


 ギオンは舌打ちをついた。弱みというわけでもないのだが、そこを突かれると弱いようだ。


「まぁいい。なんかあったら、オレがいる」


「えぇ。私の用心棒なのですから、期待していますよ」


「当然だ。邪魔する虫ケラはみんな黙らせてやろう」


 ギオンがゴキゴキと腕を鳴らしてユアをじろっと見下ろした。どう見ても完全にこわい人のそれだが、これほどまで頼りになる味方はそういないだろう。


「ふふっ、お願いしますね♪」




 夕暮れ時の温泉街はなかなか風情のあるもので、街はより一層賑わいを見せていた。


 ただ、行き交う人々が住民よりも、観光客の方が多いのはなんとなくわかる。ユアからすればいつも通りの街並みを皆、物珍しそうに見回しているのだから。


 ユアはそこかしこを歩き回る観光客らには目もくれず、目的の建物に向かってまっすぐ歩みを進めた。その目線の先には夕暮れ時にもかかわらず、つい目を細めてしまうほど強い反射光を放つ白色の壁をした洋風な館があった。和の雰囲気の強いこの街で、その異質な存在は一際目立っていた。


 館に到着するとユアは早速扉を開き、受付まで進んだ。ギオンがこの場所は何なのかと問おうとしたが、受付には「湯田探偵事務所」と書かれている。


 まさか、ユアはこの件を外注するつもりなのだろうか? という考えがギオンの脳裏を過ったが、以前の悩みをユア本人が解決しているのを目の当たりにしているため、おそらくそうではないだろう。


 ユアは受付人の、二十代くらいの女性に声をかけた。


「いつもお世話になっております。『お悩み相談所』の言霧ユアです」


「あら、どうもユアちゃん。はろはろ〜♪ 今日は何用かしら?」


 ユアが敬語なのに対し、女性はタメ口で親しげな感じだった。初対面でこのような態度はあり得ない。顔馴染みだということは想像するに容易い。名札を見るに、彼女の名は「美月ココロ」というようだ。


「ココロさん。本日の湯田様のご予定は?」


「湯田様でしたら、今頃部屋でゆっくりしていると思うわ。部屋まで案内するわね。っと、あら?」


 ココロは案内よりも先に、後ろに立っているギオンのことが気になったようだ。


「ところで、そちらのお連れ様は?」


 ユアが紹介をしようとしたが、ギオンは組んでいた腕を下ろし、少し間を置いて答えた。


「……四野原ギオンだ」


「あら、あなたがそうだったのね。あの時は大変だったわね」


「あぁ」


 あの時、というのはユアがギオンのお悩み解決をした時のことだ。


「あれ以来、結構警察の方も取り締まりとか色々見直しているみたいよ。もう同じことにはならないと思うわ」


「そうでないと困る。オレみたいな被害者が増えるのは勘弁願いたいものだ。今日はその話ではないんだ」


 ギオンにとってあの時の話はあまりいいものではないのと早く本題に入りたかったため話をここで切り上げた。


「そうなのね。さて、じゃ、湯田様のところまで案内するわね」


「頼む」


「よろしくお願い致します♪」


 ココロは別の人物に受付を頼むと、二人を湯田という人物の下まで案内した。




 ユアたちが案内されたのは、建物の二階にある大きな二枚扉の部屋! ではなく、その隣の少し小さめの扉の部屋だった。何のための、大きな部屋なのだろうか。食事でもするのだろうか、とギオンは要らぬことを考えていた。


 ココロは部屋の前につくと、扉をしっかりと三回ノックし、湯田を呼び出した。


 「湯田様、ユアちゃんとそのお連れ様がお目見えですよ」


 ちゃん付けなのか……。それほど親しいということだろうか? 


 扉はすぐに内側から開かれた。ギオンはどんな格好の男が出てくるのかと、あまり期待を抱かずにいたが、中から出てきたのは髪をしっかりと整えた、端正な顔立ちの男だった。


 ビシッとスーツを纏い、いかにも仕事ができそうな雰囲気が漂わせている。年齢は、おそらくまだ二十代後半くらいだろう。


 「湯田アツシ」と書かれた名札をつけた男はユアの姿を見るとだいたいのことを察したようだ。


「ユアちゃんか、こんな時間に尋ねてくるということは『お悩み解決』を承ったという認識で良いかね?」


「はい。少々大きな事件に足を踏み入れる可能性もございますが」


「なるほど。情報の提供なら任せたまえ。悩みを解決するのは、僕の仕事でもあるからね。さて、話を聞かせてくれ」


 淡々と話を進める二人に、ギオンが口を挟んだ。


「ユア、彼がオマエの話していた探偵か」


「はい。いつもお世話になっているのですよ」 


 湯田はギオンの姿をまじまじと見て、彼が誰なのかすぐに理解したようで、ふむっと頷いた。


「あなたは……あぁ、ひょっとして噂の四野原ギオンさんですか」


「ユアから何も聞かされてなかったが、あんたもあの事件に関わってたみたいだな。その節は、どうも」


 ギオンは軽く頭を下げた。湯田は遠慮がちに「大したことはしていないよ。そんなかしこまらなくても大丈夫さ」と返した。


 ギオンは頭を上げ、今度はユアの方に視線を向けた。


「その様子だと、一人で悩みを解決しているわけではないのだな」


 ユアはふふっと小さく笑い、あごに手を添えギオンに目配せした。


「流石に難しいですからね。私は相談を受ける立場であり、解決するスペシャリストではありませんから。こうして、本業の方の力をお借りしているのです」


「ユアちゃんはそう言うけど、ほとんど彼女一人で解決することも珍しくないんだ。僕らがようやく証拠を揃えた頃に、『全部解決しました』って報告しにくることもしばしばだからね」



「そんなことないですよ」と手を横に振るユアの様子を見ながらギオンは「まぁ、そうだろうな」と心の中でつぶやいた。なにせ、以前ギオンが関係していた事件はほとんどユア一人で解決されているのだから。


「さて、立ち話もなんだし、中に入って話をしよう」


 湯田は手を部屋の中へ向け、二人に部屋に入るよう促した。


「お代はいいのか?」


「それは、悩みが解決してから頂いてるんだ。彼女のお悩み解決がお高くつく理由も、そういうことがあるからさ」


「そうか」


 お代について手短に会話を終えると、ユアたちは部屋の中へ入った。


 部屋の中に入ると、湯田は二人を向かい合わせの三人掛けのソファに案内し、ココロにお茶を入れるようにと指示した。ユアとギオンがソファに座ったのを見て、自身も向かいのソファに腰をかけた。


「さて、本題に入ろう。ユアちゃん、今回のお悩みはずばりなんだね」


「誘拐された少女の行方を掴むこと、加えてその救助を」


 救助とまできたか、と湯田は少し驚いていた。


「随分と無茶なことを引き受けたね。これは、僕も本腰を入れないとな」


 湯田は言いながら、ココロの運んできたお茶を口に運び、彼女にノートとペンを手渡した。どうやら彼女は湯田の秘書らしい。


 湯田は「情報はどの程度ある?」とユアに問いた。


「そうですね。羅列しますと、『父親は仕事をしている』、『娘は一六歳で、最近になって夜の無断外出が増えている』、『帰宅時は山の方から歩いてきていた』、『今朝、警察には話すなと娘の命を脅かすような文書が父親の下に届いた』ということですね」


「なるほど。それで警察は頼れないから、ユアちゃんの下へ来たというわけだね?」


「そういうことですね。ただ、谷川さんはすでに警察に相談済みだったようでして」


「警察に相談した後にその文書が届いた、と。なるほど、警察が捜索を始めたらそれこそ娘さんの命が危ないわけだ」


「ですので、私の方で先手を打ってしまおうかと」


 二人の会話を黙って聞いていたギオンは湯呑みを机に静かに置いてから言葉を発した。


「ユア、大事な情報が抜けている」


「あら? そうでしたか?」


「鴉だ」


 ユアは「そういえば、そんなこと言ってましたね」と、はっとした表情を浮かべていた。


「カラス……なるほど、『鴉』か。ココロ、先月の事件簿を頼む」


「はい」


 湯田もその「鴉」について心当たりがあるらしく、ココロに事件簿を探すようお願いした。


 ユアはさっきからギオンが口にする「鴉」というワードにいまいちピンときていないようだ。先ほどから頭の上に「?」を浮かべている。


「ところで、ギオンさんが先ほどから口にしているその『鴉』って何なのですか?」


「鴉ってのは」


 ギオンが説明しようとしたが、湯田が口を挟んだ。


「それについては僕から話そう。『鴉』はここ最近山林を拠点に動き回っている賊の名前だよ」


「ギオンさんはなぜそれをご存知で?」


「オレも、奴らから襲撃されたからな」


 ユアは初耳のようで、意外そうな表情を浮かべた。


「そうだったんですか?」


「わかってるとは思うがオレは冒険家だ。外の情報くらい持っている。鴉は元々外からやってきている。この街にはいないと思っていたのだが」


「となると、相手の規模は相当大きいと?」


「さぁな。得体も知れない奴らだからな。本来であれば、関わりを持とうなんて考えないだろう」


 二人が話していると、ココロが分厚いファイルを脇に抱えて戻ってきた。側面にはわかりやすく年月が記載されている。


「ありましたよ湯田様。このページです」


「うん、ありがとうココロ。さて、先月のこの事件なのだがね、同様の手段で誘拐事件が発生しているんだ。誘拐された被害者の宅に、脅迫の文があるところまでそっくりだ」


「その事件は解決したのか?」


「なんとかね。でも、あまり無茶なことはしていないし、証拠を提示したら案外あっさり解放されたよ。今回もそうだといいんだけど」


「ふんっ、簡単な話し合いによる解決が一番だ」


 ギオンの意見に同意の湯田はうんうんと頷き、話を戻した。


「しかし、相手が鴉となると、そのお父さんも監視されていたかもしれないな。なにか、怪しい人影などは見なかったかい?」


「わたしは特には」


「オレも警戒していたが、幸いにも見られている様子はなかった」


「それならいいんだけどね」


「ギオンさんが『鴉かも』って言って、すぐにその場を解散しましたから。ひょっとしたら、そのおかげかもしれないですね」


「警戒するに越したことはないぞ、ユア」


「そうだね。流石にここまでは追ってきていないだろうけど、依頼人に何かしらの被害が生じる可能性は否定できない」


「やはり、急いだほうが良さそうですね」


 ユアは言いながら、出されたお茶を飲み干した。湯田は何か察したのか、チラッとユアに目線を向けた。


「まさかと思うけど、このまま強硬突破しようなんて考えていないかい、ユアちゃん?」


「んん?」


 ユアはぎくっとした表情のまま天井に視線を向け、明らかに誤魔化し始めた。ギオンはユアの無鉄砲な考えに呆れ「バカな考えはよせ」とため息混じりで彼女に警告した。


 ユアに殴り込みに行かれると後々街にどのような影響を及ぼすか分かったもんでもない、と考えた湯田はファイルを眺めながら口を開いた。


「ともかく、こちらでも調査を進めておくよ、ユアちゃん。相手が本当に『鴉』なんだとしたら、闇雲に行動しない方がいいかもしれないからね」


「と言いますと?」


 キョトンとした顔で首を傾げるどこまでも呑気で可愛げな少女ユアにイラッとしたギオンは彼女の両頬を右手で鷲掴み、「ぶうっ」と可愛い顔がなかなか台無しになったユアの顔をそのままくるっとこちらに向けさせた。


「オマエが余計なことをして物事を悪化させる前に湯田が出掛りを掴むと言っているんだ」


「な、なるほほ」


 ここまでされてようやくユアは自身の行動した後のことを理解したらしい。ギオンは「ふんっ」とやや粗暴にユアから手を離した。


 少し痛かったのか、ユアは俯きながら両頬をすりすりと摩った。


 まるで漫才のようなやり取りにココロがふふっと笑っていながら「いいコンビですね」と一言添えた。


 湯田は再びファイルに目を落とし、少し間を空けてから口を開いた。


「そうだね、少し時間が欲しい。ユアちゃん、二日後にもう一度来てくれないかい?」


「一刻も早く解決したいのですが」


「急ぐ気持ちもわかるが、情報を集めてから確実に行動した方がいい。君の腕は信頼に値するけど、無鉄砲に突っ込むのは賢明な判断とは言えないかな。普段のお悩みならともかく、でかい組織が絡んでいる可能性があるのなら、尚更ね」


「そう、ですか」


 話はここで一区切り……のつもりだったが、ユアは引っかかっていたことを湯田に伝えた。


「そうだ、その谷川さんについてなのですが」


「ふむ」


「彼、なにか隠し事をしているのではないかと」


「つまり?」


「鴉の名前が出た時、明らかに驚いていました。鴉は最近外から来たばかりで、私も先ほどギオンさんに言われるまで存在を知りませんでしたから。谷川さん、ひょっとして以前に鴉と何か繋がりがあったのではないでしょうか」


 深読みしすぎではないだろうか、そう思ったギオンは反論した。


「谷川はたまたま知っていただけなのではないか? 鴉は外では有名な賊だ。知っていても不思議ではない」


「そうでしょうか?」


 湯田は目の前の資料をめくりながら、「ま、それも込みである程度こちらで調べておくよ。二人は、待機していてもらえるかな? 時間が欲しい」と伝えた。


 ユアはそれを承諾し、「わかりました。では、また改めて伺いますね♪」とギオンと二人で部屋をあとにした。

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