1-3.それは、私も心配です
満腹になるまで昼食をとったユアは、少し苦しそうに胃の部分を手でさすりながら店へと戻った。ギオンも相当食べたはずだが、「まだ食べれます」みたいな涼しい顔をしている。やや少食気味のユアにとっては何とも羨ましい。
ちなみに店で食べたタレカツ丼の味については、彼女が今まで食べてきた美味しいものランキングで栄えある第一位を獲得することとなった。
ユアは店に戻るとシャッターを開けて、営業を再開した。ギオンは基本的にユアから少し離れた壁の近くに椅子を置き、そこに両手を組んでどっしりと構えている。相手に威圧感を与えるには十分なインパクトである。逆にインパクトがありすぎて周囲の空間がビリビリと軽く振動しているかのようにすら感じてしまう。
「あ、あの、ギオンさん。もう少し、その、覇気をしまってもらえます?」
「なんの話だ?」
ギオンがじろりとユアの方に視線を向けたるとかえって覇気が強まってしまった。これではお客様も寄り付きにくくなることだろう……
先日お悩み相談していた時、あまりにも態度が悪い客がユアに突っかかってきたため、危険を察したギオンが「貴様はもう黙れ!!」と客の胸ぐらを掴んで怒鳴ったことがあった。ユアとしては助かったのだが、ギオンにビビって他の客が遠のく可能性も否定できなかった。
午前とは打って変わって午後はそれなりに客足が増え、休憩する間もなく時間が過ぎていった。
気付くと時刻は閉店間際の十七時近くになっていた。ユアは「さて」と閉店業務に入ろうとしたが、その矢先店の前に人が立った。時間的にも、今日はこの人が最後になりそうだ。ユアは閉店業務の手を止め、カウンターの席に着いた。
「なにか、お悩みですか?」
ユアはニコッと微笑みながら、店の前に立つ男性に話しかけた。見た感じ、四十代くらいだろうか。少し自信のなさそうな表情を浮かべているが、いかにも仕事ができる男といった印象があった。男性は「えっ」と声を漏らした。ユアは困惑する男性に、店の前の席を手のひらで指し示し、そこに座るよう促した。
「相談だけなら、無料ですから」
「は、はぁ……」
男性は席に着くと、覚悟を決めたかのようにふうっと息を吐くと、ぽつりと言葉を発した。
「その、悩みなんですが」
「はい」
「娘が、昨日の夜から帰ってこないんです」
「あら」
これはまた大きな悩みがきましたね、とユアは顎に手を添えた。それと同時に、本来であれば警察などの然るべき場所に相談するべきことなのでは? とも思った。
しかし、相談に乗るのが、彼女の仕事だ。「警察に言えばいい」などという浅はかな考えは一度脳内のゴミ箱に放り捨て、目の前の悩みにあらためて向き合った。
「昨日の夜から、なのですね?」
「はい……」
ここでユアは「この方の相談を受けるならば、一応警察に話をしたかだけでも確認しておいた方がいいのでは?」と考え、先ほど脳内のゴミ箱へ投げ捨てた思考を回収し、質問した。
「警察には?」
「昨日話しました。ですが……」
男が言い淀んだことで、ユアはギオンのお悩み解決の時のことを思い返した。あの時の警察の対応は本当にひどく、ほとんどギオンの性格や容姿、状況証拠のみで彼を犯人扱いしていたからだ。
正直なところ、ユアは警察をあまり信用していない。故に、すこし意地悪な質問をしてみた。
「相手にされませんでしたか?」
「そんなことはありません。真摯に対応していただけました」
意外な返答だった。もしかすると、あの一件で警察も対応を変えたのだろうか。
「であれば、あとは待つだけなのでは?」
「そう思ってましたが、今朝」
男性はそう言い、カバンの中から一つのブローチと、くしゃくしゃの紙を渡してきた。ユアはこれだけで大体のことを理解した、目を閉じて男性に確認した。
「娘さんは誘拐した。警察には話すな、ということですね?」
男はハッとした表情を浮かべた。どうやら正解のようだ。
「はい……」
ユアはその男からブローチと紙を拝借した。紙には乱暴な字で「警察にいったら娘の命はない」という脅迫文が書かれていた。ユアは目線を再び男の方へ向けた。
「なにか、思い当たることはございますか?」
「……正直なところ、ありません。あまりにも、唐突で」
男は一度ユアから視線を外し、意味深に間を置いた。何かを誤魔化そうとしている? きっと、何か事情があるはずだ。もしくは、なにか心当たりでも……
今までもさまざまなお悩み相談を受けてきた彼女だが、人が誘拐されたというケースは初めてだった。誰が、何のために、どこへ娘を連れ去ったのか? とにかく、この男性の知っている限りの情報を引き出すしかなかった。
「ところで、娘さんはおいくつですか? 普段は何を?」
「娘はまだ十六です。一応学校には通ってるのですが、この頃何も言わずに夜中出掛けることが多くなって」
どうやら素行があまり良くないタイプの、いわゆる不良少女というやつなのだろうか。この男性のイメージからは想像し難かった。その上、親にどこへ行くかも言わずに外出を繰り返しているとなれば、その行方が分かるはずもない。だが、夜に出かけるとなれば、良くないことをしている可能性は高いだろう。できればそうでないと願いたいが……
「なるほど。どこへ行っているかもわからないと。心当たりもございませんか?」
男性は少し考えると、思い出したようだ。
「一度だけ、帰宅を出迎えたことがありました。あの様子だと、山の中に入っていったのではないかと」
山の中、と聞いたギオンがここでついに口を開いた。
「鴉だ」
「えっ? あ、いや、それは」
男が何かを言おうとしたが、ギオンは食い気味に言葉を続けた。
「今日はもう帰ったほうがいい。奴らだとしたら、オレたちの会話も聴かれている可能性が高い」
「ギオンさん?」
「……」
ギオンの表情は相変わらず険しい表情を浮かべているが、いまの態度からユアは大抵のことを理解した。この話を聞いている時点で、自分たちも娘を攫った組織と無関係ではいられないということを。
ユアは一度を目閉じ、短く息を吐き、台帳のようなものを開き、ペンをくるりと左手で回すと男性に問いた。
「お名前、よろしいでしょうか?」
「え? あっ、『谷川マモル』です」
タニカワ マモルっと、と小さく復唱しながらユアは台帳に日付と名前、相談内容を簡潔に書き込んだ。
「マモル様ですね。大変申し訳ないのですが、『お悩み相談』はここまでです」
「えっ? そ、それは」
「ここからは……少しお高くつきますよ?」
「ど、どういうことですか? 悩み相談は無料って……ひょっとして?」
見るからに驚いている谷川に対し、ユアは最初に見せたような笑顔を浮かべていた。
「はい。ですので、ここからは有料となります。この件は、『お悩み相談』ではなく、『お悩み解決』として、取り扱わせていただきますね♪」
谷川は「お悩み解決」という言葉を聞いた途端、一切の希望を宿していなかった目を輝かせた。この様子だと、ユアのお悩み相談所についてある程度知った上で訪れているようだった。当然、その評判も。
「娘が助かるのであれば、お金ならいくらでも!」
谷川はユアの小さな手を握り、懇願した。
「ふふっ、では契約成立ですね。お約束いたします。必ず娘さんを連れて帰ってきますね♪」
ユアは当然それを承諾。お代は頭金を少しいただく形で、解決したら残りを要求するということで契約は成立した。
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