1-5.接触! 謎のフード男!
鴉の情報については湯田たちに任せ、ユアとギオンは帰路についていた。情報が入り次第すぐに動けるようにと考えたユアは、普段宿屋に泊まっているギオンに自宅に泊まるよう提案した。のだが、
「断る」
「何故です? 宿代だって、お安くはないのでしょう?」
「オレがいるおかげで輩が寄ってこなくなって助かってると、無償で泊めさせてもらってる」
「意外なところでもギオンさんは頼りにされているのですね」
「治安が悪いことの方に関心は向くがな」
「では今日もその宿に?」
「そうだな。オマエの厚意はありがたいが、オレが宿に泊まるおかげで助かってる人がいるのも事実だ。だから今回は断らせてもらう」
「うーん、しかしギオンさんがいないと私勝手に『鴉』のアジトに行ってしまうかもしれませんよ?」
なんとかしてギオンに引き止まってほしかったユアは少し卑怯な言い回しをしたが、ギオンには通じなかった。
「それなら勝手にしろ。オレが助けられるのはオレの手の届く範囲だけだ」
「それは困ります」
「諦めて湯田の調査を待て」
「仕方ありませんね」
ユアは眉を曲げ、ガクッと肩を落とした。
「ここで曲がる。また明日」
「はい、おやすみなさい」
ギオンは宿のある道へと進み、ユアはゆっくり自宅へ向かった。
ユアは人の姿がすっかりなくなり、綺麗な虫の鳴き声と風に揺られた草木の音に包まれた夜の街を歩き、自宅に到着した。
そこで、問題は起こった。お悩み相談所のシャッターの前で、黒茶色のローブに身を包んだ怪しい人物が佇んでいた。背丈や骨格から男性であるということはすぐに分かった。
これでは店に入れない、ユアは躊躇せず男に声をかけた。
「何か御用ですか?」
「……」
「もし?」
「鴉」
男はポツリとそう呟き、身体をこちらに向けた。
「……?」
「追っているのはあんただな?」
男はフードの中から、か細く、鋭い視線を向けてきた。流石のユアもこれはやばいと思った。ので、シラを切ることにした。
「はて、なんのことでしょうか」
しかし、ユアの目線は明後日の方向を向いていた! これは、嘘をついている目だ!! 男は確信した!
「おいおいおいおい、すっとぼけてるんじゃあねぇ。あの男がここに来ていることは知っているんだぞ」
「あの男? ギオンさんのことですか?」
「どこまでシラを切るつもりだ? 悪いけどこっちも急いでるんだ。場合によっては手をかけることになるぞ」
「あら」
どうやら命までも危険に晒されているらしい。というのにもかかわらず、ユアはそこまで驚いていなかった。なんとなく、彼が今思いついた出鱈目なんじゃないかと思ったからだ。
ユアには、男が何か焦っているように見えた。ゆえに、見え見えの嘘をついているのだと確信していた。
「それは困りましたね。この悩みを取り除かなければ、谷川さんの娘さんを救い出せそうにないですね」
「やはり谷川を知っていたか。その男をおれたちは追っている」
「なぜですか? 納得できる理由をお聞かせください」
「借金だ。これだけで理由は十分だろ? 途中まではちゃんと返していたんだけどよぉ〜? ある日突然、おれたちから逃げるように住居を転々とし始めたんだ。あいつはそんな約束を反故にする不義理なやつではないと思ってたんだが」
話が少し長くなりそうだ。時間も時間なので、なるべく早く済ませてほしい、とユアは一人で眠気と戦い始めた。
この男がもし「鴉」の一員なのであれば、しっかり話を聞いて情報を得たいところではある。ユアは頑張って欠伸を我慢し、男の話に耳を傾けた。
「それでだ。最近になってこの辺りに越してきたのだって知っているぞ。ていうか、そんだけ引っ越す金があるならこっちに返せっつぅ話なんだよなぁ〜」
「なるほど。しかし、借金のためとはいえ、娘さんを誘拐するのはどうかと」
ユアがそう言うと、男の眉間がピクッと動いた。そして、驚くべき言葉を発した。
「え、な、なんだって?」
「え?」
「娘? 誘拐? なんの話だ」
「言葉を返すようですが、そちらこそすっとぼけてるのですか?」
いや、きっとすっとぼけているのではないのだろうが、ユアは一応そう言ってみた。
「いや待て、おれはそんなこと聞いていないぞ。親分からは、あくまであの男の借金の取り立てとしか」
「あらま」
娘を誘拐したことをこの男は知らないという。ユアはそのことについて質問したかったが、そうもいかないようだ。男の話すターンが続く。
「ま、まぁそれはそれとしてだ。お前は谷川のことをどこまで知っている」
「お名前くらいしか……はっ、住所を聞き忘れていたことを思い出しました。今度店にいらした時に確認しませんと」
ここで男は欲しい情報をユアが持っていないと悟り、諦めてその場を去ろうとした。
「あてが外れたか……もういい、お前さんに用はない。手間を取らせたな」
ローブを羽織った男は踵を返すようにユアに背を向け、ユアがきた道とは反対方向の、山へと続く道を歩み始めようとした。が、ユアの疑問はまだ解決していない。
「お待ちになってくださいまし? まだ、こちらが聞きたいことが聞けていませんが」
「なんだよ」
「娘さんを誘拐していないかどうかです」
ユアは強気だった。ここで手掛かりを掴めるのであれば、掴んでおきたい。物事を解決するためにも、知れることは知っておきたいのだ。
男は呆れたようにため息をつき、口を曲げた。
「知らないと言ったら知らん。谷川が出鱈目を言ってるんじゃあねぇか」
「そうでしょうか。あの方の言葉には重みがありましたし、誘拐されたのは事実かと」
「だとしたら、それもあてが外れてるな。おれたち『鴉』は人攫いなんてしねぇ」
「あら? 先月にも『鴉』が人攫いをしていたそうですが、ご存知でないのですか?」
「はぁっ!? なんだって!?」
聞いた瞬間、男は細い目をカッ開き、ユアに近づき、左手をドンッと壁に打ちつけ、彼女を壁に追い込んだ! ユアは彼のその表情と行動から、衝撃と焦りを感じた。
ユアはなんとか逃げられないか、と視線を右、左と交互に向け状況を確認した。うん、その気になれば、逃げられそうだ。彼女はそう確信したのか、取り乱すことはなかった。男はそのことに気づくこともなく、話を続けた。
「その話、どこで聞いた!? 本当のことなのか!!」
「それはお答えしかねます。情報をくださった方にもご迷惑をおかけしてしまいますので」
「いいや答えてもらうぞ。おれたち『鴉』は確かに賊だが、人を攫うような真似だけは絶対にしない」
「ふふっ、賊の言葉を信じろと?」
「話すんだ。痛い目見たくなければな」
言うと男は懐から短剣を取り出した。形状的に本来は投げて使うものだろう。となれば、複数持ち合わせがあるはずだ。
男は瞬間「しまった」という表情をチラつかせた。衝動的に先に体が動いてしまったのか、後先考えずによくない状況を作り上げてしまった不安や焦燥からか、刃物を握る手が震えている。
ユアはそんなブレブレの刃先を喉元に突き立てられている状況だが、決して臆さず、屈することはなかった。
「丁重にお断りさせていただきます」
「なっ!?」
「それと、夜間は周囲を警戒した方が身のためですよ♪」
男はユアに夢中で気づいていなかった。そして、ユアは気付いていた。さっき視線を左に向けた時に、頼りになるあの男がこちらに向かって歩み始めていたことを。
頼りになるあの男、四野原ギオンは徐々に歩を早め、ダンッ! と力強く地面を蹴飛ばし、凄まじい速度で男との距離を詰めた! ギオンは、この男を殴り飛ばす気だ!
男は、ギオンの右の拳が自身の頬の横に迫ったところでようやく事態を把握した。
「はっ!?」
男はギオンの全力の一撃を避ける間などなかった。彼はギオンの右の拳がメリメリと頬にめり込んでいくのをゆっくりと感じた後、バギィッッ!! という骨にヒビでも入ったのではないかというほどの鈍い音と共にぶっ飛んだ!
「おぉー」
ユアは呑気な笑みを浮かべながらパチパチと拍手を送った。が、ギオンは純粋な少年少女ならチビってしまいそうな怖い顔でユアを睨め付け、左手を開くと、ぐわしっと彼女の頬を握りつぶした。不意をつかれたユアは「ぶぅっ」と可愛げのない声を出してギオンを見上げた。
ギオンは頬を潰され、せっかくの端正な顔つきが台無しになったユアの顔を覗き込みながら凄んだ。
「バカな真似をするな」
「こ、これにはわけが」
ギオンはふんっとユアを横に放ると、地面に横たわる男のローブの裾を掴み、乱暴に持ち上げた。
「ユアに手を出したな」
「ま、待て。敵対の意思はない!」
「話は聞いていた。それに、痛い目に合わせるとも」
「あくまで脅しだ!」
「では今の態度はなんだ!! 彼女にナイフを突き立てていただろう!!」
「それもただの脅しだって! おれも、谷川の情報を得るので必死なんだ!」
「ふざけるな! 彼の娘を誘拐したんだろうっ!!」
「そんなこと断じてしてない! お前らこそ、そうやっておれたち『鴉』のことを悪者にしようとしてるいるじゃあねぇか! 最近になってなんだかよくわからん悪評が出回って行動はしにくいしよぉ!!」
「では先月の事件はなんだ!!」
ユアはこのままでは埒が開かないと感じ、二人の間に入った。
「ギオンさん。私は大丈夫ですので、一度落ち着いてお話を」
「……ちぃっ」
ギオンは怪訝な表情を浮かべながらもユアに従い、男から手を離した。
男は乱れた服を直し、ギオンのことを警戒しつつ話を続けた。
「とにかくだ、鴉は人を誘拐するような真似はしない。そんなことがあったんだとしたら、親分が黙っているはずがない」
「そんなに、親玉がこわいか」
「当たり前だ。おれのような行く宛も身寄りもないどうしようもないクズを、あの人は嫌な顔一つせず受け入れてくれた。そんな器の広いあの人のことを裏切る行為がどれほど恐ろしいことか」
この男の発言からするに、恐ろしいというのはどうやらその親玉の性格などではなく、その人の期待を裏切ることのようだ。
「ギオンさん。この人にも、そして『鴉』にも事情があるようです」
「知ったことではない」
ギオンからすれば鴉は紛れもない悪の組織なのだろう。だが、ユアはそうは考えていなかった。
「ギオンさん。あなたの言うように、わたしのお悩み解決は体当たりかもしれません。ですが、手順や順序を誤るような真似はしません。もしここで『鴉』と敵対して、得られたはずの情報を得られず、結果として谷川さんのお悩みを取り除けなければ意味がなくなってしまいます」
ユアの目的はあくまで「谷川の娘を救出することで彼の悩みを解決すること」であり、「鴉との敵対」は彼女からすれば避けたいところではある。
むしろ、鴉の情報を持っているであろうこの男をここで手放すわけにはいかない。彼女はここでチャンスを逃すほど愚かではなかった。
「こうして、あちらの方から情報源が向かってきてくれたのであれば、むしろこれは好都合ですよ」
ユアは言いながら、男の前に立った。
「谷川さんが借金をしているというのは理解致しました。しかし、娘さんが何者かに誘拐されて今はおそらくそれどころではないかと思われます。今彼を捕らえたとて、問題はおそらく解決しませんよ」
「谷川の言ってることが本当なら、それはそうかもしれないが」
「一度状況を整理しましょう。あなたは借金返済催促のため、谷川さんの足取りを辿って私たちと接触した。それは合っていますか?」
「あぁ」
「私たちは、谷川さんの娘さんが『鴉』に誘拐されたと思ってその情報を追っていました。これは事実です。ですが、あなた方は人攫いはしていないと」
「そうだと言っている」
「なるほど……ギオンさん、この方の話が本当だったと仮定した場合なんですが、ひょっとして、以前あなたを襲ったのは『鴉』を名乗る別の存在だったと考えられませんか?」
「なんだと?」
「あんたらを襲っておいてなんだが、おれもそんな気がしている。確かに金品を奪うようなことはしているが、あくまでそれも不正を働いた政治家だとか、裏金で稼いでいる富豪もどきだとかそんなろくでなしばかりだ。一般人には基本的に手を上げたりはしない」
「……さっきユアに手を上げたのは事実だが?」
ギオンに痛いところを突かれてしまった男は「うぐっ」と小さく呻き、謝罪した。
「そ、それは悪かった。本当にすまなかった。返す言葉もない」
「ふんっ、次から気をつけろ。打ちどころが悪かったら死んでたところだ」
男も冷静になり、随分反省しているようだ。ギオンから見ても、先ほどまでの殺気立った雰囲気は陰を潜めていた。
「あぁ、ケジメとしてちゃんと親分にも話すよ。このことは」
「そうするといい」
「あの、もし他に『鴉』を名乗って人攫いを働いている者がいるのであれば、それを一緒に辿りませんか?」
「ユア、なにバカなことを言っている」
「いえ。原因から取り除いてしまえば、谷川さんの娘さんも返ってきますし、いまこの方を悩ませている借金問題もなんとかなるかと」
ギオンは頭を抱え、ため息をついている。ユアの考えを今から捻じ曲げるのは諦めたようだ。
「何を言い出すかと思えば……欲張りなやつだ」
「協力してくれます? ギオンさん」
この小娘、思ったよりも大胆なことを考えるが、文字通り解決してしまいそうだ。ギオンはそう思うと、自然と口角が上がった。これから起こることが、楽しみになってきていた。
「断れはしない。やれるだけはする。おい、そこのオマエ。オマエも協力しろ、潔白を示したいのであればな」
「わ、わかった。でもその前に親分に話だけさせてくれ。無断で動けはしないからよ」
「であれば、決まりですね。あのお名前は?」
「手綱だ。手綱シュウダイ」
シュウダイと名乗った男は土埃を被ったローブを脱ぎ、右手で乱れた黒髪を整えた。年齢はまだ二十代前半だろう。肌の手入れがしっかりされている。どこか人を魅了し虜にしてしまいそうな細い目、怪しげな顔つきはなかなかにハンサムであった。
「手綱さんですね。でしたら、明日の午後お店でお待ちしておりますので、いらしてくださいね」
「あぁ、よろしく頼む」
シュウダイと別れてから、ギオンは腕を組みながら、どこかウキウキした様子のユアに質問を投げかけた。
「湯田にはどう説明する」
「とりあえず、話さないでおこうかと」
「なぜだ?」
「下手に動いて、湯田さまたちまで狙われでもしたら大変ですから」
「かえって心配をかけさせるんじゃないか」
「大丈夫ですよ。二日以内に終わらせれば、済む話ですから♪」
この発言を耳にし、ギオンは湯田の言っていたことを思い出した。「一人で解決することも珍しくない」。確かに、このバカ娘ならやりかねないと確信したのだった。
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