汚悩美相談少女
湯美山 星彩
1-1.汚悩美相談少女 参上
「何かお困りですか?」
「どんな相談ごとですか?」
「いいですよ。汚いお悩みでも、美しいお悩みでも、相談するのは無料ですから♪」
ただ人の相談に乗る。
その悩みがどれだけ薄汚いものであろうと、最後には誰しもが目を輝かせるような美しい結末に導く。その趣味だけに生きる少女はいつしか、「汚悩美相談少女」と呼ばれるようになった。
彼女の下には、毎日朝から晩まで客人が相談に訪れる。
「失くしものがどこにあるかわからなくなったから一緒に考えてほしい」
「最近、彼女が冷たいから浮気されているかもしれない。どうしよう」
「仕事をしたくないけど、収入がないと生きていけない! どうすればぁっ!?」
「小鬼がまた悪さをしだした。以前のように、協力してくれないか?」
自分でどうにかしろ! と誰かに言われそうなことであっても、少女はそれらの悩みを笑顔で受け止め、助言する。
「失せものであれば、その日の行動を振り返ってみてはどうでしょう?」
「思い切って、彼女に聞いてみるのも手だと思いますよ。リスクを恐れるのであれば、彼女と同程度に信頼のおける人物を介してみるのも良いでしょう」
「好きなことはありますか? 趣味でも構いません。でしたら、それで稼げるよう試行錯誤するのはいかがでしょうか? 修羅の道になるかもしれませんけど。ふふっ」
「謹んで、お断りいたします。私は魔物退治の専門家ではありませんから」
こうして、彼女の一日は相談まみれで夜を迎える。
彼女の住むここは温泉街で有名な「濱河関」。山々に囲まれ、外界とのつながりを絶っているかのような独特な雰囲気を放つこの小さな集落で人々は生活を送っている。
春には桜が咲き誇り、夏場は忙しなく蝉が鳴き続ける。秋には麗らかな紅葉が街を彩り、冬には温泉から上がる湯気と、ひっきりなしにしんしんと振り続ける雪で街は白一色に染まる。自然と共存するかのように、渓谷の形を崩さぬまま聳え立つ幻想的な街並みは観光名所として名を馳せ、世界各地から訪れる観光客は絶えることを知らない。
そんな街の中にお悩み相談所を構える少女の名は「言霧ユア」。艶やかで綺麗な長いサラサラした黒髪が特徴であり、小柄な体型に反し、大人びた色気を感じさせる淡麗な顔つきをしている。
お悩み相談所は自宅の裏口を改造し、カウンター形式の相談窓口にして仕事をしている。
この相談所はほとんど彼女の趣味の範疇であり、彼女が店のシャッターを閉めれば即閉店。面倒な制約もなければ精算業務をする必要もない。必要なのは、どんな相談に乗り、それに対してどのような返答をしたのかという記録のみである。この記録に特に深い理由はない。彼女にとっては日記のようなものだ。
「ふぅ、こんなところでしょうか」
この日一日分の記録をまとめた書類を紐で綴り、机上のラックに収めると、ユアは服を着替えることもなく、自室のベッドに飛び込んだ。
「はぁ〜、今日もたくさん相談に乗ったわ」
このまま寝てしまいそうだったが、まだ夕食を摂っていない上に化粧も落とさず風呂にも入っていない。付け加えれば歯磨きもしていない。渋々ベッドの誘惑から抜け出したユアは目を擦り、欠伸をしながら部屋を後にした。
リビングに着くと、長身の女性が食卓に夕飯を並べている最中だった。
「あら、あのまま眠ると思ったのだけれど」
彼女の名は「言霧マナ」。年の離れたユアの姉である。肩にかかる程度の長さで整えられた髪の毛、大人びた色気のある顔つき、長身な上にスタイルも良い。まさしく「大人の女性」といったオーラを纏っており、妹であるユアは彼女のことを心の底から慕っている。
ベッドで横になったせいで少し頭がぼーっとしているユアだが、マナと共に食事の準備を進め、席に着いた。眠そうな彼女の様子を見て、マナはふふっと微笑んでいる。
「今日は随分と大変だったみたいね?」
「正直、やりがいはあまりなかったわ。お客様には申し訳ないのだけれど、もう少し大きな相談を持ち込んでほしいものですね」
「でも、それがあなたの仕事でしょ?」
「たとえ仕事でも、少しは贅沢を言っても構わないでしょう?」
「一個人の意見としてはね。さて、いただきましょう」
マナは言いながら手を合わせ、ユアも手を合わせたのを見て食事を始めた。
彼女たちは二人で生活を送っている。両親は不慮の事故ですでに亡くなっている。幸いお金に困ることはなかったものの、両親がいないこの環境に、ユアは少なからず寂しさを感じていた。そのこともあり、ユアはマナに対してとても強い家族愛を抱えている。そして、それはマナも同じであった。
「ユア、ほおに付いてるわよ」
「え?」
マナはふふっと笑いながら、ユアのほっぺに人差し指をぷにっと押し当て、付いていたソースを拭き取った。ユアは少し照れながら左の頬に手を添えた。
「気付かなかったわ」
「疲れているみたいね。ゆっくり休みなさい」
「当然、そうさせてもらうわ。明日は休みにしようかしら」
「サボりはダメよ」
「有給は働く者に与えられる自由ですよ?」
「ほとんど趣味の店なんだから、どこからも給料は発生しないわよ」
「それもそうね。明日こそ、大きめな相談が欲しいところだわ」
大きめの相談。その言葉が意味するのはつまり、「言霧ユアが手を借し、何かしらの事柄を解決する」ということだ。このことをユアは「お悩み解決」と呼び、有料で承っている。そう、彼女にとって数少ない収入源なのだ。
ただ、この「お悩み解決」に対し、マナは浮かない表情をしていた。
「お悩み解決、正直あまり行ってほしくないわ」
「あら、なぜかしら?」
「危なかっしいのだもの。あなた、割と後先考えずに体当たりで解決するタチじゃない」
「手っ取り早くてオススメですよ♪」
マナが心配しているのはユアの身体のことなのだが、どうやら伝わっていないようだ。
「ケガでもしたらどうするの」
「しませんよ。しそうになったら、奥の手もありますから♪」
ユアは得意げに片目を瞑っている。いつもそうだ。彼女はまるで自分がカンペキな人物だと思っている節がある。正直、隣に誰かがいてあげないといけないタイプの性格なのだ。
「まぁ、本当にケガにだけは気をつけてね。あたし、明日から仕事でしばらく家を空けるから」
「あら、そうなの? 困ったわ。朝起きれるかしら」
「いい加減一人で起きなさい」
食後は三〇分ほど談笑をし、一人ずつ風呂に入り、その後それぞれ自室で寝床につくのが日課になっている。しかし、この日はマナも仕事が入っていたため、ユアが眠りについた頃、マナは外へと駆り出した。
マナはすっかり暗くなった街道を歩む。街灯はあるものの、路地裏はすっかり闇に飲み込まれ、誰も足を踏み入れようとは思わない。
街そのものが眠りについたような静寂の中、聞こえてくるのは酔い潰れたみっともない人のうめき声くらいのものだ。
「さて、今回のお仕事は……」
彼女は小さく畳まれてかなりシワが入っている依頼書を胸ポケットから取り出し、仕事内容を確認し始めた。
そう、彼女もまた、人の悩みを解く仕事をしているのだ。
「人身売買の潜入捜査……? はぁ、物騒な案件つかまされたわね。どうか、ユアが首を突っ込まなければいいのだけれど」
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