2-3.お待ちなさーい!!

 現在時刻は朝九時。集合時間は朝の七時、ユアは寝坊していた! にもかかわらず、この小娘は何食わぬ顔で二人の前に姿を現した。


「おはようございます。ギオンさん、シュウダイさん。ん? なんですかギオンさぁあだだだだだだっ!」


 ギオンは目をぎらつかせながら、話してる最中のユアの頬をだいぶ強めにつねった。


「昨日に続いて、二時間の遅刻だバカ娘」


「す、すみまへん! 面白いドラマが一挙放送されてまして!」


 理由もしょうもなかった。ギオンはひょいっとユアを片腕で持ち上げるとバシンッ!

と尻を叩き始めた! PTAが見たら激怒間違いなしのヤバい絵面である!


「痛いっ、痛いですギオンさん! 私のお尻はあまり大きくないので! あいたぁっ! ギオンさんのその大きな手で、そんな叩かれたら全体が赤くなってしまいます!!」


「黙れ」


 ユアの必死の懇願も、二度の遅刻の前ではまるで効力を持たず、ギオンのおしりぺんぺんの刑は続行された。観念したのか、途中からユアもユアでこの罰を受け入れ、抵抗しなくなっていた。むしろ、「あっ、違いますギオンさん! もう少し左側を叩いてください! そうすれば多分全部赤くなります!」と謎のアドバイスまで飛ぶ始末だった。


 見ていられない状況にシュウダイは頭を抱えながらギオンを止めた。


「ギオンの旦那、も、もういいんじゃあねぇか?」


「……ふんっ」


 ギオンはシュウダイに止められたことでようやく冷静になり、抱えていたユアを下ろした。


 ユアはひりつく小さなお尻をさすりながら前屈みになっていた。途中ノリノリであったが、終わってみると思ったよりずっと痛かったらしい。


「で、では行きましょうか?」


 なんとか主導権を握ろうとしているユアだが、痛みに耐えようと目を細め、前屈みで尻をさする少女の後ろ姿にその威厳は微塵も感じられなかった。


 シュウダイは苦笑いを浮かべながら、腕にとまっているカラスに何かの仕草を見せた。これが合図なのだろう。カラスは「カァッ」と短く鳴き、ユアたちから見える位置の建物まで飛び立った。


 ユアたちがカラスのあとを追い、近くまで来ると先ほどのように再び鳴き、こんどは別の建物の横にあるゴミ箱の上に飛び乗った。


「これで、上原ユウトのいた場所まで案内してもらえる」


「ほぉ、よくお世話されてますね」


「言っちまえば親分の友だちみたいなもんだからな。ある程度は言うことを聞いてくれるさ」


 追跡をするというだけでも恐ろしいというのに、ある程度対話が可能というのも驚きだ。と、ギオンは静かに話を聞いていたが、先日お悩み相談所の前にシュウダイが待ち伏せしていた時のことを思い出した。


「谷川を追跡し、お悩み相談所までオマエを導いたのもこのカラスか」


「この子ではないがね。追跡方法は同じだ」


「なるほどな。こんな能力を持っているような賊を相手にするとは、バカなやつだな」


「まぁそう言うなよギオンの旦那。親分の能力知ってるのは、おれみたいな幹部クラスだけだからな。下っ端の上原が知ってるわけねぇ」


「ふんっ」


「そうなんですね」


 ユアがそう発した瞬間、目の前の建物の扉が勢いよく開き、いまにも中身が飛び出そうほど中身がパンパンに詰まったカバンを抱えた赤髪の若い男が飛び出してきた!


 シュウダイは一瞬でその男の正体に気づいた!


「はぁっ!? 上原!?」


 上原はその声が聞こえていなかったのか、はたまたそれどころではなかったのか、カバンを抱えて走り去って行こうとした!


「逃すかこのやろう!!」


 シュウダイが投擲ナイフを取り出そうとしたが、ギオンがその手を止めた。


「何するんだ! いま仕留めれば」


 熱くなっているシュウダイに対し、ギオンは冷静だった。こういった不測の事態に慣れているようだ。


「ここで騒ぎを起こすな、すぐにでも警察が来る。警察が捕まえる前になんとかしようって言うなら、カラスに追跡させろ。少し泳がせてから追いかけるぞ」


「頭回るねぇ、ギオンの旦那!」


 ギオンの提案を聞き、シュウダイは今ここでことを荒立てるよりも、泳がせておいて油断したところを絞める方向に考えを改めた。


 ユアが意見をする前に着々と作戦が決まっていくため、彼女はオロオロしていた。


「いえそれではいまの盗品と思われるものが」


「あとでまとめて取り戻せばいい」


「えぇっ!?」


 ギオンの言葉にあわあわと困惑するユアを尻目にシュウダイはカラスに合図し、上原を追わせた。


 上原が路地を回り、姿が見えなくなったタイミングで三人は動き出した。


「よし、オレたちもいくぞ」


「あ、あのっ! 作戦名は!」


「こんなときにまでかい!? ユアちゃん!?」


 いちいち面倒なやつだ。と、ギオンは目の前のバカ娘ユアのことを見ながら、即興で作戦名を発表した。


「『目の前のバカを追ってしばき倒せ大作戦』だ!!」


「了解です!」


「ギオンの旦那、今絶対ユアちゃんのこと見て決めたよなぁ!?」


────────────────────


 カバンを抱えた上原は狭い路地裏を駆け回り逃走を図っていた。ぜぇーぜぇーと呼吸を荒げながら駆け回る彼の頭上には常にカラスが跡をつけている。流石に彼もそれには気づいていた。


「まさか『鴉』か!? クソがっ! あのバカ全部話しやがったな!!」


 偽の鴉の親分への怒りを露わにするのと同時に、後ろの方から元上司シュウダイの声が聞こえてきた。もうそこまで迫っているようだ。


「あ、いたぞ二人とも!!」


「ちぃっ!!」


 上原はカバンの中のものを少し散りばめながらも駆け出した。シュウダイは彼の後を追おうと走り出したが、路地裏には放置された粗大ゴミやゴミバケツが散乱しており、見た目以上に狭かった。思うように前進できず、上原を見失いそうになったが。


「シュウダイさん! ギオンさん! ここは私にお任せを!」


 通りが悪い路地裏なら小柄なユアの方が動き回りやすい。ユアは自信満々にシュウダイの横をすり抜け、ゴミ箱を飛び越えるとそのまま上原のあとを追った。


「すまない、頼む!」


「シュウダイ、オレたちも回り込むぞ」


「了解!」


────────────────────


 上原はまったく知らない小娘に追われ、正直焦っていた。まさか、指名手配にでもされていたのだろうかと。


(なんなんだこのガキ!? どうして手綱と!?)


「お待ちなさーーい!!」


 ユアは負けじと上原を追いかけ回している。息が上がっている彼に対し、ユアは息をまったく乱していない。このままいけば、ユアが追いつくのも時間の問題だろう。


(待つわけないだろバカが!)


 ただ、上原もただの間抜けではない。しっかり考えがあってこの場に逃げ込んでいるのだ。


(この先まで逃げ切れれば!)


 上原がそう思った矢先だった。ユアは杖を前に突き出した。彼女の能力、〈ユア・ネーム〉が発動する!


「ふふっ、私からそう簡単に逃げられるなんて思わない、ことです!」


 ユアは〈ユア・ネーム〉を顕現させると、杖の上部を掴み、杖の先端を前に向けた。〈ユア・ネーム〉が杖に手を添えると、杖の長さが一気に伸びた!


「それっ! っと」


 伸ばした杖の先端を地面に突き、ユアは高く跳躍した! そう、棒高跳びだ!


「は、はぁっ!? んだそりゃあ!?」


 上原は後ろで突如行われた大胆なアクロバットと、謎の能力に驚愕した。が、足を止めている場合ではない!


 ユアは勢いついたところで杖の長さを戻し、宙を舞い、すたっと軽やかに上原の目の前に着地した。彼女は顔を上げ、ニコッと笑みを浮かべた。


「逃しませんよ♪」

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