2-11.デッドリー・ポインター1
本拠地はユアが捕えられていた建物から、およそ1kmほど離れた場所に建在していた。10階建てほどのガラス張りのビル、それなりの高さだ。見上げてみると、日の光が反射し、その眩しさについ目を細めてしまうほどのまばゆい光を放っている。まさかこんな綺麗な建物を牛耳っているのが街の不良団体だとは誰も思いやしないだろう。
だがこの建物、特に最上階のあたりはガラス張りではなく、不自然にコンクリートが剥き出しの状態になっている。何か意味があるのだろうか? ちょうどよく日差しが差し込みすぎて仕事にならないとか……? いや、それなら他の階をガラス張りにする意味はないだろう。特に深い意味はないのだろうか。
ケンタロウが前を歩き、ユアとマナはその後ろをついて歩いた。
三人は建物の自動ドアをくぐり、受付に向かった。受付には三十代くらいの男が帳簿のようなものと睨めっこしていた。
ケンタロウは男に声をかけた。顔見知りなのだろう。男は帳簿から目を外し、ケンタロウの方を向いた。
「よぉ、お疲れさん」
「熊平さん、お疲れさまです」
「おう。早速で悪いんだが、ボスは今空いてるか? 確認しようにも、無線機がぶっ壊れちまってよ」
ケンタロウはユアとの戦闘で破損した無線機のイヤホンを片手でぶらつかせ、を受付人に見せびらかした。
「ず、随分派手に壊しましたね」
「まぁ、色々あってな」
ケンタロウは視線を外して誤魔化した。その際、ちらっとユアの方を見たが、ユアはキョトン顔を浮かべながら首を傾げて"ユアっ?"としていた。他人事じゃないんだぞおい、とケンタロウは心の中でつぶやいた。
「いま確認しますね……」
受付の男は内線でボスに確認を行った。
「はい、熊平さんが無線機を壊してしまったみたいで」
無線機が壊れた、と受付の男が包み隠さず伝えたため、ケンタロウは思わず彼を睨みつけた。
(おいおいダイレクトに伝えるんじゃねぇ! 怒られるのはオレなんだぞ!!)
もうこの組織から脱退することを腹に決めたケンタロウからすれば些細なことではあるのだが……
「はい、はい……わかりました」
受付の男は何度か相槌を打ち、受話器を戻すと体ごとケンタロウの方を向いた。
「確認取れました。どうぞお進みください」
「おう、ありがとな。っと、無線機のことなんか言ってたか?」
「いえ、特には」
「ならいい」
「はい。あの、その後ろのお二方は」
そうだった! とケンタロウは一瞬焦ったが、その場しのぎを嘘を口走った。
「あ? あー、気にすんな。このことに関してはボスを通してるから、な」
「えぇ、そうよ」
「それは失礼しました」
(あぶねぇ〜〜……マナが口を合わせてくれて助かったぜ)
三人はボスの待つ最上階に向かうエレベーターに乗り込んだ。
最上階に到達するまでの間、ユアは右手で握りしめた杖をじっと見つめ、ここ数日の出来事を思い返していた。
元は谷川の娘を取り戻すところから始まった。気付けば彼の借金問題に首を突っ込むこととなり、さらにはその金を貸していた鴉の偽物の組織を解体することになった。
ユアが望んだこととはいえ、その後は鴉の裏切り者の行方を追い、気づいた時には敵対組織の男のお悩みを解決することにもなっていた。こんな芋づる式にあれこれ解決することになったのは、今回が初めてのことだった。だがこの旅も、間も無く幕を閉じることとなる。
(ここに至るまで、長いようで案外短い旅路でしたね。ギオンさんとシュウダイさんを置いてここに到達してしまったことは、きっとあとでお咎めを受けるでしょうが……ごめんなさい、もう後には引けませんし、覚悟はできています。必ず、アスミのお悩みとタロウさんのお悩みを解決して戻りますから……!)
────────────────────
最上階に着いた三人は、ボスの待ち受ける部屋を目指し、長い通路を歩いた。
なんの変哲もない通路だ。いくつか会議室や給湯室、お手洗いがある。どこにでもあるようなビルのような作りだ。そしてそのうちのどれかが、ボスの部屋になるということだ。
とはいえボスと親密なケンタロウがユアたちにはついている。彼の案内で、迷うことなく彼女たちは目的の部屋に辿り着いた。
「ボス、開けるぞ」
ケンタロウはボスの返事を待たずに扉を勢いよく開いた。部屋の明かりは薄暗く──いや、明かりはついていないようだ。部屋をうっすらと照らしているのは、小さな窓から差し込む日差しのみだ。ボスの姿はよく視認できない。だが、確実にそこにいる。
立派な木製のデスクに猫背で腕を置き、こちらをじっと見つめている。あの人が、蛇連組のボス……!
「どうした、ケンタ。無線機が壊れたと聞いたが」
女性の声だ。ユアは少し意外に思った。こんなギャング組織のボスということで、勝手にギオンのような筋骨隆々の強面の男が組織を束ねているという先入観があったためだ。
「あ、あー、それは悪かったな。ちと手こずっちまってよ」
「ふんっ。まぁ良い」
「それで、そのなんだ。連れてきたぜ、その二人を」
「……ほぉ? このワタシに対して貢物を持参したとでも言うのか?」
ボスの女は立ち上がり、こちら側を見下ろした。言いようのない圧を感じる。間違いなく、この女は危険な人物だとユアは確信した。
「いや違う、そうじゃねぇ。交渉しにきたんだ。なぁ、ボス……もう、こんなことはやめにしねぇか」
「いきなり何を言う。やめる? 何を」
「上原ユウトの言う通りのことをするのはやめようって言ってんだ。あいつは信用できねぇ。蛇連組だって元はこんな組織じゃなかっただろ? 街のためになることをしていたじゃねぇか」
元は鴉のような人知れず誰かを助ける義賊のような組織だったのだろう。ケンタロウは言葉を続けた。
「外部にビジネスが漏れるのを恐れていた理由は、きっとなにか特別な事情だったりだとか、他に何かあるんじゃないかと信じていた。なのに、そのビジネスがよりによって人身売買だったなんてよ……金に目が眩んだかよ、アカナ」
ボスの名は「文月アカナ」。銀色の長髪を三つ編みで束ね、右肩から垂らしている。その髪色に合わせたかのような純白のスーツの胸元のボタンははずされていたが、彼女の大きな胸を強調するかのように張っていた。人をいとも容易く切りつけてしまいそうな鋭い琥珀色の瞳の奥には、なんとも形容し難い闇が眠っているかのようだ。
彼女はその鋭い琥珀色の眼を細め、こちら側を睨みつけていた。明らかに、敵対者に対する目つきだ。そう、それはケンタロウに対しても同じことだった。
「金に目が眩んだ、か。クククッ、それは違うな。楽して、ましてやリスクなくして簡単に稼げる方法がわかったのなら、使わぬ手はないだろう? ワタシはもう、あんな生活に戻る気はない。知っているだろう。この世で、生きていくのに必要なのは金なのだ。そのために、手段を選んでなんかいられないのだよ」
「なっ!?」
アカナの発言に、ケンタロウは度肝を抜いた。まさか、ともに十数年と生きてきた人間から、こんな発言が飛び出すとは夢にも思わなかったのだ。
ケンタロウは彼女の非道な発言に歯を食いしばり、腕を横に振るって怒りを露わにした。
「アカナぁ……っ! テメェ、落ちるとこまで落ちる気か!!」
「落ちる? 違うな、ケンタ。ワタシは成り上がるために、手段を選ばないことにしたんだ。難しく険しい通り道をするよりも、容易な近道選択するのは当然のことだろう」
「やり方ってのがあんだろうが!」
「わかってないな。いいか? ワタシはずっと今まで、常に人よりも低い位置で生活をしていた。地位的にも、物理的にもだ。この世の中は、結局のところ金と権力だ。信頼、手段は二の次だ。ワタシは学んだのだよ。だから、もうやめる気なぞない。必要なのは結果なのだ。ワタシにとって、過程なんか心底どうでもいいことだ。金を得るための代償なぞ、いちいち気に留めておく理由がしれん」
醜悪、その一言に尽きる。文月アカナは、救いようのない悪だ。ユアは、今まで出会ってきたどの人物よりも、強い悪意を感じ取っていた。
ケンタロウは、もうアカナを救えないと決心していた。
「はっ、そこまで言うようになるとはな。昔からの誼みだが、あんたには失望したよ。まさか、ここまで堕落するなんてな。もう、俺はあんたと仲良くできそうにねぇな」
「勝手にするといい。ただ、一つ聞かせろ。なぜ今になって心変わりをした? こうなる前に、何度もワタシを止めるタイミングはあっただ」
ケンタロウはぎりっと歯軋りをすると、アカナの言葉を遮った。
「テメェが! 人身売買だのの闇事業を全部隠蔽してやがったんだろうが!! それともなんだ、俺とあんたの仲だから、よほどな犯罪行為に手を出しているって察してくれた上で黙認しているとでも思ったのか! アカナ、お前言ってたよな? 察しろの精神は信頼を揺るがすってな!」
「そんな昔話を、まだ覚えていたのか。ふふっ、ははははっ! これは傑作だな」
アカナは、もうダメなのだろうか。何を言っても、彼女はやり方を変えることはないのだろうか? 金というものは、こんなにも簡単に人を歪ませてしまうのか、とケンタロウは悔やみながら拳を握りしめた。
彼の知るアカナは、上原ユウトと出会った時点で死んだのだ。今の彼女は、金に目をくらませ、手段よりも結果を選ぶ残忍なモンスターへと変貌してしまったのだ。
「タロウさん。残念ですが彼女はもうまともではありません。ここで、然るべき措置をとらなければ」
このまま、対話を続けていても埒が開かないと判断したユアはケンタロウに声をかけながら一歩踏み出し、アカナの前に立った。
「アカナさん、ですね。私は関河浜でお悩み相談所の店主を務めている言霧ユアと申します。色々と話をするべきところなのですが、省略させていただきますね」
「ん? お悩み相談所……あぁ、お前が、なるほど。その自信の持ちよう……ふふっ、ワタシに勝つつもりか?」
「そうですね。あなたを倒して人身売買を止め、この組織を解体してタロウさんを自由にする。それが私がいま解決しようとしている事柄と、タロウさんのお悩みを同時に解決するのに最も効率的な手段ですので。失礼ですが、アカナさん」
ここでユアはふうっと、一息つき、ぐっと瞼を閉じ、もう一息つくとうっすらと瞳を開いた。そこに、普段の優しいユアの笑顔はなかった。
「お悩み解決のため、覚悟してください。そう、なんなら、"覚悟を決める準備"も今からしておいてください。それほど、あなたはこれから失うことになりますから。地位も、信頼も……何もかもを、ですね」
これは挑発ではない。きっと、ユアならこれを実現させかねない。隣にいたケンタロウは彼女の決して揺るがない強気な態度に、そう感じた。
アカナはため息をつき、ポケットから何かのリモコンを取り出し、ボタンを押した。
「こんなことになって残念だ。ケンタ」
「っ!?」
アカナが言うと、部屋に差し込んでいた日差しをブラインドカーテンが遮り、部屋の中は完全に真っ暗となった。
アカナはゆっくり立ち上がった。ユアたちの目には映らないが、カツンッ……カツンッ……と彼女が歩いていることはわかる。一体、何をしようというのだろうか? 答えは、すぐにわかった。
「オマエたちには、ここで死んでもらうほかないな」
「なんだとっ!?」
「人身売買のことを知ってしまった以上、当然のことだろう。それと、もう一つオマエたちが死ぬ理由をくれてやろう」
アカナは言うと、暗闇で腕を振るい、空を切った。一瞬、蒼白い光が辺りを照らした。彼女の固有能力である〈デッドリー・ポインター〉が発現した合図だ。
「オマエらは、"ワタシの能力"を知ってしまった」
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