第6話 追放
俺は牢屋のベットでぼーっと横になっていた。結果的には殺されずに済んだ。だが追放は決まってしまった。
「また居場所がなくなったんだな」
俺には小さいころから居場所がない。両親がいたころでさえ幼稚園や学校でも馴染めなかった。ハーフ、ガイジン、ダブル、全部嫌いな言葉だ。俺を勝手にラベリングして彼岸の向こうへと追いやっていく刃。
「ハル君」
呼ばれた方に顔を向けると柵の向こうにレナオがいた。
「ハル君。追放になっちゃったね。ちゃんと反省してる?」
「反省することなんてないよ」
強いて言うならばもっと俺は用心深く動くべきだった。それくらいだ。
「ハル君。悪いことしたんだよ。だからひとりぼっちになっちゃったんだよ」
「昔からずっと一人だよ」
「違う。私が傍にいたよ」
「いただけだろ。寄り添ってくれなかったじゃないか」
レナオは俺を助けてくれたことが一度もない。俺が人種問題で蔑まれても見向きもしなかった。
「だからなの?だからあんな女と…」
「ジェニファーはそんなんじゃないよ。やっと縁が切れてせいせいした」
「うそ!だったら何で抱き合ってたの!?ひどいよ!そんな嘘つくなんて!私の気持ち知ってるくせに!」
「愛がなくても抱くことは出来るんだよ」
愛のあるセックスを俺は知らない。叔母もジェニファーも一方的な欲望を俺にぶつけてくるだけだ。そして俺はそんな二人を愛してもいない。
「ハル君。本当は寂しいんだよね?」
「さあな」
「だったら私も連れてってよ」
レナオは檻を掴んで泣いていた。
「私ならいいよ。一緒に行くよ。二人でどこかに行こうよ。全部忘れて二人だけで」
「やだね。お前人を傷つけることに鈍感だもの」
「そんな。そんなことないよ」
「普通あんな場面に旦那さんを連れてくるか?国王が憐れで見てられなかったよ。お前も他の女と一緒だ。俺を手に入れるためにエゴをむき出しにしてる。そんな奴と一緒にいるなんて嫌だね」
俺はレナオから視線を外して背中を向ける。
「そんなの嘘だよ。本当はハルくん優しいもん。わたし待ってるから。隣の帝国の帝都。そこでわたし待ってるから。来て。必ず迎えに来て」
そう言ってレナオは去っていった。最後まで自分勝手な女だ。俺の都合なんて何一つも考えてない。いや女はみんなそうなんだ。俺はもうそう世界を捉えるしかい。そう思った。
俺は勇者だ!この世界最強の英雄!いずれ魔王を倒して世界を救う男だ!なのに祚賀のせいで俺の冒険は邪魔ばかりが入る。あいつはハズレハーフのくせに余計なことばかりやってくる。レナオちゃんも幼馴染という理由だけであいつの面倒を見たがる。本当にくそ野郎だ。最近じゃ王女にも気に入られて軍で出世街道に乗ったなんて噂だった。反吐が出る!何の役にも立たないFランのくせにまわりのことをひっかきまわすことだけは得意だ。なのにどいつもこいつもあいつを評価する。日本にいた時からそうだった。先生たちもクラスの連中もみんなあいつを贔屓していた。女子たちなんてあいつに微笑みかけられただけでその日一日きゃーきゃー言ってうるさいったらありゃしない。だけどようやくあいつの化けの皮がはがれた。国王があいつを追放することを決めてくれた。噂じゃあいつが王妃様をたぶらかそうとしたとかなんとかって話だけど王妃様は毅然として拒絶して国王にチクったらしい。へ!ざまぁないぜ!勘違いした男ほど出せえ陰キャはいない。そして逆に俺はいま王妃様と一緒に城の地下深くへと向かう階段を降りている。階段を下りるたびに揺れる大きなおっぱいが溜まらないぜ!こんなに美しい人は元の世界にはいなかった。俺は決めている。世界を救ったら俺には強大な力が手に入るだろう。国王を倒して俺がこの国の王になってこの人と結婚するんだ。もちろんレナオちゃんも俺のハーレムに入れてあげるし、この人の娘さんたちも入れてあげなきゃいけない。まったく甲斐性のある男は辛いもんだぜ!
「こちらですわ勇者様」
そして目的地に辿り着いたようだ。目の前には岩に刺さった剣があった。その剣の美しさに俺は息を呑んだ。
「我がキャメロット王国が誇る神宝。王者の聖剣キャリバーン」
「王者の聖剣…」
このファンタジーな世界であるならばこれを抜いたものが王様ってことだよな?そんなところに王妃様は俺を案内したってことは?!
「さあどうぞ。剣をぬいてくださいまし」
俺はもちろん剣の柄を両手で握る。そして引っ張る。びくともしない。だが俺はこの世界を救う勇者だ!そして世界を救って王になる!
「うおおおおおお!!」
そして俺は岩から剣を抜いた。鑑定で剣の性能を確かめる。すさまじい能力とスキルを秘めていた。
「すばらしいですわ!流石勇者様!」
王妃様が笑顔で俺を祝福している。これ絶対に俺に惚れてるよね。
「これで俺は勇者だけじゃなく王になったんだ…あははは!」
「勇者様。わたくしのお願いを一つ聞いてはくださいませんか?」
俺のことを王妃様はウルウルとした瞳で見つめてくる。本当に愛らしい人だ。どんなお願いでも叶えてあげたくなる。
「追放の話は聞いておりますね」
「はい。祚賀のバカの話は聞いています。許せません!あんな奴追放だけじゃ飽き足りない!」
「ええそうですわね。追放だけではだめですの。彼は帝国へと追放される予定なのですが、その国境の前に大きな川がありますわ」
「川?」
「ええ。どんなものでも流してしまう偉大なる大河。そう、彼は流されるのですわ。まるで運命の濁流にのまれるがごとく」
「ああ。なるほど。そういうことですね!」
王妃様も祚賀を嫌っているんだ!だから俺に始末を頼んでいる。これは俺にとってもありがたい申し出だ!あの野郎を心置きなくぶち殺せるチャンスがやってきた!
「お任せください王妃様。必ずやこのお願いを叶えてみせます」
「ええ。よしなに」
「それでは失礼いたします。準備がありますので!」
俺は王妃様に礼をしてから階段を上って地上に帰ったのだった。
「愚かな子。剣を抜いただけで王様になれるわけないでしょうに。剣なんてただのおまけのおもちゃ。そんなものを振り回せても王にはなれやしないのですの。王権の本質はもっともっと深いところにあるのですわ。うふふ。あははははははは!」
そして俺は正式に追放された。エリザンジェラからは餞別としてライフルやハンドガンなどの装備類と路銀を貰った。
「わたしは納得がいかない。お前はこの国に必要な人材のはずなのに。すまない。何度も父上を説得しようとしたんだ。だが父上は頑なだった。すまない。本当にすまない。」
王都から出るときに見送りにエリザンジェラと特別強襲偵察隊のみんなが来てくれた。それだけでもう十分嬉しかった。
「殿下。落ち着いたらみんなに手紙を出すよ」
「ああ!必ずだ!必ず手紙をくれ!待っている!待っているから!」
エリザンジェラは涙を浮かべていた。俺はみんなに一礼して王都から出る列車に乗った。そして俺はこの地を追放されたのだ。
追放先の帝国には列車の最終駅から徒歩で街道を行くしかなかった。現在帝国と王国は険悪な関係にあり行き来が限定されている。だからこその追放先なのだろう。
「しかしデカい河だな」
対岸が見えない。海と錯覚しそうだ。橋は架かっていない。一応近くに村があってそこから対岸までの船を出しているそうだ。俺は村へと向かう。その道中で竜の泣き声が聞こえた。
「そがぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
空を飛ぶ竜から降りてくる人の姿が見えた。俺はすぐに回避行動をとった。そいつは地面に剣を振りかぶりながら降りてきた。そして剣が地面を穿った。辺り一帯に黄金に輝く閃光が放たれる。その光自体に攻撃力が存在し、俺はもろにその攻撃を喰らってしまった。
「ぐはぁ!かはぁ」
「あはははははは!祚賀ぁ!!ざまぁあああああみろあおおおおおお!!」
狂気を帯びた笑みを浮かべる浅見がそこにはいた。なぜおれを襲撃してきた?!いや理由はなんでもいい。応戦しなければ。俺はすぐにライフルをフルオートにして浅見を撃った。
「ばぁーか!剣と魔法の世界で銃なんて効くかよぉ!」
銃弾はすべて浅見の張ったシールドで阻まれた。だめだ。俺じゃこいつを殺すのに必要な攻撃力が足りない。どうすればいい。どうすれば。
「おせぇよ!」
「あっ…」
俺は体の正面を切り裂かれた。斬られた傷から夥しい血と臓物がはみ出ている。
「ぉおぉおぉおおおおおおお!!」
「ひゃはははははは!き、き、きもちいいいぃいいぃいいいい!!」
そして浅見は俺のはみ出た内臓を思い切り踏みつけてくる。その瞬間理解不可能な痛みを感じた。今にも気絶しそうだった。
「ァおうおぉ…」
「ううーん!なにいってるのかわかりまーせん!日本語喋れやクソガイジンが!!」
おもいきり頭を蹴られた。
「まったくさぁ!俺思うんだよ!追放じゃあきっとお前みたいなキモ陰キャは復讐とかふざけた八つ当たりとか考えだすんだろ?!だめだろそれは!だめだろぉおお!!」
俺はなんとか膝立ちになってライフルの銃床を杖代わりにして体を支える。
「でもさでもさ!だからここでお前のことぶっ殺しておこうと思うんだよ!見てくれよこれぇ!聖剣キャリバーン!王妃様から授かった王者の剣だぜぇ!これって王妃様は俺に王様になって欲しいってことだよなぁ!?俺ってすごくね!すごくねぇなあそういえや!」
なるほどここにこいつがいるのはジェニファーの差し金か。あいつが何をやってきても別に驚きゃしない。だけど解せない。こいつに俺を殺させるなら、不倫がバレたあの時殺させてもよかったはずだ。だけど考えても仕方がないか。もう俺に打つ手はない。
「輝けキャリバーン!くらええええええ!」
そして浅見は剣を振り下ろした。すると剣から光の波動が放たれて俺を飲み込んだ。全身にすさまじい痛みを感じた。これで俺の人生は終わる。終わる?終わってしまうのか?
【世界よ悦べ!王子は今死んだ!】
『わたくしの愛があなたを守りますわ』
俺の身体を白い手が覆う。その手の温もりはジェニファーのそれによく似ていた。
【世界よ畏れよ!王が今誕生するのだ!】
『さあ。世界を流離して。王道を人民に譚ってくださいまし』
そして俺は吹き飛ばされて河に落ちた。そのまま深く沈んでいき、流されていったのだ。
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