第9話 竜とバカ

 地球へ帰還する。目標は立ったが手段は全く見当がつかない。ただヒントはいくつかある。


「知っているかルーレイロ。この世界には異世界から来た勇者の伝説があちらこちらに残っていることを」


「常識だよね。昔から魔王が現れるたびに勇者を異世界から召喚して倒してもらうって話は御伽噺で何度もお母さんから聞かされたもん」


 そう。この世界では異世界から勇者を呼ぶのが半ば常識になっている。だからあちらこちらに勇者たちが遺した痕跡がいくつもあるそうだ。


「俺たちはこれからそういう勇者の遺した痕跡を追いかけていくことにする。その中には元の世界へと帰還するための方法もあるかもしれない」


 一番確実なのは俺らを召喚したジェニファーをしばき倒すことだが、あいにく王国では指名手配のみだ。だから地道に調査を重ねるしかない。


「じゃあ冒険者になるってこと?」


「そういうことだね。お前の身の回りの物を買い終わったら冒険者ギルドに登録に行く。そんでもって過去の勇者関連のクエストを探して受けて調査を行う」


「なんかワクワクしてきた。わたし隠れ里の外知らないから楽しみだよ!」


 やる気があるのはけっこうだが、緊張感は欲しかった。俺たちはルーレイロの服や装備を買った後にギルドに向かった。





 ギルドでの登録はあっさりと終った。名前をサインしてカードが発行されて終わり。身分の照合なんてなかった。この世界の冒険者の地位の低さがわかるというものだ。


「あれ?ハルトキのカード名前変じゃない?ヴァンデルレイ・ナシメント?だれ?」


「偽名っていうか。ミドルネームで登録した。祚賀令勅って名前は有名すぎて危険だからな」


 他国にも俺の名前は知れ渡っている。無用なトラブルは避けたい。それにヴァンデルレイ・ナシメントも別に偽名ではない。ハルトキ・ヴァンデルレイ・ナシメント・ソガは俺のブラジル国籍における名前だ。日本ではわざわざミドルネームを用いない。というよりも身分証にミドルネーム付けてると警察に身分証の偽造だのなんだのと因縁吹っ掛けられるので、両親は日本名を全部漢字にしてくれていた。日本の闇の一つである。


「まあともかくクエストを探そう。ここ大公国も勇者たちの伝説が残っているはずだからな」


 俺とルーレイロは手分けしてクエストを探す。一つイイ感じのものがあった。勇者の墓地に現れるゴースト系モンスターの討伐依頼。俺はそれ札を持ってカウンターに向かおうとした。


「その任務は意味がないからやめておいたほうがいいよ」


 振り向くとそこには背の高い金髪碧眼の綺麗な顔をした騎士がいた。柔和な笑みを浮かべて俺に近づいてくる。


「その墓の勇者はこの世界にきてチートで無双して魔王を討伐した後は放蕩な生活を過ごして元の世界には帰らなかった。そんなところには君の求めるヒントは決してないだろうね」


「お前…なんで俺の目的を知っている?」


 俺はホルスターに手をかけたいつでも銃を抜けるように。


「怖い顔をしないでくれ。祚賀令勅くん。君のことは知っているよ。色々あって追放されてここまで流れてきた。だから元の世界への帰還を目指しているんだろう。それくらいは察せられるよ」


 俺のことを知っているが、攻撃の意思はないようだ。やるつもりならさっきクエストを探しているときに攻撃されていただろう。敵対の意思はなさそうだ。


「それでいい。僕は君の敵ではない。もっとも味方とも言えないかもしれないが君の旅の成功を応援はしたいと思っている」


「応援ねぇ。あんたは王国の敵対者か何かか?俺を利用して何かをしようとしているのか?」


「疑い深いね。僕にも君くらいの疑い深さがあればあんな結末はなかっただろうに。まあいい。利用したいというか君に成して欲しいことはある。だけどそれは君がいずれは選ぶ道だ。僕はあくまでも選択肢を提示するだけだよ。情報がほしいんだろう?」


「…ああ。情報は欲しい」


「ならいくらでも渡そう。いまクエストが一つ出ている。とある村に竜が出て大変らしい。すでに何人かの冒険者が出たけど返り討ちにあったそうだ」


「そんな普通のクエストどうでもいいんだが」


「短気はよくないよ。まあ聞いて欲しい。その竜。かつての勇者がチート能力で生み出した竜だとしたらどう思う?」


 俺は目を見開く。それはヒント足りえるのではないだろうか。


「昔の魔王戦争でここら辺が戦場になった。当時の勇者はモンスターをテイムしたり、召喚したりするチートを持っていたんだ。当時の勇者の拠点が村の近くにあるようだよ。竜もそこに封印されていたのが、最近になって出てきたようだ。ほらどうだいやる気になっただろう」


 出来過ぎて入ると思う。だけどこれが本当であれば大きなヒント足りえるかもしれない。どうせ他に情報もない。


「わかった。お前の思惑に乗ってやる」


「それはよかった。では頑張って欲しい。ああ。そうそう。名前を言い忘れていた。僕はビョルン・バーナード。ではまた会おう」


 バーナードは颯爽とギルドの建物から出ていった。胡散臭いが嘘をついている感じはなかった。だけど底が知れないのは不気味だ。


「ハルトキ!これなんてどう!勇者の銅像のお掃除!ヒントになるかな」


 ルーレイロの持ってきたクエストのがっかり感が俺を現実に引き戻す。


「それは戻してきて。クエストは決まった。さっそく街を出るよ。準備してね」


「冒険に出るんだね!わかった!頑張る!」


 俺たちはクエストを受注するためにカウンターに向かう。


「このクエストお願いします」


「はい。確認します。あら?今このクエストを受注中の冒険者がいますね」


「ん?それって俺らは受けられないってこと?」


「いいえその場合は、討伐対象を先に討ち取った側が懸賞金を得たり、協力して山分けしてもらってもかまいません。ギルドとしては冒険者同士のやり取りには感知しないので」


 それって逆に言えば協力して倒した後、残りの面子殺して成果を独り占めしてもギルドは知らんぷりするってことじゃないだろうか?この世界の倫理観というかコンプライアンス基準ってのは本当にカス以下だ。


「わかった。とりあえず受領する」


「わかりました。はい。受領書です。討伐対象を倒したらここに戻ってきてください。懸賞金をお渡しするので」


 事務的な作業は終わった。あとは実際にクエストを遂行するだけである。そして俺たちは目的の村へと旅立った。






 村へは徒歩で三日ほどの距離だった。村は綺麗な湖に面していた。


「うわぁ…すごく綺麗…」


 ルーレイロは湖の風景を楽し気に堪能していた。俺もこれが観光なら見入っていたと思う。だけどここへは仕事できたのだ。気は抜けない。そして湖の傍の街道を歩いている時だった。


「ねぇねぇハルトキ。なんかリュックが落ちてるよ」


 言われた方を見ると湖畔にリュックが落ちていた。


「ねぇねぇそれだけじゃなくてなんか服も落ちてるんだけど」


 さらに服が湖畔に脱ぎ捨てられていた。ついでに剣と槍が地面に突き立てられていた。その剣の柄にパンツとブラジャーが引っかかっているのを見て俺はため息をつく。


「ねぇねぇ」


「無視しろ」


 言われなくてもわかる。どうせ湖に人がいるのだ。おそらく沐浴でもしているのであろう。放置一択である。


「でもおっぱい大きくてくびれててお尻もプリンとしてるよ」


「知らんどうでもいい」


 沐浴しているのはやはり女性のようだ。今どきは女性の露出狂を見ても、見た男の方が悪い人扱いされるような世の中だ。スルー推奨。


「ねぇハルトキ」


「だからもういいってば!」


「でも竜がいるよ。すごくおっきいやつ」


「はぁ?!」


 俺は湖の方に目を向ける。そこには確かにどでかい竜がいた。そしてその竜は羽ばたきながら沐浴している女性の傍をグルグルと旋回している。


「まずい!くそ!ルーレイロ!いくぞ!」


「うん!」


 俺とルーレイロはライフルを装備して湖に入る。そして裸の女の傍によって照準を竜に合わせる。


「おいあんたはやくにげろ!」


 俺は裸の女に声をかける。女はとても美しい顔をしていた。湖水の様に済んだ蒼い瞳に黒曜石のようなしっとりとした艶のある黒髪。だがどこか影のある顔をしている。


「私のことは放っておいてくれても結構だ。私は竜の贄になりに来たのだ。さあ竜よ私はいつでもお前の花嫁になろうぞ」


「何言ってんだお前は…」


 なんか頭逝っちゃってるらしい。爬虫類と結婚したがるとかよほどレベルの高い変態だと思う。


『なるほど。その覚悟、気高さ。我が花嫁に申し分ない心意気だ』


 竜は俺たちの前でホバリングを始めた。その眼は黒髪の女をまっすぐとらえている。


「あ、爬虫類が喋りやがった。ややこしくすんなよ…」


 俺は苦虫をかみつぶしたような顔になっているだろう。


『だが我が求めているのは清らかな純潔の乙女である。お主のような男を知る売女は求めておらん。帰れあばずれ』


 そう言って竜はバサバサと羽ばたいて俺たちのもとから去っていった。


「そ、そんな…。村を救うために身を捧げるつもりで来たのに…」


 黒髪の女は膝をつき、放心している。


「あのー。とりあえず湖から出ません?体冷やしますよ」


 俺が黒髪の女に声をかけると女はすごい力で俺の胸倉を掴んだ。


「私の何が悪いんだ!なぜ爬虫類ごときにフラれられなければならない!男たちはいつもそうだ!私は健気に尽くしているのに、いつもいつも逃げ出して!…逃げ出す?…うっ!頭が痛い!」


 黒髪の女は頭を抱えて蹲る。


「な、なんだこの記憶は…いやだ!私は!違う!そんなつもりじゃなかったんだ!ただ振り向いて欲しくて!それで!あっ…」


 そして女はそのまま気絶してしまった。


「なんなんこいつ…」


 俺はドン引きしていた。ルーレイロもだ。だけどこのまま放っておくわけにはいかない。俺は黒髪の女を背負って湖から出た。こうしてクエストはバカバカしい喧騒からはじまったのである。







ーーーーーー作者のひとり言ーーーーーー


新キャラが二人出てきましたね。

このまま冒険の世界が広がっていくといいなと思います。

とりあえず竜討伐編開始です。

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