第8話 安心
森に入っていくらか歩いた後、夜になった。俺は焚火を熾して飯盒をセットし食事の準備をする。サキュバスの少女が飯盒をじーっと見つめていた。
「安心しろ。お前の分もある」
「あ、ありがとう」
サキュバスの少女は笑みを浮かべている。さっきまで彼女は不安そうな顔をしていた。俺に置いていかれるのをひどく恐れている。無理もない。あんな光景を引き起こした男だ。怖がられるのは仕方がない。かと言ってあそこに残ってもまともな生き方はできない。彼女には俺に縋る以外の道はないのだろう。
「名前は?」
「え、わたしはラエティティア・ルーレイロ」
「そう。俺は祚賀令勅」
「変わった名前だね。異世界から来た勇者様一行の一人だって聞いてたけど」
「だったんだよ。色々あって追放された。まあそれはいい。わかってると思うが、俺についてくることはとても危ないんだ」
ルーレイロは黙る。そして顔を伏せる。
「でも。でもわたし。行くところないの。隠れ里は焼かれたし、お母さんも死んじゃった」
「言いたくはないが、お前の美貌なら街で男を捕まえて食っていくこともできる」
「…そういう生き方がいやだから隠れ里にみんな住んでたの。私たちサキュバスは男の人を誘惑して精力を得て生きていける。でもね。それって人間らしい生き方じゃないから…」
「そうか。それは…。うん。きっと正しい生き方だな」
この世界でサキュバスは嫌われている。男を誘惑して精力を奪い、堕落させる。社会的に見れば歩くドラックみたいなもんだし、宗教的道徳的に見れば堕落の象徴だろう。この子も俺と同じで居場所がない。ある意味お似合いの二人ってことだ。
「飯が出来た。食べろ。明日は歩きっぱなしになるからな」
俺はさらにご飯と缶詰から出したおかずを盛ってルーレイロに差し出した。彼女はそれを受け取るなり、すぐにがっつくように食べだした。ご飯に夢中になっている。この子がどういう扱いをさせられていたかそれだけで察せられてしまい俺は悲しくなった。だが俺には他に考えることが沢山あった。ご飯を食べながら今後のことを考える。まず第一に王国のこと。間違いなく俺を指名手配したはずだ。自国の貴族を殺されて黙っていてはメンツが潰れる。王国はなんとしてでも俺を捕まえるなり殺すなりしたいはずだ。追手がかかるのは目に見えている。国王の動きも気になる。ジェニファーが俺を生かしたから手を出してこなかったが、これで国王は大義名分を得た。俺を自らの手で殺そうとさえするかもしれない。これから他国へと逃げるが外交問題になってでも無茶なことを仕掛けてくる可能性だってある。気は抜けない。第二に勇者浅見の動向だ。あいつは俺を殺し損ねたことを知ってキレ散らかすだろう。だが俺を生真面目に探して殺そうとまでは考えないはずだ。だが隙を見せればどこかのタイミングで襲ってくる可能性はある。浅見がいる可能性の高い魔王軍との戦闘地域には近づかない方が良いだろう。そして第三の問題。ジェニファーの動向だ。あいつは俺に浅見をけしかけてきた。わざわざ国宝の聖剣まで持ち出してきてだ。常識的に考えれば俺を殺したいのだろう。だがそれが解せない。俺を殺すなら不倫バレしたときに騎士たちに殺させればよかったのだ。今更になって殺す理由がわからない。もっとも女性特有の心変わりで殺したくなったとかならまあわからないでもない。でもそれでもわざわざ国宝まで持ち出すか?軍を動かせばいいだけのことだ。それとも今更になって不倫を恥じて名誉のために不倫相手を殺して因縁を清算したくなったか?それもあまりあてはまらないと思う。ジェニファーは旦那を掌で転がしている。旦那相手に筋を通すようなやつではないだろう。何を考えてもあいつの考えていることがわからない。目的が全く読めない。ただ一つ言えることがある。あいつはまだ俺に執着があるということだ。でもそれなら追放だってわけがわからない。執着しているなら手元に置いておこうとするだろう。駄目だ。あいつが何を考えているかなんてちっともわからない。考えるのは良そう。俺とルーレイロは飯を食べ終えて食器と飯盒をリュックに仕舞う。ブランケットを取り出して俺はそれを被って横になる。ルーレイロにもブランケットを渡してやった。周囲には感知用の罠を張っておいた。焚火を消して俺は横になり目を瞑る。だがそれを邪魔するものがいた。
「なんのつもりだ?」
裸になったルーレイロが俺のブランケットの中に入ってきた。まるで見捨てられた子供の様に涙を浮かべている。
「…わたしサキュバスだよ」
「だから」
「わたしは男の人に抱かれればいくらでも強くなれるよ。だからね。便利なの。わたし。すごく役に立つよ。お金なかったら体売ってきてもいいよ。ついでに精力吸ってスキルとか魔法とかもコピーして強くなれるし。ね?すごいよね?だからね。お願いだから…」
この子は捨てられるのが怖いんだな。そのためならなんだってやるんだろう。俺は彼女の頭を抱き寄せる。
「大丈夫。大丈夫だからね。いい子だよ。君は何も悪くないよ。なんにも悪くない。俺は君を見捨てないよ。だからね。安心して」
俺は彼女の頭を撫でる。
「ううっ…ぐすっ…わたし…わたしは…うううぇぇええんんん」
彼女は俺の腕の中で泣き出す。この世界の理不尽が大嫌いだ。この子はこんなにも健気なのに、この世界の誰もその気持ちに応えようとはしなかったんだ。
次の日。ルーレイロに俺の替えの服を着替えさせて、俺たちは出発した。森の中には道なんてない。険しい地形が俺たちの行く手を何度も阻んだ。モンスターにも何度も襲われた。俺たちは弱い。俺はロクなスキルを持っていないし、ルーレイロもただの村娘だったわけで戦いにはなれてない。俺たちは必死に戦ってボロボロになりながら先を目指した。そして日が落ちるころに森の外に出られた。そして近くに街の明かりが見えた。シュヴェリーン大公国に辿りついたのだ。
「あれが街?すごく沢山建物がある!すごーい!」
ルーレイロは楽しそうに街を眺めている。その顔は年頃の女の子らしく可愛らしい。
「さあ行こうか。今日はまともなベットのあるところで寝たい」
「うん!がんばろう!」
俺たちは街へ向かって歩き出した。街道に出て馬車の行きかう姿を見た。そこには人々の活気が感じられた。だけど街へと入って行く馬車の一つの積み荷を見て俺たちは思わず立ち止まってしまった。その馬車の荷車には人が乗せられていた。いずれも首輪と手枷をされて男女問わずみな絶望に染まった顔をしている。奴隷の搬送だ。手が震えるのを感じる。だけどその手にルーレイロがそっと手を重ねてきた。彼女は首を振っている。
「怒ってくれるのは嬉しいよ。でも今は駄目だよ。ハルトキは逃げ切らなきゃいけないんだから」
歯がゆい思いだ。だけどルーレイロのお陰で冷静になれた。今は仕方がないのだ。俺たちは再び歩き出す。そして夜になるギリギリでアールデルスの街に辿り着けたのだ。
街に入ってすぐに宿屋に入った。ルーレイロには羽と尻尾をしまわせたので、俺も彼女も特に疑われたりはしなかった。この世界は冒険者なんて言う荒くれ者どもがそこらをいつも旅して回っている。いちいち身分を確認なんかやってられないのだろう。
「やっとお風呂に入れるね!」
「そうだな。あとまともな食事」
「そだねー」
とりあえず食堂で食事をとってから部屋のシャワーを浴びて俺たちはそれぞれのベットでだらりと過ごす。
「ねぇこれからどうするの?」
寝巻の胸元から豊かな乳房の谷間をのぞかせながらルーレイロが俺に問いかけてくる。
「色々考えた。俺は元の世界へと帰還する方法を探そうと思う」
「家に帰るってこと?」
叔母がいる家には帰りたくない。だがこの世界からは逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「わたしもついて行っていい?」
「かまわないよ」
それを聞いてルーレイロはホッとしているようだった。俺は見捨てる気はないけど、それがルーレイロに完全に伝わっているかは別問題だろう。男との関係について女はいつも不安を抱えている。それはレナオからさんざんと学んだことだ。逆に肉体関係のある女は図々しくなる。それは叔母とジェニファーから学んだことだ。だから油断すると。
「服は脱ぐな」
ルーレイロは服を脱いでベットに女の子座りしている。
「でも知ってるよ。男の人って溜まるんでしょ。わたしならいいよ」
男の生理に理解のあるような口ぶりだが、実際は彼女が不安だから俺と肉体関係を持ちたがっているのだろう。女は本能的にわかってる。男は肉体関係を持った女を簡単には捨てられないことを。
「悪いけど、避妊具の用意がないので。今子供出来ても困るからな」
女心を可能な限り傷つけないように遠回しに断る。というかすでに一児の父なのだ。万一でも子供出来るのは避けたい。ジェニファーはちゃんと避妊魔法使ってたのでそこらへんは助かったけど。
「避妊魔法なら使えるから大丈夫」
逃げ道を塞がれた。ルーレイロは横になっている俺に抱き着いてくる。
「ハルトキって顔綺麗だね。目がとても素敵」
「ルーレイロ。聞いて欲しい」
「初めてだけど、安心して。わたしサキュバスだから多分すぐに良くなるよ。いっしょに気持ちよくなろうね」
「聞いてくれ。ルーレイロ」
俺は彼女の肩を押しのける。
「ルーレイロ。俺はセックスが好きじゃないんだ。やめて欲しい」
俺がそう言うと怪訝そうな顔になった。
「そんな男の人いるの?お母さんは男の人はちんちんで考えている生き物だよって言ってたよ」
「俺は違うんだよ。…理由を話すからちゃんと聞いてくれ。いいね」
俺は元の世界にいた頃に叔母からされたことを包み隠さずに話した。したくもない托卵までしてしまったこともだ。
「うぇえええええええんん!ごべんぇねぇええ!ハルトキ!ごめんねぇ!」
俺の過去の話を聞いてルーレイロはびぃびぃ泣いた。
「そんな辛い過去があったなんてわたし無神経だったね。サキュバスのわたしなんてハルトキの傍にいちゃいけないんだね」
「そんなことはないから大丈夫。大丈夫だからね」
俺はルーレイロを抱き寄せる。ぎゅっと抱きしめて背中と頭を撫でた。
「もう過去のことだよ。俺も君も居場所はないんだ。だから一緒に頑張ろう。俺は君の手を放してたりなんてしないからね」
俺はルーレイロの手を握る。そしてそのまま俺たちは一緒に眠りについたのだ。
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