第7話 暴君誕生

「きゃ!?大変!お父様!こっちにきて!人が倒れています!」


「すぐに医者を呼ぶ!おい君!大丈夫か?!すぐに助けるから頑張るんだ!」


 うっすらとぼやける視界に身なりのいい男と少女が見えた。男は俺を担ぎ上げてどこかへと運んでいく。どうやらまだ死んではいないらしい。だけど幻が見える。空に一羽の真っ白い雁が飛んでいるのが見えた。それはそれはとてもとても美しい姿だったんだ。








 日の光を感じた。目を開けるとどこかの部屋でベットに寝かされていることに気がついた。全身包帯だらけだ。どうやら治療を受けさせてもらえたらしい。


「目が覚めたのね!」


 オレンジ色の髪の毛に同じ色の瞳の美しい少女が俺の顔を覗き込んでいる。その顔には笑みがあった。


「…俺を助けてくれたのか?」


「はい!川の岸辺に流れ着いているところを拾ったの!3日も昏睡していたの!よかった!助かったのね。今お父様を呼ぶね」


 そう言って少女は部屋を出ていった。そしてすぐに父親らしきオレンジ色の髪の男が部屋に入ってきた。


「目が覚めたんだね。良かったよ。あの怪我から助かるなんてさすがは英雄だけはある」


「あなたは俺のことを知っているんですね?」


「ああ。知っているとも。叙勲式には私も参列していたからね」


 男は笑顔でそう答えた。いい人そうだけど、雰囲気からすると貴族のようだ。


「はじめまして。私はアーリー・イーズリー。爵位は辺境伯だ」


「私はマージョリー・イーズリー」


 優雅な礼で親子は俺に自己紹介してきた。


「…貴族なら俺が追放されたことは知ってるんでしょう」


「ああ。もちろん知っている。だが帝国へ向かう道中で何かあったようだね。その傷からすると襲撃されたみたいだが。魔王軍かい?」


 俺はその問いには答えなかった。勇者にやられましたなんていうわけにもいかない。


「助けていただいて感謝します。本来ならお礼をするべきですが、すぐにここを発たせてもらいます」


 俺はベットから起き上がる。だが全身に走る痛みに思わずうめき声を上げる。


「まだ安静にしていなければだめだ!何か事情があることは察した。私とて貴族だ。政治闘争とは無縁ではない」


「だったら匿うことのデメリットくらいわかってるでしょう」


「だがそれ以上に恩がある。私の妻は魔王軍四天王によって殺された。そう。君が殺した奴だ。君はその仇を取ってくれたんだ。そのような恩人を放り出せるほど私は恥知らずではないよ」


 俺の仕事に感謝しているらしい。そのことにまだ喜びを覚える自分がいる。異世界に来てろくでもないことばかりだったけど、報われたような気がした。


「君のことは国王には知らせない。だから安心してここに逗留して欲しい」


「…わかりました。お世話にならせていただきます」


「よかった!英雄よ!ここでゆっくりと羽を伸ばしてくれ!」


 こうして俺はイーズリー辺境伯家にお世話になることにしたのだ。








 辺境伯とマージョリーは俺に本当に良くしてくれた。衣食住だけではなく一緒に遊んだりもした。


「ハルトキ!遅いよ!」


「待ってくれ!まだ慣れないんだよ!」


 マージョリーとは馬でよく草原地帯を駆けて遊んだ。ここはお隣の大公国との国境地帯であり、自然豊富でいるだけで王都での喧騒を忘れることが出来るような気がした。


「ハルトキ君。釣りもなかなか良いものだろう?」


「ええ。これはいい」


「男の人ってお馬鹿なんですか?こんなのぼーっと待っててどうするの?」


 辺境伯と川で釣りをしたり。


「ねぇこれ似合うかしら?」


「うん。よく似合ってる。かわいいよマージョリー」


「えへへ。ありがとハルトキ」


 マージョリーと街で買い物したり。異世界にきて初めて本当の意味で穏やかに過ごせる日々だったと思う。


「素敵ね。雁たちがかわいいわ」


 湖でマージョリーと二人でボートを漕いでいた時のことだ。


「そういえばさ。俺が助けられたときに白い雁を見たんだ。ここら辺に生息しているのかな?」


「ううん。私もあの日ハルトキを助けた日に見たっきり。思えば不思議だったわ。私とお父様で散歩して時に見かけたの。あまりにも綺麗だったから追いかけていったらあなたが倒れてたの。もしかしたら神様が遣わした聖なる鳥だったのかもね。ふふふ」


「ふふふ。それはなかなか面白いね」


「だからあの白い雁には感謝してるの。だってハルトキに出会えたから。ハルトキと一緒に過ごす毎日がとっても楽しいの」


 マージョリーは幸せそうな笑みを浮かべている。辺境伯から聞いた。マージョリーは母を魔王軍に殺されて以来塞ぎがちだったと。俺がやったことはこの子に笑顔を取り戻す一助になった。だったらやっぱり俺は正しいことを成せたと胸を張って言える。そのはずなんだ。








 それは夜のディナーの時だった。辺境伯は俺に穏やかな顔で言った。


「どうだろう?このままここに残り続けないかね?」


「え?でも。俺は追放をされた身です」


「私は国王の学友でね。これでも親友と言えるくらい仲が良かったんだ。いまでもプライベートな空間ではお互い名前で呼び合うくらいには仲がいいんだ」


 もしかしてこれはチャンスなのか?国王だって俺が視界にさえ入らなきゃそこまで文句も言わないような気がする。重要なのはジェニファーに近づかないことだけ。ならここにいてもいいのかもしれない。


「追放の理由はわからないが、私から国王に掛け合ってみるよ。いざとなったらマージョリーの婿にして辺境伯を継がせるって言ったっていいんだ」


「お父様!そんな!私は…もう…うう…」


 マージョリーは恥ずかしがって俯いている。


「私はハルトキが残ってくれるなら…お嫁さんになっても…いいよ…」


 赤く頬を染めたマージョリーはとても可愛らしいものだった。俺が知っている女たちの笑みとは全然違う。とても素敵な表情。俺は抗い難い誘惑を感じた。普通の幸せが今すぐ目の前にある。ずっと憧れていた普通の人生。


「あの。不束者ですが。俺は。俺はここにいたいです!」


 俺はそう心の底から思ったのだ。ここで俺は何もかもを忘れて幸せになる。俺を傷つけるものから遠ざかってここで幸せになるんだ。














 だから此処から先のことは見なかったことにするべきだったのだ。











「ハルトキ君。君にいいものをあげるよ」


「なんですか?辺境伯からいただけるものなら何でも欲しいです」


「今後君が残るなら身の回りの面倒や貴族としてモンスターと戦うなんてこともあると思う。そのためにきっと役立つと思う」


「へぇ。それはすごそうですね」


「だろう。入ってこい!」


 辺境伯がベルを鳴らすと部屋に一人の女の子が入ってきた。ボロ布のような服だけを着ている。背中には黒い蝙蝠のような羽。それに黒い尻尾も生えていた。銀髪に赤い瞳がとても黒い羽根としっぽに映えていた。


「うちの領内にサキュバスたちが隠れ里を作っていたんだ。そこで狩ってきたんだよ」


 サキュバスの少女はとても美しい顔をしていた。でも何もかもに絶望したように暗い顔をしている。


「サキュバスは上手く調教すれば優れた戦闘能力を発揮する。まあ精力を注ぐ面倒くささもあるがこれくらい美しいならその作業も苦ではないだろう。ああ、安心してくれ。まだ初物だから病気の心配はないよ」


「ねぇお父様!初めての奴隷をあげるならこんな穢らわしい種族よりも可愛い獣人とかの女の子の方がいいんじゃないの!子供が生まれれば英雄の子だから高く売れるだろうし!」


 ナニイッテイルンダ。コノヒトタチハナニヲイッテイルンダ?


「子を売るならむしろサキュバスだろう。ハルトキ君に似ればきっと高く売れる。もしインキュバスが生まれればさらに値は上がるだろうね!」


「そんなのよりも獣人やエルフみたいな繁殖力の高い種族の方がいいでしょ!ハルトキ似れば男でも女でも高く売れるよ!」


 リカイデキナイシタクナイ。


「ハルトキ君。ぜひ受けっとってくれ」


「ハルトキ。お父様からのプレゼント。大事に扱ってね」


 ウケイレラレナイウケイレタクナイ。


「俺の世界の俺の母の祖国にイザベル・ド・ブラジルという人がいました」


 二人は首を傾げている。だが耳は傾けていた。俺は立ち上がる。


「俺はその人の話を母から聞いて尊敬した。彼女はブラジル帝国最後の摂政皇女としてとても偉大なる法を制定したんだ」


 俺はサキュバスの奴隷の少女の元へ歩いていく。


「イザベル・ド・ブラジルは黄金法と呼ばれる法律にサインした。そして後にその功績を考慮されてローマ教皇から黄金の薔薇を授かった」


 サキュバスの奴隷の前に立つ。俺は手に斧を召喚する。その斧で彼女の隷属の首輪を切った。斧はパキンと音を立てて床に落ちた。


「ハルトキくん!そんなことをしたら奴隷が解放されてしまうじゃないか!駄目だよ!大切に扱わなきゃ!」


 辺境伯が俺たちの方に近づいてくる。そして床に落ちた首輪を拾って首を振る。


「ああ。壊れている。係りの者!すぐに替えの奴隷の首輪を持ってくるんだ」


「だがね。イザベル・ド・ブラジルは代わりにカサブランカ家によるブラジル帝国を失ったんだ。黄金法に反発した地主層が中心となってクーデターが起きた。そして共和制に移行し現在のブラジル連邦共和国に至るんだ」


「ハルトキ君?すまないが君の世界の歴史には詳しくないんだ。要点だけを言ってくれないか」


【汝の前にいるものは罪人である。王よ。王権を人民に啓蒙せよ!王権の源を人民に啓蒙せよ!王の力の源流を人民に啓蒙せよ!】


「西暦1888年5月13日。黄金法はブラジルにおける奴隷制度を廃止したんだ。だから俺はイザベル・ド・ブラジルを尊敬する。彼女は多くの物を失っても人間の尊厳を守ったんだ!」


 俺は斧を振りかぶる。


「告げる!汝は罪人なり!我は罪を滅ぼさん!我より死を賜ることを歓べ!!」


 そして俺は辺境伯の首筋に斧を振り下ろした。
























「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」




















 刎ねられた首は奴隷の少女の足元に転がる。奴隷の少女は両手で口を押えてひどく驚いていた。マージョリーは父親の辺境伯の身体に抱き着いて大声で泣いている。必死で首をくっつけようと無駄な努力をしていた。部屋中に響く泣き声に背中を向けて部屋を出る。すぐに私物を纏めて俺は屋敷を出ていった。俺は森に入り歩き続ける。


「ま、まって!」


 後ろから声が聞こえる。さっきの奴隷の少女のようだ。だが俺は待たない。


「まってよぅ!」


 俺は歩き続ける。この世界の理不尽を見た。俺は俺の価値観で初めて人を裁いた。この世界では奴隷制度は合法だ。道徳的倫理的にもなんとも思われていない。人が人を所有することなど悪いことだと誰も考えない。だが俺は俺の価値観、倫理、道徳、正義でもって彼らの行いを罪と定義し罰した。正義は誰の手にあるんだ?何の道徳が正しいんだ?でもただただ許せなかった。俺は振り向く。奴隷だった少女と目が合った。


「お前はもう自由だ。好きなところへ行け」


「でも。でもぉ。わかんないよぅ。どこへ行けばいいの?何をすればいいの?全然わかんないようぅう!」


 サキュバスの少女は泣き出す。彼女は迷子らしい。俺も迷子だ。


「なら俺の後ろをついてこい。きっとどこかへはいけるだろうから」


 俺は再び歩き出す。サキュバスの少女が俺の歩く後ろをついてくる。この先に何が待っているのかわからない。だけどもう引き返せない。もう誰にも流されないように。もう何かに離されないように。俺は俺の旅を譚る。











プロローグ完。










----作者のひとり言----



なんてやつだ!

美少女奴隷をくれるやさしいおじさんをぶっ殺しやがった!

この主人公ヤバいよ。どう考えてもざまぁされる側でしょ。

どんだけ恨み買ってるの?

かわいいジェニファー様はどうしてこんな奴を好きになっちゃったの!?

こうして野に解き放ってはいけないやつが解き放たれました。

ハッピーバースディタイラント!


では次の章でお会いしましょう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る