第15話 助力

 目の前のエルフの視線は鋭い。緑色の髪の毛に金色の瞳。妖精に最も近い種族であるからこそ持ちうる美貌。人を威圧するには十分だ。


「突然の申し出申し訳ありません。わたくしはペラギア・ヴァレンテ。ここらの樹海を住みかとするエルフの氏族長の娘です」


「本当に突然だなあ。エルフの存亡の危機とか言われても正直困る。そういうのは勇者あたりに頼んだ方が良いと思うぞ」


「いいえ勇者では役に立ちません。むしろ我々の味方にはなってくれないでしょう」


「んん?おっと。もしかして俺の名前を知ってるし、勇者が味方してくれない状況ってことは…公権力との闘争ってことか?」


「はい。そうです。我々は公国の貴族の一人と対立しております。あなた様に求めるのはその貴族との交渉もしくは戦いでの御助力です。魔王四天王の一人を倒したそのお力をお貸しいただきたいのです」


 簡単に言ってくれる。傭兵扱いはごめんだ。だが同時に俺なんかに縋らないといけないところに追い詰められている空気も感じる。


「俺は公国とは揉めたくないんだけど」


 これは本音だ。公国は地球への帰還に必要な技術を持っている可能性が高い。それは出来るだけ穏便な手段で手に入れたい。


「それはなぜですか?王国には追放刑を喰らうようなことをしでかしたのに?」


 エルフさんもしかして俺のことを反社か何かだと思ってる?


「その事情はお前たちには関係ないだろう」


「ですがヒューマンの秩序とは対立しているのでしょう。イーズリー辺境伯家での騒ぎの知らせは我々にも届いております。捕まっていた我らの同胞もあなたのお陰で逃げ出すことが出来ました。感謝しております」


「だからと言って君たちに無条件で味方になるわけじゃない。これ以上お尋ね者になるのはごめんだよ」


 俺とペラギアとの間に沈黙が流れる。嫌な間だ。ペラギアは俺を連れていくことに命を賭けてさえいるような様子を感じる。


「今我々の住処である樹海はフェルカイク侯爵家によって鉱山開発の…」


「それ以上は黙ってろ!」


 事情は聞きたくなかった。イーズリー辺境伯家では自分自身で善悪を判断して手を汚した。それが今でも俺の心で澱のように澱んでいる。


「事情を話して同情を買って俺に何かをやらせようとするな!そういう無責任さが俺は一番大嫌いなんだよ!」


 兵士だった時はよかった。人を殺しても命じた奴らのせいにできた。ここから先は違う。正当防衛以外で殺す人間は俺がこの手で選ぶ。罪は俺が背負うのだ。


「ですが我々には力がありません!力あるものの慈悲に縋るしかありません!沢山死にました!我々の同胞がフェルカイクの鉱山が流した鉱毒で何人も!」


 ペラギアは膝をついて俺に頭を下げてくる。


「お願いします!我々を助けてください!わたくしが差し出せるものなら何でも差し出します!氏族の宝だって惜しくない!これ以上子供たちが死ぬのを見たくない!見たくないのです!」


 俺は必死に俺に縋る姿を見て手を震わせた。もう逃げられなくなった。この瞬間彼らの生殺与奪は俺の手の中に入った。その責任をとらなきゃいけない。


「ヴァン。断りたいなら断ってもいい。その時は私が目の前の女を切ってなかったことにしてやる」


 カラスが俺の背中をさすりながらそう囁いた。それに縋りたい自分がいる。だけどそれは選べない。俺は首をふる。


「ペラギアさんだっけ。頭を上げて。君たちの拠点に案内して。それから判断する」


 まだ逃げ道は残しておきたかった。だけどもう巻き込まれるのは確定だ。判断という無慈悲な行為はいつでも俺につき纏ってくるのだ。
















 エルフの里は樹海の奥深く似合った。とは言え、ここはあくまでも氏族の神殿のような場所であり普段は各ファミリー単位で樹海をうろうろして狩猟採取生活を送っているらしい。


「皆の者!連れてきたぞ!こちらがソガ・ハルトキさまだ!我等の救世主である!」


 エルフたちが俺を崇めてくる。それほどまでに切羽詰まっているようだ。俺を疑うことさえしない。もう希望なら何でもいいのだろう。俺たち一行は神殿の部屋の一つに案内される。そこのテーブルにペラギアが地図を広げる。


「本来ならば氏族長である父上から説明するべきなのでしょうが、鉱毒による重い病に侵されております。変わって娘のわたくしペラギアが説明させていただきます。フェルカイク家は公国の貴族でありこの樹海を名目上は支配している家です。ですが我々先住民のエルフとは代々交易をおこなうなど友好関係にありました。彼らはこの樹海に手を出してくることはしてこなかったのです」


「代替わりで方針が変わった?」


「はい。今の当主であるジェームズ・フェルカイクは強欲です。樹海の底の地層に魔素ガス田を見つけて、その開発を行いだしたのです」


 ややこしい問題だ。土地の所有権という点では貴族のフェルカイク家に正統性がある。だが鉱毒で先住民を傷つけるのはもちろんだめだ。それに先住民族の住んでいる樹海の開発自体も現代の感覚からすればあまり好ましいとはいえない。


「地下のガスを吸いだす際に周囲の重金属や汚染された魔力などが流されて鉱毒となっています。動物たちもその影響でモンスター化するなどの事象も発生しております」


「なるほどね。わかった。とりあえずわかった」


 俺は頭を抱えながら深く息を吐く。


「フェルカイク家とエルフとの間になにか条約は結ばれてはいないか?」


「それならばあります。こちらです」




権利書


フェルカイク侯爵家は樹海におけるエルフたちの優先的経済活動を認める。

またヒューマンによる樹海への干渉をフェルカイク家は監視する義務を負う。

(以下数文において様々な約束事が取り交わされている)





「これをもって公国の裁判所に行けばいいんじゃないの?」


 いまだに関わりたくない俺も大概情けないが出来るだけ合法に行きたい気持ちは変わらない。


「門前払いされました。我々エルフは公国の国民登録がないので訴える資格がないそうです」


 ぺルギアが悔しそうな顔をしている。法律は摩訶不思議に俺らの権利を絞ってくるからな。悔しいのはわかる。


「一つ聞きたいんだけど。君たちはこの鉱毒さえ何とかなればいいと思ってる?それともフェルカイク家そのものが許せない?そこははっきりさせてくれ」


 俺がここに介入するにしてもエルフ側の意思は聞いておきたかった。


「我々は死にたくないのです。勿論復讐はしたいです。ですがそれよりも生きることが大事です。エルフは平穏を愛しているのです。復讐は神にお任せいたします」


 エルフは思っていた以上に理性的なようだ。


「わかった。おれがフェルカイク家の開発を中止させる。ぺルギア。明日すぐにフェルカイク家に出発するからついてきてくれ」


「ありがとうございます!これでやっと我等の苦難も終わります。本当にありがとうございます!」


 ぺルギアや会議を聞いていたエルフたちは笑みを浮かべていた。だけど俺は一人だけむすっとしていたと思う。果たしてうまくいくのか。








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