第3話 一線を超えた日
「どうした令勅?元気がないようだが?」
陸軍省のオフィスでデスクワークしている俺の顔をエリザンジェラがのぞきこんできた。本気で心配してくれているようだ。だけどその顔は見たくなかった。だってジェニファーにそっくりだから。
「別になんでも」
「ずっと作戦続きだったしな。有給とっても誰も文句は言わないぞ」
「いや。いいよ。むしろ仕事してしたい」
最近の俺は魔王軍相手に幹部の暗殺や重要拠点の破壊、あるいは偵察などの特殊作戦をこなす日々だった。だけど休みのたびにジェニファーから、『今日は夫はいないの』などと連絡が来て、逢引する日々である。あの女のご機嫌を取り続けないと俺の首が物理的に飛びかねない。なんかの拍子に関係がバレても、「レイプされた」などと喚いて断頭台に行くのが目に見えている。
「そうか。まあ何かあれば相談してくれ。あまり抱え込むなよ」
お前の母さん抱いたぞなんて相談出来たら苦労はないよ。望んでもいない不倫関係とかほんとメンタルにダメージが来る。それに対してジェニファーはノリノリだ。『あの人のじゃ届かないところまできてますわ!』とか言われると自分がシャレにならん位悪いことしてるんだなって鬱になる。
「あ、そうだ。本題を忘れていた。令勅。陛下からお前に直々の呼び出しだ」
「ええ?」
何?即効バレた?!俺は顔が強張るのを感じた。
「何を怖がっている?陛下は特別強襲偵察隊になにか特殊作戦を任せたいようだぞ」
「んん?そう?ならよかった」
「うむ?本当に大丈夫か?変だぞ。熱でもあるのか?」
エリザンジェラが俺の額に触れようとしてくる。俺はそれを手を払って拒絶した。エリザンジェラは払われた手を見てどこか悲しそうな表情を浮かべた。
「王城に行ってくる」
俺は最低な男だと思う。でも嫌なんだ。ジェニファーに触れられたあのときを思い出すから。俺は逃げるように王城に向かった。
玉座の間に通された。俺の向かって右側に国王が、王妃が左側の豪華な椅子に座っている。それと軍でも国王に近しい将軍たちが侍っている。
「お前に任務を与える。暗殺だ」
国王は俺を嫌そうに睨んでいた。すごく嫌われているのを感じる。だけどこの感じだとジェニファーと俺の関係がバレている感じではなさそうで安心した。
「魔王四天王ですか?」
余り気軽に言われても困る。前に実行したときは用意周到に準備したのだ。なんどもあんなミラクルを起こすことは出来ない。
「ちがう。戦争のために集めた物資を横流ししていた貴族がいた。ジョン・ボームスマ伯爵、その者を暗殺するのだ」
「はい?いや。ちょっと待ってください。それは犯罪行為が確認されているんでしょう?なら暗殺なんてしなくてもよろしいのではないでしょうか?逮捕すればよいだけのことでは?」
「お前に理由を問う資格などない。兵士は与えられた使命を果たせばよいのだ」
「いやいや待ってください。法があるでしょう。暗殺ってことは非正規作戦だ。そんなのに乗ることなんてできませんよ」
すごくきな臭い匂いを感じる。物資の横流しってのもでっち上げかあるいは難癖づけな感じがする。その伯爵さまは国王に取って邪魔だから粛清したいってだけの話なんじゃないのか?
「なんだ出来ないのか?所詮はFランクか」
国王は実に楽しそうにニヤリと嗤った。
「別に俺を馬鹿にするのはけっこうですがね。俺はこの国に協力しているだけであって、あなたたちの政治闘争に巻き込まれるのは勘弁なんだよ」
「ふん。できない言い訳だけは達者だな。なら今すぐに帰れ」
「では失礼させてい」
「お待ちください陛下!」
声を上げたのはジェニファーだった。彼女は悲し気な顔で国王を見詰めている。そのウルウルした瞳には女にしか出せない憐憫を買える気配があった。嫌な目だ。学級会で男子を晒し上げるときにやる目だよ。
「陛下!令勅さまは戸惑っておいでなのです!わたくしが申し上げましたように令勅さまならばかならずや作戦を成し遂げて正義をこの世に実現してくださるお方ですわ!それを帰れなどとあんまりです!」
ジェニファーは瞳に涙を浮かべていた。なんか俺のことを庇っている感出してる。だけどわかる女の涙ほど安いものはない。だが俺以外とってはダイヤモンドよりも輝かしいものなのだ。国王は狼狽えているし、将軍たちは王妃を泣かせた国王を睨んでいる。
「いや。そうではない。私はあくまでもやる気がないものに任務を任せるのは不憫だと思っただけなのだ」
「いいえ!違いましょう!陛下!正直におっしゃったらよいのですわ!かのボームスマ伯爵は陛下でも手に余る悪漢なのだと!もう頼れるのは令勅様だけなのだと!」
「そ、そんなことはない!今度こそ奴の息の根を止めてみせる」
「そう言って何度失敗したのですか?!わたくしは伯爵に苦しめられる民のことを思うと悲しくて夜も眠れませんわ」
うそこけ。昨日なんて俺の横で堂々と寝てたじゃねぇか。何この茶番。ジェニファーは将軍たちの前で国王を無能だとこき下ろしている。それで逆に俺を持ち上げてるわけで。将軍たちが俺に期待を込めた眼差しを向け始めているのを感じる。
「陛下!ちゃんと筋を通すべきです!令勅さまにお願い申し上げるのです!陛下に無理だった作戦の遂行を令勅さまの手に委ねるのです!」
国王は悔し気に唇を引き結んでいる。そして深く息を吐いた後に言った。
「頼む。私たちでは伯爵を仕留めることは出来なかった。そなたにこの作戦をやってもらいたい」
言葉遣いがまだ尊大だが国王が頼むとまで言った。最悪だ。断れない状況をジェニファーが作ってきた。このくそばばびっち。そう叫びたくなる心をぐっと抑えつける。
「了解したしました。伯爵の暗殺任務。お引き受けいたします」
俺は敬礼して任務を引き受けた。そして玉座のまでの会談はお開きになった。
やりたくないやりたくないやりたくない。だってこの作戦のターゲットは人だ。モンスターじゃない。今までの作戦は知能もないモンスター相手だった。だけどこれは違う。人間が相手なのだ。俺は人間を殺すことを強いられた。
「たいちょーきんちょうしてます?」
部下の一人が俺を気遣って声をかけてくれた。
「いや。大丈夫だ。いつも通りだよ。いつも通りやって、いつも通り帰るだけだ」
俺たちはボームスマ伯爵の領地に潜入している。もう少しで伯爵の住む城に辿り着く。ここまでくるのに厳重な警備をかいくぐってきた。伯爵は明らかに国王からの襲撃に備えている。王国内でなにか政治闘争が行われているようだ。魔王相手に戦ってるのに、人類同士でも争ってるなんて何処の世界でも人間は愚かしい。
「城を目視で確認。情報通り中庭でパーティーしてますね」
貴族は自身の権勢を維持するために社交で忙しい。国王からの襲撃に備えはするが、かといって社交界との付き合いも無視できない。パーティーを開いて他の貴族をよんで友好を確認するのは大事な仕事なのだ。俺たちは城の近くの小高い丘に陣取った。そして持ってきたスナイパーライフルと観測機器を設置して、狙撃の準備を素早く行う。
「隊長。気が進まないなら俺たちがやりますよ」
「いや。俺がやるよ。これは俺が引き受けた任務だ。誰の手にも委ねたりしない」
俺は地面に伏せてライフルを構える。スコープ越しに伯爵の顔が見える。伯爵が善人なのか悪人なのかさえ俺は知らない。だけど俺はジェニファーに嵌められた以上、その責を全うしなければならないのだ。
「風は東から3。重力による偏差82、魔法障壁の密度は26です」
隣の観測手から狙撃に必要な情報が伝達された。俺は照準を修正する。そして目を見開いて伯爵の顔を見据えながら引き金を引いた。発砲音が響く。
「やったか?!どうなんだ?!」
俺は観測手に怒鳴りつける。
「やりました!ターゲットの頭にヒット!即死しているはずです!」
俺はそれを聞いて興奮した。それが昂揚なのか動揺なのかわからない。双眼鏡をチェストリグから取り出して俺も城の中庭を見る。伯爵は頭から血を派手にぶちまけて倒れていた。周りの人々の動揺から、彼が死んだことが確実だとわかる。その時だ。ふっと一人の女の子の顔が双眼鏡に映った。その子は伯爵を見てわんわんと泣いていた。その子は伯爵の身体をゆすっている。
「あ…あ」
その涙はジェニファーのような偽物じゃなくて本物だった。それ以上見ていられなかった。
「ジャックポット!撤収だ!」
俺たちは装備を畳みすぐに森の中へと逃げ込む。こうして作戦は成功した。成功してしまったのだ。
王都に帰ってきて、シャワーを浴びる。体についていた泥はすべて流れ落ちた。そして陸軍省から官舎に戻る。部屋に入ると人の気配がした。
「なんでいるんだよ」
「武功を成し遂げた荒ぶる英雄様を慰めるためですわ」
ジェニファーがベットの上にいた。豪奢なレースで飾られた透けた素材のベビードールを着ている。青い瞳は濡れて扇情的に輝いて見えた。豊満な体は薄い生地一つ剥がすだけですぐに触れられる。
「震えているのでしょう。こっちへ」
俺はベットに座る。そしてジェニファーの肩を抱いてその唇を奪う。
「ん…ちゅ…。そう。わたくしを求めてくださいまし」
俺の頭はぐちゃぐちゃだった。敵を倒した達成感?人を殺した罪悪感?この女への憎しみ。女の身体を求める劣情。何もかもがもう区別できない。俺はジェニファーを何度も求め、抱いたのだ。
----作者の一人ごと----
ろりばばびっち。
ジェニファーさんとかいうなんかもうよくわからん怖さのあるキャラが生まれた。
個人的には大満足である。
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