第5話 白日の下に
最近ジェニファーは王都内に部屋を借りた。そこで俺たちは逢引を重ねている。下品な言い方で言えばヤリ部屋。だけど部屋の居心地はとても良かった。ジェニファーが揃えて整えた調度品はいずれも上品なのに暖かみのあるものばかり。それでいて適度な生活感がある。戦争から帰ってきて日常にすんなりと戻ってこれる日常がそこにはあった。俺が任務を終えて部屋にやってきたとき、部屋の中から食欲をそそるいい匂いがした。
「料理したのか?」
「ええ。簡単なものですがお腹は減っているでしょう。でもそんなことよりもただ今の一言の方が欲しかったですわね」
「ここは俺の帰るところじゃない」
「あら。ツンデレですわね。かわいいわ。ふふふ」
俺の些細な抵抗もジェニファーにはかわいいの一言で流される。この女に勝てる気がしない。ふっと気がついたジェニファーはソファーに座って本を読んでいた。
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千の顔をもつ英雄
著:ジョーゼフ・キャンベラ
訳:葉桐 翔斗
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日本語の本だった。それに俺は驚いた。
「お前、日本語出来たのか?」
「あなた方がこちらの世界の言葉を解するように、わたくしがあなた方の言葉を解することに不思議がありますか?」
そう言われるとぐーのねもでない。
「それは俺たちの世界の本だよな?」
「ええ。アメリカの神話学者の大著です。その日本語訳ですわ。何度読んでも発見がある素晴らしい本ですの」
「神話?そんなものを知ってどうするんだよ」
「神話こそ世界の礎。神話を忘れた者に未来はないのですわ」
ジェニファーは本をぱたりと閉じて俺の方へと近づいてきて。キスをしてきた。
「おかえりなさい。さあご飯にしましょう」
ジェニファーはてきぱきと皿を並べて料理をもりつける。それは王族が出すものとは思えないほど素朴な料理だった。だけど一口食べてわかった。とても美味しい。
「なにか言うことはなくて?」
「美味しいよ。うん。とても美味しい」
「そう。それは良かったですわ」
ジェニファーは微笑む。それはとても美しい笑みだった。もしこのシーンだけを切り取れば、俺は彼女に惚れていたかもしれない。だけどこんな家庭的な一面を見せつけられても俺の気は緩まない。たわいもない話をしながら食事をする。そしてお互いにシャワーを浴びてベットに入った。ジェニファーはとても美しい体をしている。そこには興奮と安らぎ。二つの矛盾が両立していた。これできっと男を溺れさせるのだ。ジェニファーは危険な女。抱きながらも頭の片隅にそれは残り続けていた。
久方ぶりに勇者パーティーとの共同任務となった。目標は魔王四天王の一人が現在建設中の砦の強襲とリアクターの破壊。可能であれば四天王の撃破。正直に言って気が進まなかった。
「お前らは下がってろ!お前たちみたいなこそこそネズミみたいに卑怯な手を使うやつらの助けなんていらねぇ!俺たちだけで十分だからな!」
浅見は俺たち特別強襲偵察隊を睨んでいる。俺は肩を竦めた。こんな奴らのお守しながら作戦を遂行するのははっきり言ってめんどくさい。そしてそれは現実のものになる。
「じゃあ砦への侵入路の確保は俺たちが」
「あん?必要ねぇよ!泥棒みたいな真似は勇者にはいらねぇ!」
そう言うと浅見は堂々と砦の正門の前に立ち、剣を振るってビームを出してこれを破壊した。
「あちゃー!くそ!」
もうこの時点で破壊工作なんてできっこないことが確定した。
「ふははは!流石は勇者だ!堂々と入ってくるその度胸あっぱれである!」
破壊された文の向こう側から、煌びやかな鎧を纏ったスケルトンが出てきた。魔王四天王の一人だろう。
「へ!覚悟しろ!この俺たちがお前を倒す!」
「ふははは!なるほど!騎士らしく死合おうではないか!」
そして浅見とスケルトンが戦闘を開始する。ぞろぞろと出てきた雑魚モンスターたちと他の生徒たちも戦い始める。
「たいちょーどうします?かえりますー?」
「そうだなって言いたいけど、仕事なんですわ」
「ですよねー!」
大混戦の中で俺たちは忍び足で砦の中に侵入する。砦の中はもぬけの殻だった。
「あのスケルトン。まじで脳みそねぇな。がらがらじゃねぇか」
全兵力を砦の外に出したようだ。マジでバカ。だけど俺たちは仕事をやりやすい。俺たちはリアクターに向かって真っすぐかける。そして建設中だったリアクターに爆薬を仕掛けてとっとと退散する。そして砦を出て混戦中の戦場を横切って俺たちは全力で走る。
「あ!ハル君!どこ行くの?!敵はまだいっぱいいるよ!」
回復魔法をひたすら全体がかけしていたレナオに見つかったが俺はスルーする。
「任務達成もう帰る!」
そして俺はある程度離れた後にスイッチを取り出してポチっとする。すぐにどかぁんんと轟音が響き火柱が砦から立ち上がる。
「なにぃ!魔導リアクターが爆発したのか?!」
スケルトンさん滅茶苦茶驚いてる。いやいや当然の帰結ですよ。この程度のことを想定できないならば将なんてやめたらいいと思う。そして爆風が混戦中の戦場に向かって吹き荒れる。
「きゃああ!」
レナオも吹っ飛ばされたけど、俺が手を伸ばしてその手を掴み抱き寄せた。他の連中は知らん。勝手に転がれ。
「卑怯者!!神聖なる決闘の裏でこそこそと破壊工作などと!戦士のすることではない!勇者め!この屈辱は二度と忘れんぞ!」
そう言ってスケルトンさんはワープしてどこかへと消え去った。雑魚モンスターたちはあらかた爆風で死んだので残りは俺たちが射殺した。
「はい。にんむかんりょー。かえろかえろ!」
「おいざけんなてめぇ!俺らが戦ってる間に何してんだよ!」
俺は浅見に胸倉を掴まれる。
「俺は俺の任務を果たしただけだ」
「任務は四天王を倒すことだろうが!」
「それは可能であればって条件が付いてたの忘れた?作戦目標は魔導リアクターの破壊が最優先だったんだけど」
「そんなの四天王倒してからお前らがやればいいだけのことだろうが!」
こいつこの戦いが戦争だってわかってないんだな。騎士ごっこ。いやゲーム感覚か。Z世代とやらには恐れ入る。
「喧嘩はやめて!」
レナオが俺と浅見の間に割って入る。
「レナオちゃん!こいつは俺たちの戦いの邪魔をしたんだ!」
「それはそうかもしれないけど。もう敵もいないよ。だからやめよ。ね」
「ちぃ!」
浅見はレナオに惚れてるからすぐに引き下がった。
「ハル君もこういうのはよくないよ」
「連携を先に壊したのは向こうだよ。俺は俺の仕事をしただけだ」
「仲良くやらなきゃだめだよ」
「悪いけど、最初から仲良くなんてないんだよ」
「だからなの…?」
「なにが?」
「あの人のため。王妃様のために戦ってるの?みんなのことを放っておいて」
「ふざけんな!あんなくそばばぁのために誰が戦うもんか!」
俺は心底怒った。怒鳴り声を出したせいでレナオが少し委縮しているのがわかった。
「大声出してすまない。だけど俺はあんな女のために戦ってるつもりはないから」
俺はレナオから離れて特別強襲偵察隊と共に帰路についた。振り返るつもりはない。俺とレナオはとうの昔に道が別たれているのだから。
「やっぱりあの女のせいなんだ」
ジェニファーの待つ部屋に戻ると彼女が玄関先で出迎えてきた。
「おかえりなさい」
「…ただいま」
俺はジェニファーにキスをする。そしてそのままその場で彼女を押し倒した。
「あら。ごーいん。いいですわ。荒ぶっておいででしょう。ぶつけて。全部受け止めますわ」
ジェニファーの服を無理やり剥がしていく。そして彼女を思い切り抱いた。その日は朝まで彼女を抱き続けたのだった。
「やっぱり。私あなたを助けるよ。そしてあなたを必ず取り戻してみせる」
最近監視されているような気がした。ジェニファーにもそう言ったのだが、取り合ってはくれなかった。
「夫は隣国に外交で旅立ちましたわ。有給お取りなさいな」
ジェニファーにそう言われて俺は有給を取った。俺たちは王都近くの温泉街に旅行に行くことにした。二人きりの旅行。
「いけないことしてるみたいで楽しいですわね」
いけないことしてるんだよ。言葉を飲み込む。俺たちは温泉街のホテルの一室を取ってそこで過ごすことになった。財力で貸し切った風呂に二人で入り体を互いに洗い合った。抱き合いながら湯につかりキスをする。そして部屋に帰ればベットの上で交わり続ける。そんな堕落した日々。だけどそれは唐突に壊れた。
「いいの!あ!ん!ああ!」
俺の腕の中でジェニファーが喘いでいる。その嬌声はとても甘くて男の本能を高ぶらせる。そろそろ俺も果てそう。そんなときだった。部屋のドアがバタンと開かれた。そして入ってきたのは二人の騎士と国王、そしてレナオだった。
「ごらんください陛下。私の言った通りでしょう」
レナオは得意げな笑みでジェニファーを睨んでいる。
「信じたくなかった…ジェニファー…なぜ…私を裏切ったのだ…」
不倫がバレれてしまった。俺は一瞬で血の気が失せた。だけどジェニファーはまだ俺の腕の中で笑っていた。こんなときどう振舞えばいい?どうすればいいんだ。俺は何をすればいいのかわからなかった。
「そうだ。何かの間違いだ。ジェニファー、その者に脅されているのではないのか?」
国王は現実逃避をしようとしている。いやな予感がした。このままジェニファーが「レイプされて脅されてて仕方なく付き合わされていた」なんて言った日には俺だけが加害者になる。あとは首刎ねられてゲームオーバー。
「あの。国王陛下。これについては俺は」
「お前には何も聞いていない!」
国王は大声で怒鳴った。俺はそれ以上何も言えなかった。そしてジェニファーは俺の腕の中から出て、シーツを体に巻き付けて国王の方へと歩いていく。
「ジェニファー。言ってくれ。何か事情があるのだろう。こんなことはお前のような優しい女が望むことではないはずだ」
見てられない。国王はジェニファーを本気で愛している。だから彼女が悪くない証拠を探しているんだ。ジェニファーは国王の前に立つ。
「ランス。あなたが求める言葉とわたくしが欲しいモノは違うのですわ」
国王の名を呼んで、ジェニファーは近くの騎士の腰の剣を抜いて、国王の目の前の床に突き刺した。
「ランス。あなたの妻は不貞を働きました。罪には罰を。淫らな女には躾が必要なのですわ。男を見せてランス」
淫靡に微笑みながらジェニファーは両手を広げる。あのままでは斬られてしまう。だが国王は手を震わせているだけだった。
「ジェニファー。違う。私はお前を罰する気などないのだ」
「ランス。わたくしに愛されたいのでしょう?なら男を見せて頂戴」
国王は震えた手で剣に手を伸ばす。だけどその剣を抜くことは彼にはできなかった。国王はそのばで蹲り大声で泣き始める。
「ああ。ランス。女一人斬れないなんて、つまらないですわ。情けない男」
ジェニファーは心底つまらなそうにそう言った。
「なんなの。なんのよこれぇ!」
レナオが叫ぶ。怒り狂った様子が見ていて痛々しい。
「普通こんなことになったら泣きわめくのが女じゃないの!?ぴぃぴぃぶざまに泣いて許しを請いてでも許されなくて後悔するんでしょう!なんでなの!なんなのあなたは!なんで堂々としているの!悪いことしてるのに!なんで!なんでぇ!!」
まともじゃない。ジェニファーは夫にバレても泣きわめきもせず許しも請わず。むしろ逆に夫を打ちのめしてしまった。俺には彼女の底の深さがわからない。その闇の深さが。
「そうだ。そうだ!騎士たちよ!あの男を殺せ!あいつが全部悪いんだ!あいつを殺せぇええ!」
国王は取り乱しながら騎士たちに命令を下す。だけど騎士たちもおろおろするばかりだ。一応剣を抜いて俺に近づいてくる。だがジェニファーが俺の背中に抱き着きながら一言こういった。
「ランス。憐れなランス。いまこの子を殺せば、わたくしの中でこの子はきっと永遠に光り輝くおもいでとなってしまうでしょうね。ああ。わたくしはきっとこの子の美しさに永遠に囚われ続けるのでしょう」
それを聞いた国王は狂ったように叫ぶ。
「うあああああああああああああ!!やめてくれ!やめてくれ!ジェニファー!私はお前を愛してるんだ!その男は殺さない!だからやめてくれぇ!!」
騎士たちは国王を哀れみの目で見ながら剣を納める。
「だがその男がお前の近くにいるのは耐えられない!追放だ!ジェニファー!お前には私がいるんだ!だからそんな男はいらないんだ!だから追放だ!追放させてくれえええええええ!」
「ああ。ランス。なんて可哀そう。そんなことしかできないなんて、弱い男ですわね」
騎士たちが俺の両手を掴む。
「服くらい着させろ」
俺は騎士たちの手を振りほどいて近くに落ちていた服に着替える。そして俺は騎士たちに連行されていった。部屋を出る瞬間レナオとすれ違った。彼女は絶望にも嫉妬にも似た名伏し難い顔をしていた。俺はそっと目を反らす。こうして俺は追放されることが決定した。
----作者のひとり言----
1 勝手に私設部隊を作って勇者たちを差し置いて独断専行で抜け駆けして敵幹部を暗殺
2 王妃に手を出したあげく色々政治的便宜を図ってもらう。
3 政治的弾圧、他国でのテロリズムなどを主導する。
4 勇者を囮にして敵施設を破壊し武勲をゲット
5 王妃様と不倫旅行がバレる。
あれ?ハルトキ君って客観的にみると追放されても仕方がない奴じゃね?
そんな男に身体だけでなく権力や財布まで使われてたジェニファーさまが悲劇過ぎるよ!可哀そう(ノД`)・゜・。
可哀そうはかわいいなので、ジェニファーさんはヒロイン。いいね?
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