第15話 人を認めるということ
そこまでかっこつけておいて、渡部は、一歩下がった。
下がって、背後に控えていた部下に言った。
「後は任せたぞ」
「へーい」
部下が持っているのは木製の弩だった。他に、木製のパチンコを持った男どもがサラーム達の方に攻撃を開始する。
一斉に、手持ちの石や砂利を、サラームの方へ射撃した。
サラームは、先ほど、電気で奪い取った刀を手に取ると、それら全てを弾き飛ばした。凄い技術だった。元々、暗殺者に狙われる人生だったサラームは、刀剣のスキルも並外れているのだ。
だが、それも、自分一人ならともかく、萌子達を連れていれば、どこかで隙は出来てしまうだろう。
「どこか隠れる場所だけでもあれば……」
澄香がそういうが、完全に取り囲まれてしまって、どうしようもない。
「わかりました。澄香様。一か八か……」
萌子は、着物の懐を探ると、小型のスマホを取り出した。
ぎょっとする渡部達。
しかも萌子は、電話帳も開かずに、どこかに電話をかけたのだった。
「は!?」
暗記している電話番号があるのだろう。それは通常、家族など、よほど親しい人間に限られる。そして彼女の家族は中町奉行。
「悪い? スマホ、緊急通報用も持っていたのよ」
そのときになって、石弓から発射された小石が、萌子の腕からスマホを弾き飛ばした。
手に石をぶち当てられた萌子は、咄嗟にスマホを取ろうとするが痺れて動かない。はじかれ、地面に落ちたスマホを取ろうとする下っ端達。
だが、間一髪、サラームがスマホを拾い上げた。
だが、画面は完全に割れていて、使えそうもない。
サラームに、木刀で斬りかかってくる手下。
サラームは相手を峰打ちにして気絶させた。
「今更無駄よ。父に連絡したわ。スマホのGPSから探知して、奉行所の人間が、すぐにあなたたちを取り押さえに来る。……まだ、私たちを捕らえようとかする気?」
一か八か。
スマホで居場所を見つけられたとしても、ここで、数では上回っている早田屋を刺激したとして、逆ギレさせては……。最悪、自分か澄香を人質に取られては、どうなるかわからないのだ。
「そういうことか」
サラームは、右手でイヤリングを軽く撫でながら呟いた。
リン=アクセサリ。
仮に、スマホのGPSが破壊されていたとしても、奴隷は主にアクセサリで常に位置を確認されている。兼久は、サラームの居場所をいつでも魔法で確かめる事が出来る。早田屋に自分がいることがわかって、事態のからくりに気づかない人間が奉行をしている訳がない。
「そういうことか?」
イサキスーツの渡部は不敵に笑うと、案の定、こう言い放った。
「それなら、証拠隠滅といかせてもらうぜ!!」
そう怒鳴ると、渡部は一目散に後ろに走った。
そうして、裏庭の水道に繋がっているホースを持ってきた。
ゴムスーツの彼はかまわなかったかもしれない。
だが、次の瞬間、阿鼻叫喚が巻き起こった。
誰にでも彼にでも、どこにでも、渡部はホースで水をぶっかけ始めたのである。
「ぎゃあああ! ひゃっこい!!」
「渡部さん、ご勘弁を!!」
もちろん、サラーム達の方にもホースから水を思い切り放射してきた。
逃げようにもどうしようもない。水をかぶってしまう三人。
「どうだ。サラーム。迂闊に電気を使えば、お嬢ちゃん達を感電させてしまうぞ。派手に電気を使えば使うほど、危険が高まるぜ」
「…………」
さすがに、サラームは不利を悟った。だが、とにかく、奉行所がここに到着するまで、時間を稼げばいい。萌子達を守って。
「オラァッ!! 大人しくしやがれ!!」
苛立った手下達が、一斉に、木製の棍棒や木刀を持ってサラームに迫ってきた。
水をぶっかけたのは渡部なのだが、彼らの頭の中では、面倒くさい奴隷どもが抵抗するので自分たちが水をかぶったという事になっていた。
そのため、寒いはずなのに体はよく動き、怒りにまかせた一撃が何度も迫ってくる。
サラームは、刀を持ったまま、不利な状態で萌子達をかばった。
ただでさえ、薬物反応が出ていてふらついていた萌子達は、晩秋の夕暮れに頭から水をぶっかけられ、体がかじかんでろくに動かない。
「澄香様、父が来るまでの辛抱です!」
「父……上……」
そろそろ、澄香は意識がもうろうとしてきているらしい。
「澄香様!」
澄香が気絶しないように支えながら、萌子は必死に彼女に声をかけ続けた。
そのとき。
ピキキ……というような音がした。
極端な冷気。
ものすごい寒さが、足下を襲ってくる。まるで大地全体から、冷たい空気が吹き上げてくるような。
そして、ほとんど魔法のように……
裏庭の地面の水が、凍り付いていった。
あっという間に。
大量にばらまかれていた水が、全て、凍り付き--青白い氷となって辺りを覆い尽くした。
氷は、氷点下70度以下にならなければ、通電しない。
それを知らないサラームではない。
だが、何が起こったかと、思わず辺りを見回してしまう。
「澄香ぁっ!! 無事かっ!!」
塀のあたりから声がした。
振り返ると、塀をよじ登ってきた、抱き楓紋の壮年の男がいた。
大浦晴季その人である。
彼は行儀悪く、閉ざされた裏門ではなく塀を登って、そのまま、地面の上に飛び降りてきた。
「父上……? わ、私……は、無事……」
「澄香!!」
呆気に取られている一同を尻目に、晴季はまっしぐらに澄香に駆け寄った。
「何言ってるんだ。そんな顔色で! だから、日頃から娘は出歩くなと、芝居見物はほどほどにしろと、あれほど言ってるだろう」
いきなり愛娘に小言を始める大名。
「どっから出てきやがったっ!!」
そのとき、店の裏の雨戸が大きく開かれて、影から様子を見ていたらしい、杉原が裏庭に飛び出てきた。
「どこから出てきたんだ。き、貴様っ……」
長年の夢。大浦家の主である父娘を逆恨みしてきた杉原は、今こそ遺恨(?)を晴らす時と思って雨戸の影でほくそ笑んでいたのだが、これでは全くうまくいかない。
「お前がどこにいるんだよ」
晴季は、ナチュラルにそう言い返した。
「津軽にいるはずの、貴様がなんでッ……」
「お前のスマホのGPSをハッキングした」
晴季はあっさりと、杉原にそれを教えてしまった。
「お父様!?」
澄香が物騒な言葉に反応する。
「……というか、させた。澄香がいないのに、上屋敷にお前がいない。澄香の事を何か知らないのかと思って、電話をかけても杉原が出てこない。だから、部下にハッキングさせた。すまんな。そうしたら、何故か奴隷商人のところにいる。うちは、大名家の名もあるし、奴隷商人の知り合いはいないはずなんだがな、なんだこれは。杉原」
「だ、だから……き、貴様は、津軽にっ……」
「澄香が拉致されたのが何時間前だと思ってるんだ。一番早い新幹線に乗って、津軽の部下にハッキングさせて、情報はスマホで拾っていたんだよ。それよりこの場合、質問は俺の方からするものじゃないか?」
「……」
「何やってんだ、杉原」
考えてみれば、当たり前すぎる、娘を拉致された父親の反応である。
澄香は感動したのか、萌子の支えから晴季の腕にすがりついている。
サラームは、事情はわかったが、冷気の事だけ説明がつかず、きょとんとして晴季の方を見た。晴季は、サラームの視線に気がついて、にやりと笑った。
「き、貴様っ、前から俺の事を疑っていただろう!」
杉原は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「? 何の話だ」
とぼけているのか天然なのか、訳がわからない晴季である。
「くそっ……貴様らっ……やってしまえ!!」
杉原の命令で、手下達は、一斉に、奇声をあげながら絶縁体の獲物で襲いかかってくる。
「出会え、出会えーっ!!」
渡部も杉原も大声を上げ、とにかく手下を呼んだ。
「何だあの、変態スーツ?」
ぽろっと晴季がそう言った。
「サラームさんが、電撃の力を持っているんです」
澄香が、晴季の後ろに控えながらそう教えた。
「……なるほど。おい、サラームとか。俺の特技は、水と冷気攻撃だ。水を使うのはやめとくから、冷気を使う。行くぞ」
「わかりました」
サラームはよい返事をして、萌子の事を振り返った。萌子は水と冷気で震えている。サラームは邪魔な羽織を脱いで、萌子の肩にかけてやった。同じ事を、晴季が澄香にしている。
「ちょっとだけ、我慢してくれ。すぐ病院に連れて行ってやるから」
晴季がそう言い聞かせると、澄香は素直に頷いた。
「行くぞ、杉原!」
晴季は、娘達をいたわったようだった。
上空に冷気を放出していく。
数メートル上の空間に、何本もの巨大氷柱が生まれた。
氷柱は即座に落下する。
杉原の周りに、円陣を描いて。
たちまち、杉原は、氷柱の檻の中に閉じ込められ、寒い中、全く身動きが出来なくなった。
続いて、渡部に向き直り、同じ事をしようとした時--
渡部が、数人の手下を連れてサラームに連続攻撃を与えようとした。
サラームは、まず、刀を手に取って渡部のイサキスーツを切り裂いた。
刀に対して、ゴムハンマーではどうしようもない。
ゴムハンマーはあっさり柄から切り落とされ、スーツもズタズタに切り裂かれる。
そこに、サラームは、大気中に遠慮なく電撃を放った。奴隷商人達は全員、その場に、感電ショックで倒れ伏した。
「杉原!!」
晴季は、その手下達が取り落とした棍棒を手に取ると、自分の作った氷柱の檻の方へ走り寄った。
「反省、しろ!!」
杉原の脳天に、棍棒が振り下ろされる。杉原は物も言わずにその場で、後ろに向かって倒れ、さらに氷柱に頭をぶつけてひっくり返った。
「大浦様。萌子ちゃんが、さっき、奉行所に通報しています。すぐに役人が来るでしょう。あんまり折檻が酷いと……」
「あ、そうか。そうだな、仕方ねえなあ……」
サラームの言葉に、晴季はざっくばらんにそう応えると、棍棒をそこにおいて、澄香の方へ向かった。
「さあ、澄香。大丈夫か? もう少しで家に帰られるからな。その前に、病院だ」
晴季が澄香の肩を抱くようにして、裏門の方へ歩いて行く。
サラームも、萌子を連れて晴季の後をついていった。
「大浦の車二台で来たんだが、この辺り、俺も初めてで土地勘がなくてな。裏門の方についちまったんだよ」
「……作戦とかじゃなかったんですか?」
「ああ。裏門からインターホンを鳴らしたんだが、誰も出ない。だが何やら騒ぎの声はするし、澄香の声もするし。なんだと思って塀を登ったら、お前達がいた」
そう言って、裏門に下ろされていた錠を外す晴季だった。サラームもそれを手伝った。
実際に、黒塗りの高級車が二台とまっており、晴季が出てくると、護衛らしき男達が出てきた。
「殿、大丈夫ですか?」
「ああ、俺は全然平気だ。それより、車の鍵を貸してくれ」
晴季はすぐに自分の車に向かい、暖房を入れ、凍えて声も出ない澄香を助手席に乗せた。
萌子が、近くの自販に駆け寄り、暖かいお茶のペットボトルを買ってきて、澄香に手渡した。
「ありがとう、萌子さん……」
細い指先でペットボトルの温かさを確かめ、澄香は、微笑んだ。
「今日はとんでもない事になっちゃったわね。ごめんなさいね。今度、仕切り直しましょう。次は、もっと楽しく……」
「はい。澄香様。澄香様が悪い訳じゃないんだから……あまり、ご自分を責めないでください」
萌子はしっかりとそう答えたのだった。
「ありがとう、萌子ちゃんだったか」
晴季の方も礼を言った。
「萌子お嬢ちゃんは大丈夫か? 杉原達の事は、俺が福田どのに話す。後処理は任せろ。澄香も相当参っているようだが、お嬢ちゃんも、あんまりこんなところにいない方がいい」
萌子は、軽く眉をひそめた。晴季がそこまで言ってくれるのはどういうわけだろう。
晴季は、サラームの方に向き直った。
「お前、ただの護衛の奴隷じゃないだろう」
「……」
ばれないわけがない。……普通の奴隷は、ここまで「使える」ことはない。
「お嬢ちゃんを連れて、早く、ここから離れた方がいい。お前がやったんじゃなく、俺が無礼打ちにした事にしておく」
晴季は、サラームに、部下の車の鍵を渡した。
「……ありがとうございます!」
サラームは腹の底から返事をした。礼を言った。萌子も。
たとえ、身分にふさわしくなくても。
奴隷相手に、ここまで配慮出来る大名が、この国に何人いるだろうか。
自分も、シークの息子として、様々な人と関わり、様々な仕事をしてきたが、ここまでしたことがあっただろうか。
そういうことが脳裏を巡る。サラームは、初めてと言っていいぐらい、「豊葦原に来てよかった……」と思った。
萌子は、兼久だったらどうしただろうと思った。奉行である分、彼の方が制約が多いだろう。だが、父も同じように振る舞っただろうと思った。そして、父に、よき友人がいることを、本当に、嬉しく思ったのだった。
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