第14話 イサキぃぃ!! 禁止
その後、杉原は、頭が悪くなるような演説を行った。
聞いていたら、胸が悪くなるというよりも、頭が悪くなりそうな内容の、歌舞伎と歌舞伎俳優とそれにはまる女性への非難の演説を行った。
まともな人間だったら聞いてるだけで具合が悪くなっただろう。
実際に、集中攻撃を受けた澄香は、どんどん顔色が悪くなってぐったりしていったし、それで萌子が、話を何とか打ち切ろうと、切り上げたが、それでもしつこく粘着して、澄香を責め立てたのだった。
「何よあんた。杉原とか言ったわね。つまり、澄香様が嫌いなんでしょう」
「誰だって、こんな腐った根性の淫婦を好きになるわけがない!」
「私は好きよ」
「なんだと、この……」
「嫌いなら関わらなきゃいいじゃないの。用もないのにこっちに話しかけないで!」
そこまで言われているのに杉原はしつこく、顔色の悪い澄香に粘着攻撃をしようとする。萌子がかばうのが、余計、面白くないらしい。
そうこうしているうちに、元から眠り薬を吸わされて、副作用が出ていた澄香はすっかり元気を失って、檻の柱に寄りかかりながら、今にも気絶しそうな風情になってしまった。演技しているようには見えない。本当に顔色が悪く、額には脂汗がにじんでいた。
「澄香様、大丈夫ですか!」
そのことに気がついた萌子は、檻の中、ぎりぎりにまで近寄りながらそう尋ねた。
萌子も、正直、まだ頭がふらつくし、体に力が入らなくて辛かった。
「大丈夫。ちょっとふらつくだけよ」
澄香はか細い声でそう答えた。
ただでさえ妙な薬を嗅がされ、拉致されて檻の中に突っ込まれているところに、あんな頭が悪くなるような演説を食らったら誰だって、そうなるだろう。萌子だって気分が悪いが、澄香ほど薬物反応は出なかっただけらしい。
「お医者様を呼んで!」
澄香の様子を見て、思わず萌子はそう叫んで男達を振り返った。
「澄香様のご様子がおかしいわ。お医者様を呼んでよ」
すると、青バンダナの商人が冷たく言い放った。
「奴隷の分際で医者がいるか!」
「はあっ? 奴隷……!?」
「お前、さっきの話を聞いていたんだろう。お前ら×××たちはな、これから海賊に売り飛ばされて、そこから慰み者の奴隷として売られていくんだよ! そんなのに、イチイチ高い金出して、医者なんか呼んでられるか。それにどうせ、仮病だろう!」
「法律違反じゃないの!」
鋭く萌子は言い返した。
「奴隷法も何もあったものじゃないわね。豊葦原には法があるのよ。それに逆らったあんたらなんか、すぐに捕まるわ」
「おや~? お奉行様の娘は強気ですね~??」
まるで草でも生やしそうな声を立てて笑う青バンダナの男。
それに合わせて杉原も、恐らく、自分が言っていて楽しいのだろう。性的で下劣な単語を羅列しているような口調で、萌子の事を怒鳴りつけ始めた。手下の長川も一緒だ。何やらへりくつをこねている。
もちろんそれは澄香にも聞こえている。聞いてるだけで辛いらしく、柱にもたれかかりながら、青ざめた顔をしていた。
萌子は冷め切った顔で男達をにらみつけた。
「なんだその顔は! 可愛くないぞ!!」
「可愛くない? あなたたちは、それで可愛いつもりなの?」
「減らず口をきくなっ!!」
杉原が、檻の柱を掴んで揺すぶった。まるで萌子を殴るような仕草だ。
そのとき、電気が消えた。
蔵の中が、完全に真っ暗になった。--懐中電灯の電気すらも消えた。
悲鳴をあげ、うろたえたのは、男達の方だった。
萌子は表面だけでも平常心を持って、辺りを見回した。
澄香の事が心配だった。澄香は悲鳴をあげる元気もないのかもしれない。
だが、完全な暗闇の中では身動きが出来ず、身を竦めて辺りに光がつくのを待った。
「なんだ、停電か……?」
杉原も大声で言う。だが、それならどうして、手持ちの懐中電灯の電気まで消えたのかがわからない。
音もなく--。
音もなく、暗闇の中を、濃い影が忍び寄る。
「ギャッ!!」
そんな声を残して、杉原が倒れた。
萌子が目を見開いた。
萌子の栗色の目に、一瞬だけ、閃く電撃が見えた。
そう。ほんの一瞬だけ。
「グアッ!!」
「ひいっ!!」
そんな声とともに、人が倒れる音がした。
萌子には何がなんだかわからない。檻の片隅に近づいていって、息を潜めていると、いきなり電気がついた。
檻の真正面に、浅黒い肌に黒髪、黒い着物にクーフィーヤの青年が立っていた。
足下には三人の男が泡を吹いて転がっている。
「サラーム!」
「萌子ちゃん!」
二人は柵ごしに飛びつき合った。
「サラーム、どうやってここまで来たの?」
「騒がないで。萌子ちゃん、可愛そうに、こんなところに入れられて。……今、鍵を開けるから」
サラームは、転がっている男達の懐を探り、青バンダナの男から檻の鍵を見つけると取り上げた。
そして素早く、萌子の檻の鍵を開ける。
「サラーム。澄香様を。……澄香様、かなり具合が悪いみたいなの」
「具合?」
「私たち、変な薬を嗅がされたのよ。多分、その悪影響で」
「薬か。……わかった」
サラームは手早く、澄香の檻の鍵を開けた。澄香はぐったりと柵の柱にもたれかかって、しんどそうな表情をしている。
「澄香様!」
萌子は檻の中に飛び込んで行き、澄香の体を支えようとした。
澄香は状況は理解出来ているらしく、自分でも必死に身を起こそうとする。
「さあ、急いで。逃げ切るぞ」
サラームは、萌子とともに澄香を助け起こし、自分が先頭に立って檻を出ると、蔵の出口に向かった。
萌子は澄香に肩を貸しながら、急ぎ足で歩いた。澄香も懸命に歩くが、時々、大きくよろけそうになっている。
「歩けるか?」
「はい」
サラームの問いに、澄香は気丈な様子を見せている。
「澄香様、私にしっかり捕まってください。絶対、サラームと一緒に、ここを脱出しましょう」
「そうね。頑張るわ」
萌子の言葉に、澄香はそれこそしっかりと頷いていた。
サラームが蔵の戸を開け、周囲を窺ってから慎重に外に出た。
澄香をかばう萌子が後に続く。
蔵の正面は、びっくりするような見事な夕陽だった。
巨大な太陽が都会のビルの谷間に沈んでいく光景。
暗闇から外に出て、一瞬、目がまぶしくなるが、そこにかまってはいられない。萌子は澄香を連れて、サラームの後をついていく。
晩秋の夕闇の時刻。視界はそれほどよくはない。……どこからともなく、虫の声が聞こえていた。
サラームは、タクシーを降りた後、遁甲の術で塀をよじ登って侵入したのだが、その際に、早田屋の裏庭に面した裏門を確認していた。幸い、蔵からはそれほど遠くない。裏庭をこっそり通り抜けて、裏門から出ることにする。
「澄香様、体が酷かったらすぐ仰ってください」
萌子同様、澄香をいたわりながらサラームは辺りを見回し、裏門へと急いだ。
一方。
早田屋の奴隷商人、渡部は、澄香の顔を見に行くと言った杉原が、いつまで経っても店の方に戻ってこないので不審に思った。
裏庭を裏門の方に抜けようとするサラームとは、蔵を挟んで逆方向に店の建物がある。その店の裏口から出て、渡部はまっすぐに蔵に向かった。
サラームはそれに気づいていない。
渡部は蔵に入ってすぐに異変に気づいた。
娘達を突っ込んでいた檻の中はカラッポで、男達は三人とも床に伸びている。
口から泡を吹いて、白眼を剥いていた。
「す、杉原様! ど、どうすれば……!!」
渡部は杉原に駆け寄って、左胸に触り、心音を確かめた。杉原は命に別状はないようだった。
「うう……渡部……」
「へい、何があったんですか?」
杉原は、渡部に揺すぶられて意識を回復したようだった。乱暴な仕草で渡部を押しのけて身を起こす。
そして、目の前のカラッポの檻を見て驚愕の声を上げた。
「な、なんだ。何故、娘達がいないッ!」
「俺が来た時にはもう、誰もいませんでした」
渡部が素直にそう答えると、腹立たしそうに杉原は渡部の頭を叩いた。
そして、その場にだらしなく寝転がっている長川と青バンダナの男に蹴りを入れて起こす。
「賊が入って、娘達を盗み出した。お前ら、すぐに探してこい! 見つけられなければ、飯抜きで殺してやる!!」
そんなことを大声でわめき、さらに杉原は蛮声としか言いようのない雄叫びを上げた。
「出会え! 出会え! 曲者だぁあっ!!」
賊だの、曲者だのと言われる筋合いのないサラームだったが、そんな雄叫びをあげられたらどうしたって聞こえてしまう。
すぐにも、裏門から抜け出たかったが、澄香が走る事も出来ない状態だった。萌子が物陰を探して辺りを見回す。
そうしている間にも、杉原の大蛮声のために、店の方から奴隷商人の雇い人達が走り寄ってきた。
どの人間も動きやすそうな軽装で、中には帯刀している者もいた。
「ど、どうしよう。サラーム!」
萌子は澄香を支えながら、彼を頼った。
「仕方ない……」
サラームは、クーフィーヤを調整して顔を隠すと、走り寄ってくる雇い人達に向かった。
「死にたくないなら、下がってろ」
低い声で男達に言い放つサラーム。
「なんだと!」
途端に--。
大気中に、電撃が走った。サラームにしては力を弱めた微弱な電流である。だが、それは、雇い人達全員を、感電させ、目くらましを入れるのには十分だった。
「ギャアッ!!」
先ほどの杉原と同じような声を立て、雇い人達のほとんどが地面にひっくり返った。
「な、何これ!?」
驚いたのは萌子と澄香である。
目の前で突如、電光が閃いたかと思ったら、人が次々と倒れていったのである。
「……驚かせてすまない。説明は後でする。急ごう」
サラームは、萌子達にそう告げると、裏門の方に向かおうとした。
「待てぇっ!!」
しかし、さすがに、帯刀している男達は、よろよろと身を起こして、怒声をあげると刀を抜いて迫ってきた。
騒ぎを聞いて、サラーム達の前方……つまり反対側からも下っ端達が手に手に獲物を持って駆け寄ってくる。
地理的に、サラーム達は挟み撃ちにされた。
「萌子ちゃん、何があっても俺から離れないで。澄香様を、頼む」
緊張して震える萌子に、サラームは優しく言い聞かせた。
「うん……」
顔面蒼白の澄香を支えながら、萌子はサラームに頷く。
サラームは男達が持ってきた獲物が金属であることを見て取ると、また、大気中に電撃を解き放った。
たちまち帯電していく刀をはじめとする刃物。
「ウァッ!?」
中には刀から感電してしまい、手から獲物を取り落とす男もいる。
そうでなくても、サラームは金属の武器たちに電撃を帯びさせ、その電気を操る事で男達からそれらをもぎ取った。
そのまま金属の武器をこちらに、空気中を移動させ、自分の後ろの地面に次々と突き刺していく。
「な、何だ、お前……?」
「見ての通りの者だ」
サラームはクーフィーヤで顔を隠したままそう言った。どう見ても、着物にアラブ風衣装の不審者にしか見えないのだが。
「サラーム、あなた、もしかして……」
「……萌子ちゃん。説明なら、後でする」
だが、萌子はもう、大体の事はわかっていた。
サラームは、「電気」を操る魔法使いだ。この世界には、まだまだ数々の魔法が存在する。サラームがどうやってその力を身につけたかは、わからないが、彼がこの場面で平静さを保てるのは、その魔法と能力に対する自信があるからなのだろう。
辛そうな表情の澄香も、それを感じ取っているようだ。
サラームは再び、電撃を使おうと、一歩前に出た。
その分、後ずさりをする奴隷商人の下っ端達。
「ここを黙って通してくれ。危害を与えたくない」
サラームは数々の金属の武器を背景にそう言った。
下っ端達は、顔に脂汗をにじませながら、それでも、じりじりとサラームに近づいてくる。前後から、半円を描くように仲間の輪を広げ、サラームや萌子達を取り囲んでいる。
早田屋が違法である秘密を知られてしまったので、自分たちの生活が危うい、それなら口封じするしかないということらしい。
「サラーム! そこまでにしろ!!」
そのとき、奴隷商人の声が響き渡った。下っ端達をかき分けながら進んできたのは……なんとも言いがたい格好をした、渡部だった。
「?」
萌子が素っ頓狂な格好に唖然としている。
萌子から見ると、それは
(イサキを捕りに行く時の格好……?)
に、見えた。
つまり、潜水スーツ。ゴムの潜水スーツに全身着替えて、両手に、ゴムのハンマーを持っている。
「…………」
言いたい事はわかる。
電気にはゴム。間違ってはいない。それで、晩秋の裏庭に「イサキを捕りに行く潜水スーツにゴムハンマーで決戦に挑みました!」ということ……になる。
サラームの方は真面目な顔だ。実際に、電気を通しづらい材質の服で固められたら、彼にとっては不利である。
そのとき、具合が悪くて立ってるのもやっとだった澄香が萌子に尋ねた。
「萌子さん、あれ、なあに?」
「さあ……なんでしょう……?」
萌子は、ここで笑ったら相手に悪いと思って必死に口の中をかみながら、澄香に答えた。澄香の方は本当に、なんでイサキスーツがここにいるのかわからないらしい。
「絶縁体のスーツが欲しかったのよね、きっと。セラミックやプラスチックで新開発のもっといいものがあるはずなんだけど……」
「うるさいッ! お大名ならそういうつきあいもあるんだろうが、我々は海賊と取引している商人なんだ!! このゴムスーツだって手に入れるのにどれだけ手間暇かかった事か!!」
生まれも育ちも大名家の澄香にはあまり想像が及ばなかったらしいが、奴隷商人達も、そこそこ苦労して、電気を操るサラームを捕らえるために装備は調えたらしいのだ。
「海賊からもらったの?」
萌子は変な事を気にして聞いている。
「いやそこは、そこらの漁師をカツアゲして」
ノリがいいのかなんなのか、渡部は正直に答えたのだった。
「カツアゲをしている場合か。……つまり、電気が苦手だから悪知恵を働かせて市民に迷惑をかけたということなんだな?」
「そうだ!」
早田屋は叫んだ。
「そもそも、お前が電撃で俺たちに反抗してくるのが悪いッ! 奴隷としてとっ捕まったのならそれらしく振る舞いやがれッ! ましてせっかく見つけた別嬪の商品を連れだそうなどとフテエ野郎だ!! ぶっ倒してお前ら全員、檻の中にぶっこんでやるッ!!」
両手のゴムのハンマーを振り回して怒鳴り散らし、最終的に腕を交差させて特撮のようなポーズを取る渡部。
ノリがいいのはわかるが、サラームの方はどうにも突っ込みづらく、萌子も澄香も、いじりづらくて辛かった。
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