第6話 探索中

 いきなり、大名屋敷で私腹を肥やす悪代官(?)に遭遇したサラーム。

 しかし彼は物音を立てたり姿を現したり出来る立場ではないので、黙って、杉原に心の中でツッコミを入れるだけにとどめておいた。


 ツッコミどころはさらに出てきた。

 次に侍が、尋ねられて、飛び出た言葉がこうだったのだ。


「杉原様がごひいきの奴隷商人の”早田そうだ”屋が、何やら賊ともめ事を起こしたとかで」

 冷や汗を拭いながら若侍が答えた。

 サラームの方も汗をかきそうになってきた。


(早田?)

 実は萌子は流れの上で店も名前も気にしていなかったようだが、早田屋こそが、サラームを違法売買した商人なのである。そこと大浦家の杉原がどういうつながりがあるのかさっぱりわからず、サラームはただ聞き耳を立ててその場に立ち尽くした。


(賊ともめ事を起こしただと?)

 賊とは、色々想像するに、海賊の事ではないだろうか。豊葦原を目指したサラームを捕らえた海賊……。

 サラームは息を止めるようにして、杉原と若侍の様子をうかがうのだった。



 杉原すぎはらの幼名は勘太郎かんたろうと言う。元服して杉原隆晃すぎはらたかあきを名乗るようになった。

 数十年前となる、子どもの頃のあだ名は「スギカン」。……まあそれはいい。


 灯京都の遙か北方にある大浦藩で、津軽の風物を見た事があるのが祖父の代。その祖父が、最初に、灯京都にある上屋敷の家老となり、その後、父、隆晃と家老職を継いだ。


 年の半分は大浦藩に帰っている主君の大浦晴季とは違い、ずっとこの上屋敷で財政も何もかも取り仕切れるようになったのは、祖父の代から積んできた信用という財産があるからである。

 実際に、この大浦の上屋敷の事で、隆晃が把握していない事などないと思う。

 それは、灯京都の大学を目指した、晴季の娘の澄香が、おととしからこの上屋敷の女主人として暮らすようになっても同じ事であった。実際に、澄香は才媛として誉れが高く、北方の田舎の地に埋もれさせておくのは惜しいと、晴季が一番名高い国立大学を目指させ

たのだ。

 そうして、実際に、澄香は父親の期待にこたえて結果を出し、現在、偏差値最高の大学で国文学の研究しながら学生生活を満喫している。

 その彼女が、今の隆晃の目の上のたんこぶであった。


 少なくとも、澄香が正統な女主人である限りは、隆晃は上屋敷を好き勝手に取り仕切る事は出来ないのである……それは、二重帳簿の秘密を厳重に守らなければならないし、他にも、自分の利殖を増やすためにモラルのない商人達と頻繁にあったり契約したりは出来ないということで、隆晃にとってはまともな理由で彼女を嫌っていた。


 しかも、澄香がここにいると、大浦藩にいなければならないはずの晴季が頻繁に上屋敷にやってくる。時には、正妻の夏香を連れて。夏香は、澄香に似て利発でハキハキした性格で、出しゃばる事は決してないが、賢いし無責任な仕事はしない女性なので(そうでなければ大名の正妻など勤まらないのだが)、これまた隆晃にとっては難物であった。


 藩主であり、一人娘の澄香の父親でもある晴季は、北方の津軽が領地であるから、これまでは年に一回か二回しか上屋敷には出てこず、晴季のいない間は隆晃は主人面でやりたい放題を出来たのだが、澄香が上京してからは事情が違ってきており、隆晃も微妙ないらだちを感じる日々を繰り返していた。


 何しろ澄香は一人娘ということもあるが、母親似の美貌と優しさに恵まれていたし、その上帝都最高の灯京大学に一発入学して、その後もせっせと優秀な成績をおさめているのである。自分の妻に似ていてしかも若いというわけだから、晴季は娘に正しく”メロメロ”で、夏香に窘められるほど娘にちょっかいを出して甘やかそうとしていた。そういうわけで、理由を作ってはこまめに上京するようになってしまったのである。


 その晴季は、秋休みと言われることもある、11月の連休を利用して澄香と何度目かの灯京見物をすることになっており、今日中にも着く予定になっていた。夏香は来ないようだが、晴季は簡単に言うと体育会系の正義漢で、昔から隆晃とは馬が合わなかった。晴季の性分に陰気な所が少しもない事や、天然なのに機転が利いて変にめざといとか、いつも正論ばかり言うとか、そういうところがどうしても隆晃はいけすかなかったのである。

 しかも家老職を逆手にとって愛人を複数こっそり召し抱えている隆晃には信じられないことに、愛妻家で、夏香一筋ということも気に入らなかった。

 そんなんだから、大名なのに娘一人にしか恵まれないのだ。跡取りはどうする気なのだろうか。確かに、澄香ならいい婿を取りそうではあるが。


 そんな憤懣やるかたない毎日を過ごしていたところに、帳簿付けをしているところで、早田屋のトラブルの事などを持ち込まれたので、隆晃はかなり機嫌が悪かったが、むっつりとへの地口で若侍の話を聞いていた。

 若侍の名前を長川という。

 もしも萌子が見たのなら、「傘張り似合いそう」と思うような青白い顔のひょろ長い青年であった。


 簡単に言ってしまえば、杉原が奴隷の売買で便宜を図っている早田屋が、奴隷を転売する先の海賊と、金の事で口論を起こして、血を見る目にあいそうだったとか血を見たとか、そういう話であった。

 早田屋よりも海賊が強いのは明白である。そのため、杉原に力を貸して欲しい……腕の立つ若者を何人かこちらに回してくれという単純な話である。


(なんて迷惑なやつらなんだ)

 聞いていたサラームは、早田屋の言い分にあきれてしまった。サラームは、早田屋が奴隷法違反をいくつかしていることを、身をもって知っている。それなのに、何故帝都に堂々と店を構えてられるのかと思ったら、背後に大名がいたということか。

 それで違法の人身売買をやっておいて、取引先ともめ事を起こしたら、今度は腕力の強い男を用意すれば何とかなると言う判断力。……。


「お前は早田屋に何をしにいったんだ」

 杉原は思わずといったようにそういう話をした。

「……早田屋を見張っておけとおっしゃったのは、杉原様では」

「あ、そうか。そうだったな」

 なんと杉原は、自分が部下に命じたことを忘れていた。杉原が何故、早田屋を長川に見晴らせているのかはわからないが、なんとなく後ろ暗い理由があるんだろうなと、サラームも思った。


「うちの若者を貸してもいいが、向こうから、いくらもらえるんだ」

 杉原は話が早かった。

 金さえ入るならいいらしい。

「……それは、早田屋に聞いてみませんと」

「金にならんのなら、話にならん。さっさと早田屋に戻って、聞いてこい」

 杉原はそう言って、二重帳簿付けに視線を戻してしまった。


「は……」

 長川は言われるがままに、一礼して畳の部屋から退室しようとした。そのとき、杉原が声をかけた。

「待て。長川」

「はい」

「ついでに、今度の船に乗せる商品の事も聞いてこい。価格のことは、引き下がるなよ」

「はい……杉原様」

 長川は元気のない表情でそう答え、部屋から立ち去っていった。


 サラームはかなり不機嫌だったが、ここで隠形の術を解いて杉原に食ってかかる訳にもいかない。それに、大浦家の事は大浦家の事だ。もしかして自分の血縁かもしれないが。


(もし大浦家が、母さんの実家だったりしたら、母さんの実家の財産がこんなのに食い荒らされているのか……? それはかなり嫌だが。それに、こういう横領や奴隷法違反の罪はなるべく早く主人に伝えた方がいい。なんとかしないと……)


 そう思ってサラームは、音もなく、杉原の居室から出た。そのとき、杉原の背後に向かしながらの大きな金庫があることが目にとまった。金庫の前にどっかと座って我が物顔で二重帳簿。なかなかの度胸だとは言えるが、好感はまるで持てない。



 サラームは、通路に出ると、若侍が向かった方とは逆の方に歩き始めた。若侍は恐らく玄関に向かった事だろう。それなら逆の方向が、大浦邸の深部……つまり、主人達の住まいとなるはずだ。

 直感でそう思い、長い廊下を渡っていくと、やがて、いきなり見晴らしのいい庭に出た。


 廊下の片側の雨戸を全て開け放って、中庭の光を入れているらしい。

 サラームは中庭に人がいることに気がついて、廊下の縁まで近づいていった。


 廊下に面した中庭に立っていたのは、黒髪をふんわりと短く切った、おっとりとした所作の女性だった。

 サラームの角度からは、彼女の背中しか見えない。だが、着ているものが上品な絹織物であることや、デザインがセパレート式ではない古来の着物であることに気がついて、サラームは足を止めて女性の様子を観察した。


 女性は、庭の花を切って花束を作っているようだった。

 部屋にでも飾るのだろうか。

(ダリア……? あれは、皇帝ダリアと、それに、ローズマリーのモーツァルトブルーか? 立派な庭だな。よく手入れされている……)

 よく見ると、女性は、他にも秋を代表するコスモスをはじめとして、庭に咲いている花々をどれも優しく愛でながら、選んでいる様子だ。



 庭の手入れをしているのは花束を作っている女性なのだろうか?

 なんとなく見ていると、パタパタと足音がして、若い女中がこちらの廊下に小走りでよってきたのでサラームは壁際によけた。

 若い女中ははつらつとした表情で女性に声をかけた。

「澄香様! 家の電話に、旦那様からお電話です!」


(澄香?)

 サラームはいきなり目的の人物に出会ったので、驚いた。

「あ、ごめんなさい。スマートホン、部屋に置いてきたんだったわ。お父様は、せっかちね」

 澄香と呼ばれた娘は、ゆっくりとした仕草で若い女中を振り返りながらそう言った。


 澄香の父、晴季は、最初、彼女のスマートホンに電話をしたのだが、出ないので、家の電話をならしたということらしい。

 それをおかしそうに笑いながら、澄香は、、作り上げた色とりどりの花束を若い女中に手渡した。

「ごめんなさいね、これ、お父様の部屋に持って行ってくれる? 一番大きな花瓶に活けてくれると嬉しいわ」

「もちろんです。澄香様」

 女中に笑顔を向けると、澄香は落ち着いた仕草で庭から縁側に上がり、廊下を横切って自分の部屋に向かった。白い清潔な足袋が印象に残った。


 サラームは呆然として、その場に立ち尽くした。隠形の術があったからよかったものの……見る者がいたら、完全に、サラームが放心状態なので、目の前で手を振った事だろう。


 サラームは、澄香の姿を見てどうしようもない困惑に突き落とされていた。

 澄香……短い黒髪に黒い瞳。柔らかな笑顔。東洋風のすっきりした美貌。それら全てが、彼の母小夜香の若い頃の姿、そっくりだったのである。


 ゆるやかで穏やかな動き一つ一つさえも、小夜香そのものだった。


 つまり……。

(いくらなんでも似すぎている。もしかして遺伝か? それなら……この大浦家を、もっと調査する必要がある。だが……)

 いきなり立て続けに様々な事がわかってしまった。サラームは動揺を隠せないまま、その日は、萌子の迎えに戻るしかなかった。

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