第13話 檻の中
撃ち合いが開始された。
奴隷商人の渡部が、手下を数名連れて突撃してきたのだ。
防弾を施している車のドアを盾がわりにして、撃ち合う事、二分。
さすがに鈴木の射撃の腕は確かだった。
彼は確実に、二人の敵を戦闘不能に追いこんだ。四人いた相手を半減させることに成功したのである。
「くっ」
だが、弾切れ。「拳銃」である以上、マシンガンのようにはいかない。鈴木はドアの影に伏せて、銃身に弾をこめようとした。
その隙を逃す渡部達ではない。
渡部と、もう一人の手下が、鈴木の様子を察して奇声をあげながら襲いかかってきた。
投網。
鈴木は咄嗟に、太刀を抜き、閃かせて襲いかかってきた網を真っ二つに切り裂いた。
すると反対側から、縄を投げてきた者がいた。網がまだ太刀に絡まっている段階……鈴木の体に捕縛の縄が絡みつく。
鈴木は振りほどこうともがくが、途端に、連携していた渡部が、彼の頭を銃底で殴った。
「……ッ!」
打ち所が悪かったら死んでいたかもしれない。多勢に無勢で、鈴木はその場に倒れこんだ。網と縄が彼の体に絡みついている。
「何をするんですか! 乱暴な振る舞いはやめなさい!」
混濁する思考の中で、澄香が賊を叱りつける声が聞こえる。
「やめて! 澄香様に触らないで!」
萌子の甲高い声。だがそれも次第に聞こえなくなり、鈴木は気絶してしまった。
三分後。鍛えられている彼は、意識を取り戻した。
その三分の間に、渡部達は仕事をした。暴れる澄香と萌子を強引に自分の車に詰め込み、連れ去ったのだ。
意識を取り戻した鈴木は、そのことを確認すると、即座にスマホを取り出した。
連絡先は大浦家。
そして……サラーム。
パンクした車を業者に直してもらった。
(やれやれ、時間を食ったな……)
誰が福田家の車に悪戯をしたのかはわからないが、後でただではおかないと思う。
鈴木からの連絡が入ったのはそのときだった。
鈴木とサラームは、今日のために連絡先は交換していた。だから、電話が来るのは意外だったが違和感はない。
サラームは大して気にもとめずにスマホで鈴木からの電話に出た。
「……サラームさん?」
痛みをこらえて呻きながらの鈴木の声に、サラームは驚いた。
「鈴木さん? どうしました?」
鈴木は辛そうにまた呻いて、その場で起こった事をサラームに話し、大浦家には連絡した旨を伝えた。
「萌子ちゃんが、拉致……!?」
サラームはそう鸚鵡返しにすると、鈴木からは肯定された。
「わかりました。奉行所と福田には俺が連絡します。すぐそちらに向かいますので!」
話はそういうことになる。
鈴木の話を、サラームは即座に奉行所と、福田兼久の電話に連絡した。
仰天したのは兼久である。即刻、奉行所を動かすと当然の判断をして、サラームに、怪我をしている鈴木の所へ向かうように促した。
サラームは車を飛ばした。
法定速度はぎりぎり守りながら、車を飛ばし、霊園前の通りの路肩に止まっている、鈴木の車を見つけた。
鈴木の車の真後ろに、自分の車を止めると降りて、彼の車へ向かう。
鈴木は頭から血を流しながら、運転席に座りこんでいた。
「大丈夫ですか!」
鈴木は薄く笑って頷いてくれた。
ちょうどそのとき、奉行所の侍の車が、救急車も連れて、霊園前の通りに到着した。
「鈴木さんですか? 近くの病院に搬送しますから、指示に従ってください!」
そういうことで、救急隊員が鈴木の体を丁寧に担架に乗せて、救急車に移動。サラームはそのあとをついていった。
救急車に乗せられた鈴木は、その場で簡単な診察を受けて、命に別状がないことは確認された。意識は清明。だが攻撃された場所は頭であるから油断は許されない。
奉行所の侍も、意識はしっかりしているということを聞いて、救急車に乗り込んできた。
鈴木に聞きたい事があるからだろう。
そのまま救急車が発進した。
鈴木は救急隊員から手当を受けながら、奉行所の侍達の質問に答える事になった。
サラームも聞きたかった質問がほとんどである。
鈴木はテキパキと質問に答えていったが、結局、賊に心当たりはないが……澄香は誰かに恨まれるような性格ではないし、そういう振る舞いに及んだ事もない……それに、どうもこれは計画的な事で、サラームの車に悪戯された事が発端になるということが確認を取れた。
「するともしかして、賊の目的は、そもそも萌子様……?」
福田兼久の次女、萌子がターゲットではないかと、口に出す者もいる。
鈴木は、それはわからないと答えた。
「賊の顔にも見覚えはない……サラームの車に悪戯をされた後、いきなり霊園通りで襲われた……」
侍達は他にも手がかりはないか、色々尋ねている。
サラームはその間に、鈴木の体から網や縄を取り去ってやった。救急隊員もそれを手伝った。
網が体から剥がれた鈴木は気楽そうな表情になった。
そのときサラームは、太刀で綺麗に真っ二つになった網に、修復の箇所があることに気がついた。かなり大きくて頑丈な網なのだが、最近、手直しした後がある。
「……鈴木さん、網をいきなり投げつけられたんでしたね?」
「はい。そうです」
サラームは、信じられないぐらい嫌な記憶を思い出しながら、しげしげと網を見つめた。
奴隷商人は、脱走したがる奴隷を従えるものだから、網を操る者もいるだろう。だが、投網の技術を持っている人間は何人いるか……。
そうこうしているうちに、救急車は近くの病院に着いて、鈴木は担架に乗せられたまま移送されることとなった。
サラームは着いていこうとしたが、診察室には侍と本人以外入ってはならないと、救急隊員に言われた。うっかり忘れるところだったが、サラームは萌子の護衛とはいえ奴隷の身分で、侍達とは違うのだった。
「…………」
何でここで鈴木の診察室に入ってはならないのか、アサド人の彼にはよくわからなかったが、何かセンシティブな問題があるのだろう。
鈴木の付き添って、手がかりをつかめないなら、今、閃いた事を実行に移すしかない。
投網。
凄く凄く嫌な心当たりがある。
そういうわけで、診察室を奴隷だからと追い出されたサラームは、病院前のタクシー乗り場に向かい、タクシーに乗ろうとした。何故か、タクシーは、金をちらつかせると乗せてくれた……。
「花園町へ回してくれ」
サラームは凄く苛立ちながらそう言った。
花園町。
早田屋の裏庭にある、蔵……。
話し声が聞こえる。かなり大きな男の声だ。
(うわあ、頭、いた……)
恐ろしく不快な寝覚めだった。
こんなに気分の悪い、胸の悪い覚醒はない。そう思った。
(何だろう。こんなに、気持ち悪かった事ってない……)
そう思って、萌子は、癖で毛布を抱き枕のように抱きしめようとして、自分が冷たい床の上に横たえられている事に気がついた。
(え?)
萌子は驚いて、体を跳ね起きさせようとして、思うように体が動かず、また床に突っ伏した。
「なんでサラームがいない!?」
「へえ、すいやせん。奴の、檻も用意していたんですが、何故か、車に乗っていたのは全く別の侍で……」
「侍!?」
「へえ、抱き楓紋の羽織を着ていました……」
そんな会話が聞こえてくる。萌子には何がなんだかわからなかった。
だが、次第に意識が覚醒してくる。
自分と、澄香は、知らない男達の車に無理矢理連れて行かれて乗せられた。そのときに、自分たちはかなり激しく抵抗したので、眠り薬を嗅がされたのだ。
恐らく薬の効果はまだ効いていて、それで体の自由が思うようにきかないのだろう。
(なんてことなの……)
萌子は未だに信じられない気分だった。
だが、こういうことは、割合よくあるのだろう。それで、現在の豊葦原では、女子が一人で歩くのではなく、護衛を連れて歩くのが当然とされているのだろう。
(サラームはどうしているんだろう……)
辺りを確かめたくても視界さえもよく効かない。薄暗い蔵の中だという事ぐらいはわかるが。
具合悪さに耐えながら、床を睨んでいると、かすかな物音がした。
「……萌子さん」
澄香の声が聞こえた。優しそうな声。不安そうにか細く震えている。
萌子が、恐る恐る声の方を振り向くと、そこに愕然とする光景があった。
檻。
人を入れている檻。
澄香が、黒いステンレスの柱で出来た檻の中に捕らえられている。
驚いて顔を上げると、お先真っ暗な事に、萌子本人も檻の中に入れられている事がわかった。
檻の中の蔵。蔵の中はかなり広く、ゴチャゴチャと色々なものが詰まっている。そして萌子と澄香以外は、二人の男がいることが、弱い蛍光灯の光でわかった。
澄香もやはり、体を起こしていられないのか、床に横たわった格好だった。
その姿勢で、澄香はそっと、萌子の方に頷いて見せた。
「……」
萌子も黙って頷いた。先ほどから大声で会話している男達の言葉の中に、頻繁にサラームの名前が出ている。
状況が状況だ。少しでいいから情報が欲しい。男達の会話に耳を澄まして、寝たふりをしていろという指示である。萌子もそう思ったので、沈黙したまま男達の話を聞くことにした。
「サラームも今回の商品にするんじゃなかったのか!」
「へえ、ですから、そのう……」
「これでは、商品の数が足りない! また海賊どもに何を言われるかわからんぞ!」
そんな声が聞こえる。
萌子はまた怒りをこらえるために深呼吸をすることになった。
(サラームも商品にするって……つまり、檻の中に入れられている、私と澄香様も商品にする気だったってことね。奴隷とか人身売買組織とか、そういうことだ、これ。私たち、これから、海賊に売り飛ばされるんだわ)
萌子は頭の中でそう整理した。
それから自分の身につけているものなどを確認しようとした。持ってきていたバッグ類はない。……鈴木の車の中に置きっぱなしなのだろう。すると普段使っているスマホなどもない。……ということになる。
思わず澄香の方を見る。
「……」
澄香も静かな表情で、何事か考えているようだった。騒ぎ立てる様子はないが、萌子と同じ考えに至ったらしい。
しかし、澄香は顔色が悪い。恐らく、かがされた薬が原因だろうが……。
「おい」
不意に、怒られていた男が、萌子の方に来て、声をかけてきた。
萌子は黙って目を閉じている。
「おい、狸寝入りするな。呼吸で、起きている事はわかるんだよ。起きてるなら、返事をしろ」
萌子に向かってぞんざいな口調でそう言ってくる奴隷商人の男。
萌子は渋々顔をそちらに向けて目を開いた。
そこには痩せた浅黒い顔をして、首に三日月の模様を染め抜いた青いバンダナをつけた男がいた。萌子をにらみつけてくる。
「お前、奴隷にサラームって男がいただろう。そいつを、どこにやった」
「知らない」
本当に知らないので、萌子はそう答えるしかなかった。
「サラームの野郎は、今どこにいるんだ!」
「知らないものは知らないわよ」
萌子は妙に反抗的な気分でそう言い返した。
「なんだと! この××××……!」
何やら聞き取れないような早口で罵り出す青バンダナの男。
萌子は単語の意味はわからなかったが、恐らく性的で下品な内容だという事だけは推測し、顔をしかめた。
「おい、商品には手を出すなよ」
彼を怒っていた男の方が、慌ててたしなめていた。
そちらは着流しの侍のようである。傘張り浪人のような雰囲気の。萌子は本当にそう思った。
むしゃくしゃするのか、怒りにまかせて、罵詈雑言を放っていた男は檻の柱に蹴りを入れた。
萌子は別に恐くはなかったが、なんだか情けない気持ちしてきた。
(大の男達がこんなところで何やってんの)
そういう感情である。
「ここはどこなの」
萌子は、とりあえず、着流しの男、長川に向かってそう尋ねた。
「そのうち、わかる」
「どういうことよ」
萌子が重ねて聞こうとした時に、戸が開いた。
薄暗い闇の中に、懐中電灯の光が差し込んでくる。
光が映し出したのは、肥え太った体と脂ぎった顔を持つ、杉原であった。
杉原は、相変わらずぎらぎらした衣装で現れた。
「これはこれは、澄香お嬢様。お目覚めですかな」
杉原に声をかけられると、澄香は、かなりゆっくりした仕草で身を起こし、その場に足を崩した格好で座り込んだ。
「杉原。どういうことなのです」
凛とした声を張り上げる澄香だったが、かなりしんどそうである。
実際、萌子も薬の効果で、身を起こすことさえもしんどい。
「おやおや、灯大生の澄香様でもわからないことがあるんですか」
「それとこれとは関係ないでしょう。杉原、何のつもりで、私と萌子さんを襲撃させたのですか」
「襲撃、人聞きの悪い。少しばかり、お遊びのお好きなお嬢様を楽しませて差し上げましょうと」
「お遊び……?」
澄香はあからさまに眉根を寄せた。
確かに、澄香と萌子は、今日は楽しく、護衛も交えて遊びに出かけたところである。それをどうして、攻撃されることになったのかがわからない。
澄香も、商品だのなんだのという話の内容から、杉原がどういうつもりかはわかったが……何でこんな仕打ちを受けるのか、意味がわからないのだった。
「歌舞伎だか浄瑠璃だか知りませんが、大名家の姫が、芝居見物などにうつつを抜かし、日頃からダンジュウロウだのタマサブロウだのと、汚らわしい。灯大生だのと威張り腐っているが、女は女。ツラのいい男の尻を追いかけて、せいぜい欲求不満なんでしょう! それならこれからたっぷり男をあてがってやろうじゃありませんか!」
杉原は本当に、そういうことを主の娘に言い放ったのであった。
「これからはいくらでも男狂いなさるといい! そしてどこの誰ともつかない種で子作りだ! 姫様などと気取って、この淫婦が!!」
「…………」
澄香はぽかんとしてしまった。
何を言われているかはわかっているが、その発想の根源がわからない。
女の子と二人で芝居見物に出かけたら男狂いってなんのことだ。杉原は頭がおかしいのか?
「え、何それ。要するに、歌舞伎が嫌いってこと?」
脇で萌子がそんなことを言った。
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