第8話 模擬戦もぎもぎ
闘技場の中央、砂塵が舞い上がる中で僕とイズナは向かい合っていた。
重厚感のある空気、緊張の糸が張り詰める感覚。
額から垂れる汗が口に入り、鼓動が増しアドレナリンが身体の隅々に行き渡るこのなんとも言えぬ感覚。
久しく感じた高揚感だった。
「行け、鎌鼬!」
まずは様子見。
僕の命令で、鎌鼬は砂塵を巻き上げながらイズナに向かって突進した。その動きは風のように速く、イズナの目に留まらない。
しかし、イズナは冷静だった。
紙一重で鎌鼬の拳を避けると同時に、僕に向かって駆け出した。
鎌鼬は無視をして僕を叩くという強い意思が見られた。
「定石は知ってるか」
イズナのその選択は正解だ。
僕らのような召喚術師は召喚して操るという性質上術者本体は脆弱になりやすい。
だから戦いになればいち早く大元を叩く。
それが一番の正解。
イズナが鞘から引き出した剣の根本が鋭く僕に迫る。
「させねぇよぉ!!」
そんなイズナの横から蹴り込んだ鎌鼬。
イズナは鎌鼬の蹴りに対し剣の鞘で咄嗟に受け身は取れたものの威力は完全に殺しきれず、二転三転と砂塵をあげながらふき飛ばされる。
「セトを殺りたいならワシを殺ってからにせんかい!」
僕の前で腕を組みシャーっとイズナに威嚇する鎌鼬。
確かに術師本体を叩けば話は早いだろう。
しかしそれを分かってるのは精霊だって同じ、簡単には主人を攻撃させないのだ。
まったく、ほんと頼もしい奴だ。
いつも助けられてばっかだよ、お前には。
立ち上がったイズナは服に着いた砂を払う。
目力は強く、切れて血のついた唇を舌でペロリ。
まだまだ元気。
やる気と殺意はマックス。
「少し、痛かったですよ」
少し…か。
並の子供なら骨折は当たり前、なんなら消し炭の鎌鼬の飛び蹴りをくらっておいて、少し…痛いね。
とんでもないな…。
初めて会った時から、イシェトの横に5人で並んでいたあの時から、
イズナが圧倒的強者だってのは気がついていた。
その立ち姿から、視線の動かし方。
雰囲気までもがそうびしびしと語っていた。
この結界内にいる中でイシェトの次か、もしかしたらイシェトをも上回るレベルの戦闘力を持っていることだろう。
確かなようだ。
純粋な力技なら僕より全然強い。
それに、イズナはまだ魔法を使っていない、自身の素の身体能力だけでこれほど動いている。
さて、これに加えて魔法も使うであろうイズナの攻撃に耐え、尚且つ反撃できるだろうか?
ふふ、まったく…どうなってるんだ、最近の若い者は。
「私はこれから魔法を使います」
「わざわざ申告しなくてもいいよ」
僕がイズナに魔法を教えたのは、教えてもあまり問題ない、ってか見れば分かる召喚術だったから。
そうじゃないなら魔法使い同士の戦いでは、いかに自分の魔法を知られないかが重要。
いや、魔法使い同士じゃなくてもそうか…。
どんな争いでも手札は常に隠すものだ。
「いえ、教えます。
私だけ貴方の力を知っていたんじゃどうもフェアじゃない。
それは私の義に反します」
「へぇ」
義ね。
面白い言葉と心情を持つ人だ。
でも嫌いじゃないよ、そういう考え。
イズナは剣を鞘に仕舞った。
どうしたのかと思っていれば突然語り出した。
「…昔の話になります。
私が産まれるよりも遥か昔のおとぎ話。
ある所に名前も忘れ去られた小さな村がありました。その村は周囲を険しい山に囲まれ、外界から隔絶された静かで平和な場所でした。
しかし、ある日。
その村に鬼が訪れてしまいました。
鬼はとても恐ろしい姿をしており、村に生贄として若い女性を求めました。村人たちはそんな鬼に怯え、鬼が来るたびに村の娘を一人ずつ献上していったのです」
…色々突っ込みたいことばかりだけど。
まぁいいか。
邪魔するのも悪い。
今は聞いてみよう。
「村に残された最後の娘を差し出して、希望を失いかけたある日、村に一人の剣士が現れました。
男は鋼のような肉体と、燃えるような正義感を持つ男でした」
「「俺はこの村を救うために来た!
鬼を倒してこの村の真の平和を取り戻す!」」
「男は宣言し、鬼の住処へと向かいました。
村人たちは男の勇敢さに感動して祈るような気持ちで見送りました。
鬼の住処では男と鬼の激しい戦いが繰り広げられました。男は巧みな剣技で鬼を追い詰め、ついにその首を落としました。
そうして村は再び静けさと平穏を取り戻したのです」
よくある童話だ。
僕の育った村でも同じような話はある。
僕の方は男は剣士じゃなくて召喚士だったけど。
竜を呼び出して、鬼を頭から食うみたいな話だったような気がする。
それに憧れ竜を使いたいとか思ったものだ。
「男が村を去った後、
村人達が鬼の住処を漁れば、人の骸骨の中に潜む攫われた女性の一人を見つけることができました。
彼女は運良く、鬼に食べられる事なく生き残っていたのです。
しかしその女性は、鬼の子を身籠っていた。
村人たちは驚愕し、女性を取り囲みました。どうすればよいのか、誰も答えを持っていませんでした」
…。
すこしエグめな話だった。
ごめんなさい勝手に竜とかで喜んでて。
「村では議論が始まりました。女の胎内にいる鬼の子供を生かすべきか、それとも殺すべきか。
意見は二つに分かれました」
「「鬼の子供なんて育てれば、また災いを招く!ここで殺すべきだ!」」
そう一人の村人が叫びます。
しかし、鬼の子を持つ女は静かに言いました。
「「この子は何も悪くありません。
産まれてくる子に罪はありません。
お願いします、この子をどうか私に育てさせてください」」
そこでイズナは語るのを辞めた。
もう、僕は続きが気になっていた。
その女性がどうなったのか、子供がどうなったのか。
「どうなったんだ、その鬼の子は?」
「結局は、村の一員として手厚く育てられたそうですよ。
人に育てられ、成長してその村で子を残し。
鬼の種を村中にばら撒いた。
やがてその村は全員が鬼の血を継ぐ、
鬼が暮らす村になったのです」
ピタリとイズナは目を閉じる。
そして少し時間を置いてから開いた。
「その鬼の末裔が私です」
イズナの青い瞳が少しずつ変化する。
結膜が充血し始め瞳孔は血のように赤く鋭く縦に伸び、眼球は黒く染まる。
人が持たざるべき瞳に変貌する。
「このガキ、魔眼持ちか…」
鎌鼬がその目を魔眼だと言う。
魔眼。
知っている。
魔法とは少し違う、眼球そのものに魔力を浴びたもの。見ただけで人を魅了したり、石にしたりするそんなものがあるとは聞いたことはあった。
けど実際に見るのはこれが初めてだ。
「魔眼…。
そうとも言うらしいですね。
この闇を纏う瞳は私達の村で
「…その目にどんな効果があるかまでは教えてくれないの?」
「安心してください。
この目は見せかけです。
この目に見られても特別何かがあるってことはない。
魔法的な力の干渉も一切ない。
ただ、
この眼を開眼している間の私は、身体能力、思考能力、自然治癒能力、五感、その他全ての戦闘に関わるとされる能力が飛躍的に、
数値で言えば3倍ほどに向上する」
3倍…。
生身であれだけの戦闘能力を持ってたくせにそれの3倍か。
冗談じゃないな。
うん、消し炭にされる。
負けを認めちゃおうかな、もう。
「これから剣は使いません、この状態の私は自分自身でも完全にはコントロール仕切れない。
勢い余って殺してしまうのはまずいので。
ついでに私の弱点も教えておきましょう。
私は3分以上この眼を維持できません。
2分30秒を切ったあたりから眼球に出血がみられ、3分以上持続しようとしても強制的に意識を失います。
だから余程のことが無い限りは2分以上この眼は使いません。
それにこの眼の使用後は疲労によって著しくパフォーマンスが下がります、ですから」
そう、つまり。
「必死に時間を稼いで下さいね」
必死に時間を稼げってことね。
ーーー
剣を鞘ごと地面におくと、僕をジッと見定めたイズナはニヤリと笑みを浮かべ突撃した。
「鎌鼬っ!!構わない!
殺す気でやれ!!」
「がってん!旋風刃!!」
鎌鼬は僕の命令に従い、尻尾の鎌を使い風を操ってイズナの周囲に刃の旋風を起こした。
砂塵と共にイズナの視界を奪い、その動きを封じようとする、が、しかし、イズナはその場から瞬間移動し、僕の背後に現れた。
「早いっ!!」
早すぎる!
人の身体能力が出せる限界を明らかに超えた素早さ!
3倍って嘘ついたなコイツ!
「ああ、言い忘れていました。
私の魔法はイシェト様と同じ属性。
瞬間移動です」
…瞬間移動っ…。
ああ、そうか。
そうだ、イズナはまだ自分の魔法を言ってはいなかった。語ったのは自分の魔眼のことだけ…。
イズナの本当の力はイシェトと同じ力、瞬間移動なのか。
「しかし、そうは言っても私のは師匠には遠く及ばない些細な能力ですけどね」
イズナは拳を握り込む。
まずい。
イズナの力で殴られたら最後、復帰はほぼ不可能…。
つ、詰んだ…、か?
イズナの拳がそのまま僕に当たる寸前、
目の前に何かが割り込んだ。
鎌鼬だ。
「うぐっ…!」
僕を庇うようにイズナの拳を受け止めた鎌鼬。
腹に当たって闘技場の壁に吹き飛ばされる。
「鎌鼬っ!!」
「安心せいっ!」
吹き飛ばされたはずの鎌鼬は僕の隣にいた。
「影分身じゃ」
鎌鼬の能力、影分身。
自分の影をもう一体の自分として動かす魔法。
今殴られたのはそっちだと鎌鼬は言う。
「おぃ!どうしたよ、セトぉ!!
戦う前から敵にビビってて、どう勝てるてんだぁ?
ああっ!?」
鎌鼬の言う通り、僕はビビっていた。
恐れていた、腰が引けていた。
ってか、半ば降伏する気でいた。
鎌鼬は猪突猛進にイズナに突っ込む、が、見事に避けられ、裏拳をくらい吹っ飛ぶ。
だからと言って今の鎌鼬みたいに無策に突っ込んでも勝てないし。
考えろ、どうする?
どうすればいい?
今の手札で…どうやってイズナを倒す?
…。
うーん、無理じゃねこれ?
気がつけば僕の身体はイズナに組み伏せられていた。
また、殴られると思ったが違かった。
イズナは口を僕の耳に近付け囁く。
「この勝負、勝たせてあげてもいいですよ?」
「え、なに?」
上手く聞こえなかった、勝たせていいって言った?え?、まじ?いいの?
やった、ラッキー。
「条件次第です」
条件。
「どんな?」
「セト・ソフィール。
ソフィア・ソフィールの兄…。
いやお義兄さん」
不穏な空気を感じた。
「ソフィアを私の嫁にください」
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