第3話 天然の牢獄

「で、お前。

いつここを出るつもりなんだ?」


その日、保護室に放棄された半分ほどの死体を処理し、そう長くない正午の休息時間。石の段差に座り筒の中の水を飲む僕の隣に座ったカレンは突発的にそんなことを聞いてきた。


「え?…ここをでる?」


「しっー!あまり大きな声をだすなよ!聞かれたらどうする気だ!?」


口元に人差し指を当て誰かに聞かれてないかと、キョロキョロと辺りを確認するカレン。グライドが用を足すために席を外したこのタイミングでの話だ。

シークレット。

ようは内緒話ってことだろう


「…どういうつもり?カレン?」


「どういうつもりもなにも。

セト、お前…このままでいいのかよ?

あんな可愛らしい妹をさ、

こんな地獄に置いてたままにしていいのかって聞いてるんだよ?」


「いいわけないだろ」


「だろ?

ならどうするよ?

簡単だ、ここから逃げるしかないだろ」


逃げる。

カレンは簡単にその三文字を使う。

僕だってここから逃げて、奴隷から普通の人間に戻る。そんなことを考えたことがなかったわけではなかった。


僕じゃなくてもここでの奴隷、誰だってそうだろう。逃げ出せる権利があるなら一目散に逃げるはず。

けど、出来ないないのだ。

やりたくても出来ない。

その理由がある。


30年続くと言われるペルディシオの歴史の中で逃げ出せた人間は一人たりともいないと聞いている。


その二つの理由。

まず、この島は危険海洋レッドゾーンの中心に存在する孤島だということ。教団の目を盗んで逃げ出そうにも目指すべき大陸は遠く、半端な船では海洋に潜む怪獣に喰われて終わり。脱出するためには空を飛ぶか巨大海洋生物、怪獣が寄りつかないほど大きな船が必要不可欠。


だったら船とかに紛れ込んで逃げればいいと考えそうだが、もう一つの要素がそれを阻む。

それは奴隷人一人の腕に埋め込まれた計測機インジケータの存在だ。

計測機インジケータ

メーターがついた石ころほどの小さな球体でこれがどういう原理で動いているのか、誰が作ったものなのかは不明。

けど効力は嫌なくらいに知っている。


計測機インジケータは奴隷の精神に干渉し常に反抗意識を測定する。0から100までの間で針が常に揺れていて、普通の状態なら50。

屈服、平伏、服従の意があるほど左の0に寄っていく。逆に反抗的意識が強くあれば右の100に寄り限界の100を超え、ぴぴぴぴと3分間の警告音が鳴り終えれば、ドカン。

奴隷の肩は心臓ごと爆破され死んでいく。

無理に抉り取ろうとしても同様だ。その意思を察知するだけで計測機インジケータは爆破する。

もちろん監視員のボタンひとつでも爆発する。


危険海洋レッドゾーン計測機インジケータ。この2つの難関を越えなければ脱出は不可能。


僕にはまだ、その解答が出ないままでいた。


「もし、俺に計画があるとしたらどうする?」


「なに?」


「2つの難関、どうにか出来るとしたら?」


カレンの甘言。

僅かな期待と共に左肩の計測機インジケータが熱を帯びた。


僕はその肩を抑える。


ダメだ。

惑わされるな、余計な希望を持つな。

今は冷静になれ。慎重になれ、逃亡は死刑。

人は死んだら終わりだ。

これからの全ては一度っきりしかないと思え。

何が正しいか、何に乗るべきかよく見極めろ。

人に頼りきるな自分の意思で考え決めろ。


「分かってるの?カレン?

逃亡は死刑。

それはカレン一人の責任じゃないんだ。

班員の連帯責任なんだよ?」


「分かってる。

だから悪いと思ってセト、お前に話してるんだろ?」


…、本当に悪いと思ってるのだろうか。


「俺は、俺らは近いうちにある奴隷の脱出計画を実行しようと思っている、その為に仲間を募ってる」


「勝算は?」


「もちろんある。だが、まだ言えない。

お前が俺らの仲間になると。

命を賭けてくれるとその口から言ってくれるまでは言えない」


……命。

僕一人の命なら、多分即答できた。

このままノリでああいいよと軽く命を賭けることが出来た。

だってここにずっといても死んだようなものだし、だったら命かけて脱出してみようって気にもなれた。


けど、僕が死んだらソフィアはどうする?

ソフィアは1人になってしまう。

本当の意味での1人。

僕がソフィアの喪失を耐えられないようにソフィアも僕の喪失を耐えられないことを知っている。

僕らは双子だから痛いくらい分かる。


僕の命は僕より重い。

守らなきゃいけない約束がある。

果たすべき復讐がある。

ソフィアがいる。

ここで死ぬわけにはいかない。

せめてソフィアが大人になり嫁に行く、それまでは。


だから、カレンの作戦が分からない以上、ここは慎重になるべきだ。

場合によっては、カレンを教団に密告する。

その可能性も頭に入れる。


「なんで僕に話したんだ?」


「うん?」


「脱出のこと…だよ。

この後、僕がカレンの仲間にならないと言ったらどうするつもり?

あるよ。全然、密告する、可能性。

カレンよりも自分の命を取る、可能性。

僕は臆病者でしたたかな奴だ。

それに良い人間でも無い。

どうする?これから口封じに僕を殺す?」


「ありえねぇよ」


カレンは即答した。


「お前は仲間を売らない、それをさっき確信した。

家族を大切にする奴に悪い奴はいねぇ。

そう思った。

だから信用した、話した」


「確信って…」


なんでそんな簡単に。


「なぁ知ってるか?

ちょっと話は変わるけど、

この島の女奴隷についての話しだ」


「今は関係ないだろ、女奴隷の話は」


「まぁ、聞けよ。聞いたら嫌でも仲間になりたくなる。

悪いな、まず初めに謝っておく。

今からお前を怒らせる。

あと、それに未成年には少しキツイ話だ…」


「じゃ、しなくていいよ」


「する、させて貰う。

なんでも、この島の女奴隷。

大半が上に喰われてる」


「喰われてる?」


「文字通り受けとんなよ、いいか?

強姦レイプだよ」


…。


「こんな島で妊娠したって女を何人か知ってる。

もちろん奴隷の子じゃねえぞ?

俺が言いたいこと…分かるな?


お前が大事そうにしてた。

彼女、ソフィアちゃんだ。

彼女お前と双子、同年代なんだってな。

つまり10歳?あー若いな?

流石にそんな子供に手を出すペド野郎はいないと思っているが…。

けどそれも時間の問題だろう。

人は成長する生き物、お前の妹はいつから喰われるのかな?」


…。

カレンの言うことに目の奥がチカチカする感覚に陥った。

ひたすらな吐き気が僕を襲った。


「ああ…。

もしかしたらもう喰われてるのかもしれないな。

今も、この瞬間、喰われてるかもな。

…泣いてるかもな」


「やめろ」


やめてくれ、それ以上は。

聞きたくない話だ、それは。

苦しい話だ。


「それでもお前は何も出来ねぇんだ。

ソフィアちゃんの助けての声すら聞こえない。

それはセト、お前が保身野郎だからだ!

妹の幸せは口ばかり!

自分の命のことを第一に考えちまうへなちょこ野郎だからだよ!!」


「やめろってんだよッ!!」


殴った。

その時、産まれて初めて友人を殴った。

衝動のままに殴った。

カレンを殴ってしまった。

僕らしからぬ行動だった。

これまで激情に流されて行動するなんてことなかったのに。


「…っぷ。…」


カレンはそんな僕を見てニヤリと笑い。

口に溜まった血を吐き出すだけで、反撃をしてこなかった。


「なんだよ、お前、人、殴れんのかよ。

怒れんのかよ。

はは、効いたぜ。めちゃくちゃいてぇなオイ。


でも…俺を殴ってどうなるよ?

今の話の何が変わるよ?

ああ?セト、お前が戦うべきは誰だ?

俺なのか?違うだろ?

今、誰のために何をするべきだ?

そうだろ?

こんなこと、俺が言うまでもない。

賢いお前が気づかなかったわけないだろ?

いい加減逃げるなよ」


そうだ。

僕は気づいていた。

妹は、ソフィアは女だ。

そうなる可能性も、もちろん考えていた。


でも、嫌だったんだ。

嫌なくせに。

どうしようもないから考えないようにしていた。

考えないことにして逃げていた。

でも突きつけられた。

見て見ぬ振りをしていても現実は変わらない。

僕らには時間がない。


「…分かったよ、カレン」


覚悟を決めた。

不退転の覚悟を。


「なるよ、仲間になる。

命を賭ける。

だから、教えてくれ作戦を。

妹を助けられる作戦を


ああ…あと、殴ってごめん…」


「…いいぜ。あ、やっぱ許さない、貸しにしよう。

1発分。次に殴る俺の拳1発分の貸し。

それで許す」


…嫌な貸しだ。

まぁでも仕方ない。

手を出した僕が全面的に悪い。


「お、おっけ…。

あんま痛くないように頼むよ」


「で、作戦ね。

まぁ今教えてもいいんだが、

それにはお前の肩の計測機それが邪魔だな」


僕の計測機インジケータ

相当の熱を感じる。

この感じメモリは80を上回っているだろう。

脱出計画なんか聞いたら、爆発するかもしれない。


「セト。今夜は寝るなよ。

グライドさんが完全に寝ついた今夜に計画の全てを話す。

いいな?」


「…いいけど。

グライドさんには話してないの、脱出について?」


「ああ、あのおっさんはダメだ。

完全に牙を抜かれてる。

今話せば密告されるかもしれない」


「そう…じゃあ、

グライドさんは見殺しにするってことでいい?」


僕らがもし無事に脱出出来たとしても、同じ班のグライドがこの島に残っていれば責任を取らされ処刑されるだろう。

残念だが、それもカレンのいう作戦の一つなら仕方がない。僕は手伝う側であってアレコレ指図出来ないだろうし。


「そうは言ってないだろ。

もちろん21班全員で脱出する。

いや、この島の人間全員だ。

誰一人犠牲にはしねぇ。

タイミングだ。あのおっさんは、もう引けない段階まで来たところで無理やり付き合わせる。

そういう予定」


全員。

この島の奴隷の人口は500以上にも及ぶという。

それを全員解放するなんて本当にそんな手立てがあるのだろうか?

夢物語のようだ。


「…不憫だねグライドさん」


「なぁにいつものことだろ。

イヤイヤやるのが好きなツンデレなのさ、あのおっさん」


「そんなことはないと思うけど。

普通に嫌がってると思うけど」


「…全てが終われば俺に感謝してるだろうさ。

この島の奴隷全員が…。

それで俺は英雄になれるんだ。

きっと。

…そう、きっとな」


カレンはジッと空を見つめた。

何を思ってるのかは分からなかった。

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