第4話 支援者


その日の深夜。

21班の眠る雑居房の中でグライドがイビキをかき始めた頃に僕らはコソコソと立ち上がる。


「カレン…時間だよ」


「わーってるよ」


カレンはそう言うと、すぐさま大きく口を大きく開け喉奥に指を突っ込み音を立てずに何かを嘔吐した。


「…か、カレン?」


僕がカレンの行動に若干引いていると、


「汚くて悪いな。

でも隠すためだよ、これをよ。

胃の中ならバレようがねえだろ、な?」


カレンは笑い手のひらの胃液まみれの鍵を僕に見せた。


「鍵?」


その鍵は普通の金属で作られた鍵とは違っていた。

不思議な刻印が施され、闇の中に鈍く光り輝く。


たぶん、魔法の鍵だ。


物体に自身の魔力特性を結びつける付与魔法エンチャントの類か、もしくは鍵そのものが魔力で具現化されたものか。

パッと見だけじゃ判別なんてできないけど。

とにかくなにかの魔法属性が秘められた鍵なのは間違いない。

この鍵を見て分かることが一つあるとするなら、この奴隷島には魔法を扱える奴隷がいるということ。


「おかしい…」


しかし、それはおかしな話だ。

僕ら奴隷の左肩に埋め込まれた計測機インジケータは逃げ出そうとする奴隷を爆発させる他に人体に魔力マナを練らせなくする効果がある。

魔力マナとは自然エネルギーの別称。

火を炊くのに薪が必要なように、人が魔法を扱うのにもこの魔力マナが必要になってくる。


つまり、マナのないこの島の奴隷に魔法なんてものが使えるわけがないのだ。それこそ、計測機インジケータが壊れもしない限り。


…。

まさか…。

本当に計測機インジケータを…?


そうだ。

…思い返してみれば、そうだ。

カレンの行動には不可解なことばかりだった。

昼間、カレンは僕に堂々と脱出についてを語った。

あれだけの反抗意識だ。計測機インジケータが即爆発してもおかしくない。

もしかりに爆発しなくとも熱や警告音など何かしらのリアクションはあったはず。

なのになぜカレンには、計測機インジケータの症状がでない?


それに昨日だって…。

カレンは監視員を殴ろうとした。

なのに計測機インジケータは警報ひとつを鳴らさなかった。


「…」


左肩が、僕の計測機インジケータが熱い。

周りの肉が焼けて、動悸がする。

落ち着け。

一回、落ち着かないと。

たぶん、これ以上考えてはいけない。

考えれば、

希望を持てば爆発する。

全て嘘だと思え、落胆しろ。

こんなに上手い話はないだろ?普通。

全て嘘だ。

そう嘘だ。


「…あまりちんたらやってると、

お前のが持ちそうにねぇな」


カレンは僕の異常に気づいていたようだ。

まぁ、隠すつもりもなかったけどさ。


「爆発する前にさっさと始めようぜ。

ついてこいよ、セト」


ついてこい。


「どこに?」


まるで僕らがこの奴隷房の外へ自由に出られるみたいな物言い。


理解したのはすぐだった。

動作は一振り。

カレンが壁に向けあの光る魔法の鍵を振り下ろした瞬間だ。房の壁。石が積み重なったごく普通のその壁に、白に染まったドアが現れた。


「…ッ」


僕が唾を飲み唖然とその様を眺めてる間、カレンはドアノブを握り当然のようにドアを開ける。

開いた先、ドアの隙間から覗いた空間は白。

他には何もなくただ白しかなかった。


「ホラ、来い」


来いって。

僕にそう言うカレン。

けど本当について行ってもいいものか。

意味不明な空間だ、罠じゃないのか疑わしい。


いや。

いやいや、何ビビってんだ。

決めた。

妹を助けると決めた、もう逃げないと決めた。

なら進め、歩け。

勇気を持って一歩、歩くだけの簡単なことだ。


「あっ…、ああ、行くよ」


扉をくぐり抜けた先はただ真っ白なだけの空間だった。


多分、これは結界術の一種だろう。


魔法使いの中、その一握りには現実と異界との狭間に亜空間を作り出せる術者が存在する。殺されてしまった父から昔、そんな話を聞いたことがあった。


そして、異常を感じる。


「…計測機インジケータの動きが止まった?」


この空間に入り、気がつけば肩の計測機インジケータの熱が収まっていた。

熱だけじゃない、他の機能も完全に停止している。

これならだって満足に使えるだろう。


うん、多分ね。

腕が鈍ってなければ。


呼吸を置くまもなく次の瞬間だった。

瞬きより早い一瞬で、僕の身体は移動した。


ーーー



「アンちゃんがカレンの言ってた、子供さね?」


移動したそこには色と物ばかりに溢れていた。

動物を模した噴水や黄金で作られた広間。

床に広がる一本の赤いカーペットの先、僕の目の前には崩れた体勢で椅子に座る女がいた。


僕ら奴隷のような見窄らしい格好はしていない、胸元の開けた派手な服に化粧、太く伸ばしたアイシャドウ。

床につくほど長い金髪に、20代前半であろう年齢、褐色の肌。


自分が上位の存在であると疑わせすらしない横柄な態度。


どこかの国の王様、

貴族様と言われても多分驚かないことだろう。


そんな彼女の横には付き添うように5人の男女が並んでいた。その中には僕と共に移動させられたであろうカレンの姿だってあった。


「ウチの名はイシェト。

イシェト・ザビ・グレーディア。

アンちゃん達が囚われてる奴隷島。

そこから海を渡ったエルシェア大陸の南東にある国、グレーディア国の第二王女さね」


グレーディアの王女、

イシェト・ザビ・グレーディア。

褐色の肌を持ち黄金を纏う彼女は本当に王女だった。

いやでも、驚かないとは言ったが…アレは嘘だ。

めちゃくちゃ驚いた。

ってか突然の展開の連続で驚きっぱなしである。


「ぼ、僕は…」


しかし、僕は田舎者だ。

王女様に謁見なんて人生史上初のことで、それも突然、こういう時はなんて答えたらいいのか分からなかった。


「ああ、良い良い、楽にせい。楽にせい。

そこに座っても良いさね?」


「え、い、いやそれは流石に無礼がすぎるというか…、あっ…えっと、このままでいさせてください」


座る方が立ってるより心地悪かった。


「ふむそうさね?

なら話を初め…る前に少し格好が汚いさね」


パチンと、指をならすイシェト。

今度は瞬間移動じゃなく。

僕の服装が変わった。

イシェトの着ているような黄金を纏うおそらくグレーディアの民族衣装だろう服に強制的に着替えさせられた。


「うんうん、似合ってるさね。

やっぱり人間、清潔感は大事さね。


さて、さて…セト・ソフィール。

アンちゃんのことは予めカレンから聞いていた。

それで話を聞いてみたくなってカレンに呼んで貰うように頼んだのさね」


ん?あれ?

僕を信用してって話じゃなかったっけ?

そうカレンを見ると、カレンは見事に僕から視線を外す。


「…僕を何のために呼んだんですか?」


「奴隷島から脱出するためさね。

そういう話をカレンからされなかった?」


された、されたけど。

疑問ばかりだ。

間違いなく彼女は奴隷じゃないだろう。

だって開けた左肩に計測機インジケータが見えない。

それに、出てるオーラが明らかに奴隷じゃないと言っている。


何故、ここの奴隷でもないこの人が奴隷脱出の計画を取り仕切っている?

10歳の子供である俺をわざわざ呼んだ理由ってなんだ?


「ふん…。

聞きたいことが沢山あるって顔をしてるさね。

よいよい、いくらでも言うてみよ。アンちゃんが満足するまで答えるさね」


ならお言葉に甘えよう。


「… あの、なぜイシェト様は私ども奴隷の脱出計画にご協力なさっているのでしょうか?」


「ほう?」


慣れない敬語を頑張って使った。


「聞けばイシェト様は遠方の王家の方。

ペルディシオの奴隷との関係は薄いように感じます」


王族と話すのってこんな感じでいいのだろうか。

これなら無礼じゃないよな?

…不安だ。

不安だけど話さないわけにもいかない。


「人助けさね」


イシェトは真顔で一言、そう返した。


「関係が薄かったら人助けはしてはいけない…。

関係がなかったら困ってる人を見捨ててもいい。

アンちゃんが言いたいのはつまりそういうことさね?」


「え?いっ、いや、そういうわけでは…」


「あははっ!

あはははは!

いやいや冗談さね!さね!

冗談冗談。ぷぷぷ、顔面白っ…ごめっ、まじツボ…」


僕の慌てる顔がそんなに面白かったのか、爆笑。

ダンダンと純金の椅子を叩くイシェト。

やがて落ち着いたのか、はあはあと肩で息を吸いながら答えた。


「人助けをしたかった、それも本当のことさね」


僕は静かにイシェトの表情を測る。


…多分、本当のことだろう。

この人は、イシェトは。

良い人か悪い人かで区切ったら良い人に当てはまる。

善か悪なら善だ。

人助けをしたいという言葉に嘘偽りは感じられない。


だが、隠していそうだ。

その奥の真意を。

なにか大事な本当の目的を言っていない。


今それを聞き出すべきか、否か。


…。

どうするか。


…いや。

多分聞いたところでさっきみたいにはぐらかされて終わるだろう。あのよく分からない笑いのツボも話を晒すための演技だとしたら、イシェトにとってこの話題はあまり触れてほしくないもの。


…ならここは聞かないべきか。


僕らは今助けられている側。

与えられている側なんだ。

選べる権利なんてものはもともとないのだから。

もしここでイシェトの機嫌を損ない、奴隷全員が見捨てられるような事になったら僕に責任なんて取れない。

それに、少なくとも脱出するという観点だけでは信用はできるはずだ。


「そういうことなら…はい、分かりました。

イシェトさまのご厚意に奴隷の一人として感謝申し上げます」


…もしくは考えすぎなのかもしれない。

全部考えすぎ。

いいじゃないか。

善意で助けてくれるって言うんだ、それに乗っかってもいい。


嫌な人間になった。

昔の僕はもっと素直な人間だった。

1+1は3だと教えられれば、それを笑顔で鵜呑みにするくらいには純粋な子供だった。

けど家族を殺されてここに来てから、疑り深くなった。

今となっちゃそれが良い変化なのか悪い変化なのか分からない。

ただ、生きづらくなったとは思える。

戻れることなら昔の自分に戻りたいと、そう思える。


「よいよい、照れくさいではないか…。

あ、その代わりウチが女王になる時は愚姉といざこざが起こるだろうからみんな手を貸してね〜」


軽いな!

かなり軽い!

すごく重たいすごく話を軽く言ったな!

絶対それが本当の目的だろう!


「ってのは冗談さね」


ずいぶん冗談が好きな姫だなぁ!

もうこっちからしたら何が何だか分からないよ!!


「…こほん…あの、では次のご質問に移らせて…」


「待てい」


鋭いイシェトの声。

僕は言葉を止めた。


「の、前に一旦休憩さね。

これから長そうだからウチ、トイレ行ってくる」


パチンと、また指を鳴らせば、

イシェトの姿は目の前から完全に消えてしまった。

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