第5話 正当化するつもりはない


「お待たせさね、続きを始めよう」


10分ほどの休憩を挟み、イシュトは再び王座につく。


「えーなんだったさね…

あー。

聞きたいことをなんでも答えるって話だったさね。

まだある?聞きたいこと」


「僭越ながら」


「聞くぞ。次は何を知りたい?」


「では、何故私をここに呼んだのでしょうか。

なぜ呼ばれたのが私だったのでしょうか?

私は10歳の男子、年齢を言い訳にはしたくありませんが、大人と比べ力不足です」


「カレンからセト・ソフィール、アンちゃんのことは聞いていた。

生意気だけど頭の切れる子供が同じ房にいると。

聞いた上で上手く使えそうだと判断した、だからここに呼んだ」


「しかし…」


「じゃあ、猫の手も借りたい状態。

それとも、アンちゃんの手は猫の手より使えないってこと?」


…。

この人、結構頭が切れそうだ。

そう言われちゃこっちは何にも言えなかった。


「虎の手くらいなら使えると思います」


「はっ!なにそれ、オモロ」


イシェトは手を叩く、笑いの沸点が低そうだ。


「では次。

単刀直入に、脱出作戦のことを聞かせてもらいます。

イシェト様は一体どのように僕ら奴隷をペルディシオから脱出させるおつもりなのでしょうか?」


「ふん、やっぱり気になるさね」


…。

本題。

僕はこれを聞きに来た。

イシェトが何者なのかとか、目的がなんだとか

は気になりはするけれどどれも優先順位の次。


「しかし、それを話す前に。

今現在のアンちゃんの肩についている計測機インジケータの異変と、ウチの能力について説明しなきゃならないさね」


物事には順序というものがあるさね、と付け加えたイシェト。

僕はこくりと頷き返す。


「ウチの能力…。

魔法とも呼ばれるそれは、瞬間移動の力。

触れたものを別の場所に瞬時に移動させる力さね。

けどこれには二つの制限がある。

一つは自分自身を移動させられない。

二つは手で触れていないと移動させられない」


世の中の事象全ては両天秤にかけられる。

何かを得るにはそれと同等の何かを失わなければいけないとはよく言ったもので、日常の些細なことにすらこの世界は対等な見返りを要求する。


瞬間移動などの、

一見なんでもできるかのように見えてしまう魔法だってその秤から逃げられない。

人のキャパシティを超える力を扱うには代償として何かの制限ルールをつけなきゃいけない。

それは大なり小なり様々あるが、

魔法を扱うものは皆必ず自身の魔法に何かしらの制限、弱点を付ける。

何故ならそうしないと魔法は発現しないから。

魔法そのものが人を逸脱した力だからだ。


「けれども例外もあるさね。

この空間。

ウチが作り出したこの結界空間の中だけではさっき話した二つの制限が解除される。

だからこうやって…」


そうイシェトが僕に指を向けた直後、

彼女の手のひらの上に見覚えのある物体が乗っかっていた。


「アンちゃんの計測機インジケータを安全に取り出すこともできるさね」


それは今まで僕の左肩に埋め込まれていた忌まわしき計測機インジケータ


「ウチにはこの計測機インジケータの内部。

起爆部分や警報装置だけを取り外すことも可能さね」


イシェトは手のひらの上で数回計測機インジケータを転がした後、再び瞬間移動を駆使して僕の肩に計測機インジケータを取り付けた。


「これでアンちゃんの計測機インジケータは無力化。

爆発することは一切ないさね。

けど、まだそれはつけといて欲しいさね。島に戻った時に計測機インジケータが外れていたら目立つから」


「…え、ええ分かりました」


外れた。

僕を苦しめていた枷がこんなにあっさりと…。

嬉しさというよりはどちらかといえば驚きの方が強かった。

いや嬉しくないわけではないけれども。


「まぁ、こうやって今わざわざ分かりやすく見せたけど。実はアンちゃんがこの結界に入りこんだ瞬間に計測機インジケータは無力化してるさね」


「え?」


「じゃなきゃ、島の外に出たって判定になってあっという間に爆発しちゃうさね」


…身に覚えはある。

確かにこの空間に入った直後、計測機インジケータは活動を辞めた。

そうか、あれはイシェトのお陰なのか。

カレンの計測機インジケータが発動しなかったのも、全てイシェトが計測機インジケータを改造したからだった。


「アンちゃん…。

その時、

嬉しさのあまり自分の魔法使おうとしたさね?」


「…分かるんですか?」


「魔力の始まりを感知したさね。

この結界内はウチの箱庭。テリトリー。

起こったことは手取り足取り分かるさね」


イシェトに魔法を使えることがバレたようだ。

ソフィア以外にはまだ誰にもバラしてなかったんだけどなぁ。

ま、べつにいいか。

知られてそこまで困ることでもない。

どのみち作戦を聞いた後に自分から話すつもりだったし。


「さて、ここらで話を整理するさね。

ウチはアンちゃん達ペルディシィオの奴隷の解放を援助できる。

しかしそうは言っても、アンちゃん達がそこから脱出する為には破らなければいけない障害が3つほどある。

1つが肩に埋め込まれた計測機インジケータ

2つが危険海域レッドゾーン

そして最後の3つ目、教団監視者達の存在。

これら全ての枷を外すことができればアンちゃんら奴隷は晴れて自由の身ってことさね」


「イシェト様はその方法を知ってるんですよね?」


危険海域レッドゾーンについては、ウチの持つグレーディアの船を出せば簡単に解決できるさね。

奴隷何人だろうが乗船可能。

海を越えること、そこについては一切の心配はいらないさね。


ただ問題なのは他の二つ。

計測機インジケータと教団監視者。

計測機インジケータは個人ごとならウチが外せるけど、島の奴隷全員分を一気に取り外すとなるとどうも現実的じゃないさね」


「もし、もしですよ。

奴隷全員をこの空間に連れてきて、イシェト様のいるグレーディアに移動させるみたいなことって出来ないんですか?」


「無理さね。

入った場所以外からは出られないのがこの結界の仕組み。

だからグレーディアからこの結界に入ったウチはここから出てもグレーディアだし、奴隷島にいるアンちゃん達はここから出ても奴隷島。


それに、奴隷全員をここに連れてくるって結構厳しい条件と思うさね。

奴隷島からアクセスできるこの結界への入り口は二つ、アンちゃん達の21班の奴隷房と103班の奴隷房。

そこに、島の奴隷全員を集められるさね?」


「それは…」


「他にもこの結界には人数制限もある。

10人以上は同時に入れないさね。

だからアンちゃんと言うことは難しい」


不可能だ。

イシェトの言うように現実的じゃない。


「だからウチが推奨するのは本体の方を叩くこと。

計測機インジケータにはそれぞれを管理管轄する制御装置マザーエンジンってものが存在する」


制御装置マザーエンジン?」


「そう。

奴隷島のどこかに必ず存在するその制御装置マザーエンジンを破壊することができれば、奴隷全員の計測機インジケータは機能を停止する」


制御装置マザーエンジン

それを破壊することができれば。

僕ら奴隷をもう縛るものはなにもない。

教団に反撃ができる。武器を持ち戦える。

暴力にワクワクしたのは初めてだった。

今まで虐げられてきた僕ら奴隷がついに戦える。

復讐を果たせる。

こんなに気持ちのいいことは他にないだろう。


…いや…。

まて、よく考えろ。

それは本当に良いことか?


「大乱闘。

奴隷島には血の雨が降るさね。

支配者と奴隷の文字通り人生を賭けた大戦が始まるわけ」


…戦いだ。

マザーエンジンを壊せば戦争が始まる。

人と人が殺し合う。

けど、壊さなきゃ僕らはずっと奴隷のまま。

虐げられる。


「グレーディアの国の兵を出すわけにはいかない。

出せるのはせいぜいウチの私兵くらいさね。

ウチらはアンちゃん達に少しの支援はしてあげられる。

でもそれは本当に最低限さね。

最後の最後。

決めるのは、いつだって戦って自由を掴むのはアンちゃんたち奴隷だ。

奴隷島にいる教団監視者と奴隷の割合じゃ倍以上の圧倒的な数の有利があるさね。

勝機ならあまりあるほどある。

それこそ、9割がた勝てる。

世の中に絶対なんてないけれど、限りなくそれに近い戦争になるさね」


「けど…それじゃ人が大勢死ぬじゃないですか」


「ならやめるさね?」


冷たいイシェトの声。

鳥肌が立つ。今、僕は人生の特別な決断を迫られているのだと理解する。


「これは自由を勝ち取る戦争さね。

人も死ぬだろう。

制御装置マザーエンジンを破壊して戦争が起これば奴隷も監視者も大勢が死ぬことだろう。

それが嫌ならやめるさね。

そのまま牢獄で一生働かされ、虐げられ。

死んでいくのを待てばいい。

誰も止めないさね」


「イシェト様…他に方法はないのですか…」


「そんなものはない…さね。

戦わずに得られる自由など存在しないさね」


「それでも戦いたくない人間もいるはずです。

戦えない人間もいる。僕らがやろうとしてることはその人達を巻き込むことになるのではないですか?」


僕は保護室で何を見た?

怪我をし、病気を患い、満足に動けなくなった人間を見た。

それを助ける人達を見た。


彼らは争いを望んでいるのか?

争いに耐えられる強さを持っているか?


「少数派だよ。

大多数は自由を求めてる。

戦い、勝ち取り、その先の自由を求めてる。

アンちゃんの言う通り、民意は一つじゃないだろう。人の意が真の意味でまとまることなどない、それはウチがいやというほど知ってる。


けど、それでも我々は決断しなきゃいけない。

重く、恨まれる決断もしなきゃいけない。

いいか?甘ったれるなよ?

綺麗事だけじゃこの世は奪われるだけだ。

なぜお前は奴隷になった?

奪われたからだ、違うか!?

尊厳、自由、人生を奪われたからだ!!

それを取り返したいとは思わないのか!?

さあ、選べ!今選べ!!

何を得て、何を捨てるのかを今選べ!」


その時、一瞬、ソフィアの顔が脳裏を過った。

殺された家族全員での風景が鮮明に映った。


決意したはずだ。

ここにくる前に既にカレンを殴ったあの時に。

そうだ、戦争を起こすその手伝いをしよう。

自分を正当化するつもりはない。

罪を突き付けられたなら背負って生きよう。

罰だって受けよう。誰に恨まれたってもいい。


ただ、それでもソフィアは。

何に変えても妹だけは、幸せにしたかった。


閉じた瞼を開く。


「…やります。マザーエンジンを壊しましょう」


「ふぅん。

ちょいと久しぶりに熱くなったさね」



イシェトは熱を覚ますためパタパタと手元の扇で顔を仰ぎながら水を口に含み言った。


「こほん、歓迎するさね。

セト・ソフィール」

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