第6話 精霊召喚
「セト・ソフィール。
アンちゃんがどれくらいの使える人間なのか、ここにいる5人の人間はそれを知らない。
今後確実な脱出計画を組み立てるためにも、ここでアンちゃんには自分の有用性を証明してもらう必要があるさね」
5人。
イシェトの周りにはカレンを含め5人が立っていた。
見るからな高身長メイドに、
メガネをかけた痩せ型のおじさん。
あとはガタイのいい巨体のおっさん。
そして僕と同年代ほどの子供。
彼らに僕の有用性を証明する必要がある。
「それは、具体的に何をすればいいのでしょうか?」
「簡単なことさね。
今からウチらの前で模擬戦をして欲しい。
相手はこちらで用意させてもらうさね」
模擬戦。
もう僕が戦えるってこと前提で話が進んでいる。
まぁ、戦闘には多少の心得があるから間違ってはないけれど。
「魔法使いなら当然、戦う事くらいできるさね?」
魔法は古来から人の闘争の道具として発展してきた歴史を持つ。
…魔法使いでまったく戦えない人間の方が少数派という意味での“当然“なのだろう。
「ええ、いいですけど…。
あの、ですが僕とカレンにはあまり時間がないです。
また後日にしませんか?」
僕とカレンは夜中にコッソリ抜け出してこの結界内に来てるわけで、イシェトと初めましてしてからもう既に1時間くらいが経過していた。
そろそろ戻らないと房にいないことがグライドや監視員にバレる恐れがあった。
「それなら問題ねえ」
イシェトじゃなくいつの間にか僕の横にいたカレンが答えた。
「この結界内と外は時間がズレるんだ」
「…時間がズレる?」
「ここでの1時間は向こうでの1分」
「…ああ、なるほど」
つまり、外では僕らが消えてからまだ1分ほどしか経ってないってことか。
「おかげでここに長くいると外より早く老けて嫌になるさね。
まったく、こんなルール誰が付けたのか」
そう欠伸を噛み殺すイシェト。
貴方が造った結界じゃないのかここは…?
「なるほど、そういうことなら今からでも構いませんよ?
その、模擬戦。
時間の心配が無くなったなら」
パチンと指が鳴る音がした直後、今度は闘技場の中央に移動した。
身体がコロコロと移動するこの感覚は何度体験してもなかなか慣れないものだ。
転移直後の反動で舞い散る砂埃が徐々に引いていき、目の前に誰かがいることに気がついた。
子供だ。ソイツは10歳の僕とそう変わらない背丈を持つ子供。
イシェトの横に立っていた奴だった。
140センチも無いだろう身長に金髪碧眼。
腰には彼の体格に合わない少し長めの直剣を携え、
黒一色の服に狐を模したアイマスクをつけていた。
その下から覗いた鋭い瞳が、一瞬たりとも見逃さないとキツく僕を射抜いてくる。
「初めまして、セト・ソフィール。
私はこれからの模擬戦の相手をさせてもらう
イズナ・フレンジャーと申します。
貴方と同じく島の奴隷であり、現在はイシェト様の下につき反乱を企てています。
仲間として、以後お見知り置きをお願いします」
「あ…え、えっと…どうも」
あまりに丁寧な言葉遣いをするイズナに若干ドギマギする。
「さっそく模擬戦のルールを説明します。
ルールは簡単、殺人と過度な傷害はNG。
相手に負けを認めさせるか、
もしくは観客席の皆様の静止の合図で決着です」
観客席の皆様…。
これからの戦いは見られてるってことか。
このデカい闘技場のどこからか。
「なるほど、分かったけど。
因みに過度な障害ってどれくらい?」
「今後の生活や作戦に支障が出るようなものは極力控えていただければと」
「了解」
まぁ、そうだよな。
所詮は遊びだ。目的は相手を倒すことじゃなくて力を見せることだし。
「ならさっそく始めよう、いつでもいいよっ…」
突然の危機感。
僕は一歩後ろに下がる。
「よく避けましたね」
気がつけばイズナは既に抜刀していた。
腰の鞘から剣を抜き断ち切る居合いの要領。
剣筋なんてものは速すぎて全く見えなかったが、直前まで自分がいた場所にクッキリと残る痕跡がそこに刃が走ったのだと裏付ける。
いや、
いやいや。
あのさぁ…
いいよとは言ったけど…。
始めようって言ったけどさ。
普通、言った瞬間に切ってくるやつがいるかな?
危なかったよ?
ギリギリ避けれてなかったらバッチリ過度な傷害判定だったよ?これ?
「ですが、安心しました。
これくらいの攻撃は最低限避けて貰わないとこの先足手纏いになるだけですから」
「お、お前…やる気なんだな。マジで…」
「マジ?いやマジではやりません。
過度な傷害は禁止事項ですよ」
ええ…、そっちが先に破らなかった?
アレは…過度な傷害じゃなかった?
うーん?
「さあ、次はそちらの番です。
そんなものではないですよね?
見せて下さい、貴方が隠している力を」
イズナの瞳の奥からから過度な期待を感じる。
別に隠したくて隠してたわけじゃない、使いたくても使えなかっただけ。
それに、そんな期待されるほど大したものでもないし。過大評価。
けど、まぁ。
そこまで言われたなら見せますよ。
僕の魔法ってやつを。
「よければ、その剣を貸してはくれませんか?」
僕はイズナに頼んだ。
「剣を?」
「魔法を使うのに必ず必要ってわけじゃないんだけど、あった方が楽なんです」
「…」
イズナは顎に手を触れ暫く考える。
まぁ、これが実戦だったら自分の剣なんてわざわざ敵に渡す筈もないだろう。
けど、これは模擬戦。
もしかしたらそんな可能性あるかなと。
頼んでみた。
「ちゃんと返してくれるならいいですよ」
「もちろん返すよすぐ」
僕はイズナの近くまで歩き、抜き身の剣を受け取った。
よく手入れされた剣だ。
付いている傷からしてかなりの年代物だろう。
それなのにサビ一つ見当たらない。きっとイズナはこの剣を愛してるのだろうと、一目で気づけることだった。
僕はその剣の先端で僕自身の手のひらを傷つける。
ギュッと握った拳の中からは血が滴り、砂の地面にぽつりといくつもの点を描き始めた。
「ありがとう、切れ味のいい剣だね」
僕はそう言ってイズナに剣を返す。
「もう私の剣の役目は終わったようですね」
「うん、終わった」
「一つ聞いていいですか?
なぜ手のひらを切ったんですか?」
「僕の魔法を使うには僕の血を流す必要があるんだ。
それも新鮮なの。
痛いし厄介だけど、これがルールだから。
本番はナイフとかでちゃちゃって切るんだけど、今はあいにく待ち合わせがなくて」
昔、どうしても刃物が見つからなくて爪で皮膚を切り裂いてむりやり出血したこともあった。
あれは痛かったな。
もう極力やりたくない。
「…なるほど」
「じゃ、今度こそ魔法を始める、少し離れて」
イズナは僕の言う通り二歩ほど後ろに下がる。
「ゲイリ・ゴウ・ガルス・ザン」
詠唱を開始するとすぐ。僕が地面に流した血流は地面に流動し円を書いていく。やがて、血は僕一人を取り囲む小さな魔法陣になった。
今から取り行うのは僕の一族に代々継承されてきた召喚魔法、その儀式。
精霊召喚。
「こい。
魔法陣から突風が巻き、合図と共に地面の魔法陣の輪郭が赤く輝き始める。
僕は一歩下がり、魔法陣の中心を開けた。
空白の魔法陣の中心部が黒く染まり、次元と次元が繋がる。魔法陣の中央、狭間の暗黒面からは一体の生物が異界から腕を組みながらゆっくり浮上し現れた。
「鼬…だ」
そう。
イズナが言う通り、僕が呼び出したのはイタチ。
僕ら子供と同じほどの身長がある、尻尾に金属の鎌がついた、イタチにしてはでかすぎる鎌とイタチの精霊。鎌鼬。
後ろ脚の二足で地面に立ち。前足で腕組む、根性と書かれたハチマキをアタマに掲げるおかしなイタチだった。
「おんどれぇ。
懐かしい顔じゃあねぇの、セト。
最近めっきり呼ばれねぇからついにおっ死んじまったんかと思ったじゃねえか」
鎌鼬は僕に話しかける。
精霊の中には人のように自意識を持ち言葉を操る個体もいる、上位の個体ほどその傾向は高く、鎌鼬はなかでも特別流暢に話せる個体だった。
もちろん自意識を持つ分、扱いも非常に難しいんだけど。
「やあ、なんとか生きてるよ、久しぶり。
カマイタチ」
「そんで、なんじゃあ、戦闘かぁ?
ワシはどこのどいつを切り刻めはいいんじゃあ?
そこのガキんちょか、アイツ殺せばいいんか?
あぁ?」
「うん、そのひと。
けど残念、今回、切り刻むのはなし。
これは模擬戦で、過度な傷害は禁止されてるんだ」
初めに切り刻まれそうになったことはあえて言わなかった。
過ぎたことだ、それにボクは避けたし。
「ふぅん、なるほどなぁ…って、オイオイ!
なぜそんな戦いにワシを呼んだんじゃ?
明らかに適任じゃねえ!
ワシの得意技は切ることだゼェ?この尾っぽで斬り刻むことぉ!知ってんだろーがぁ、おい!!
こんなガキの遊びにワシを巻き込むんじゃねぇよい!」
「それは悪いって思ってるよ。
けど仕方ないんだ。
僕にはもう、戦える精霊が鎌鼬しか残っていないから」
僕が今呼び出せる精霊は2体しかいない。
鎌鼬と後もう一体、それも非戦闘用の精霊しかいなかった。
「…あぁん?…なんだと?
おめぇ、他の精霊はどうしたよ?鷲は戦闘向きじゃねえからともかくよぉ、
アホ狸とナルシスト蛇の野郎は?
蛇の方なんか生け捕りが得意分野じゃろうがよお」
「2匹とも殺されたんだ」
僕の所有する精霊はもともと全部で4匹いた。
けど火傷の男に襲撃された夜。
あの日、僕は里のみんなと共に狐と蛇の精霊を呼び出して火傷の男と戦い。
そして破れ精霊も殺された。
僕ら精霊使いは、僕らが生きるこの現世から外れた場所にある異界、精霊界にいる精霊を呼び出し駆使して戦う魔法使い。
しかし、精霊だって生き物。
当たり前だけど傷付けば死ぬ。
死んだらもう呼び出せない。
肉の塊になるだけだ。
「誰に殺されたんじゃ!!」
仲間を殺されたことを知り、怒りを露わにする鎌鼬。
「それについて詳しく話してやってもいいけど、今は目の前に待たせてる人がいる。
いつまでもぺちゃくちゃおしゃべりってわけにもいかないだろ?」
「それもそうじゃがぁ!
ええい不服!
そこまでの非常事態があってなぜ最強のワシを呼ばなかったんじゃい!!」
精霊一体一体長所と短所があり、適材適所があるが、こと殺し合いに置いては僕の手持ちの精霊で1番強く頼りになるのは鎌鼬だった。
「だって…水曜日だったからさ」
「水曜日か!それじゃ仕方ない!」
それなのにあの時、鎌鼬を呼び出さなかったのは、いや呼び出せなかったのは水曜日だったから。
水曜日は絶対に呼ばないという鎌鼬との契約があったから呼びたかったけど呼べなかった。
「要は鎌はつかわず、拳でやれってこと」
「ふん、余裕、上等じゃい」
鎌鼬はなんやかんや言いながらも戦ってはくれるみたいで、鼻先を親指で弾きイズナに向けそれっぽいファイティングポーズをとった。
それに対し、イズナも剣の構えを取り、
今まさに模擬戦が始まろうとしていた。
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