第2話 双子
騒動とまではいかないまでも、人が死ぬ事件に直接関わってしまったからだろう。次の日の労働はいつもの石運びとは少し違ったものだった。
「まったく、こりゃひでぇな」
部屋に入るやいなや映る状況を酷いとカレンは表した。
それには概ね同意。
同じ意見。
僕ら21班が足を運んだのは奴隷専用の保護室。
日々の危険な肉体労働や鉱山病などで倒れた奴隷の看病をする部屋で、数々の女奴隷が負傷者の為に働いていた。
保護室の有様は僕の想像通りだった。
初めてこの保護室の話を聞いた時に、奴隷の身分でまともな治療が受けられているのか疑問だったが、やはりそうなのだろう。
まともな治療なんかが受けられるはずもなかった。鼻を塞ぎたくなる腐った肉の匂いに、傷口を抑える悶え苦しむ人達。明らかに不衛生な汚れた包帯を巻かれ、それのせいで患部が腐りウジが湧いている奴隷も見られた。咳と苦しみのうめき声は絶えず、舞うハエと奏でる死の不協和音ばかりが聞こえてくる。
そんなあまりにグロテスクな一室。
「…生きているのか?」
横で不謹慎なことを言うカレン。
それ、ここでは1番言っちゃいけないだろうに…。
「おい、ガキ共、何ぼーっとしてんだ。
ついてこい、仕事だ」
部屋に入るやすぐ足を止めた僕らにそう声をかけるグライド。
グライドはここでのベテランだ。
このペルディシオ奴隷島に来てから10年以上も経つという。
だからこんな惨状も見慣れてるのだろう。僕らのように固まることもなく、負傷者と目を合わせることもなく間を縫うようにすらすらと先導する。
僕とカレンは顔を見合わせ、
「あ、うっす」
「はい」
そのままグライドの後につき、一人の人間の前に立ち止まった。
「貴方達が21班ね。
はじめまして私はこの保護室を取り仕切ります、90班の班長ラニア・ガイアス」
ラニアはグライドと似ている雰囲気を出すベテランの女性だった。鋭い目つきに抑揚のない声。しかしグライドとは違うところもありどこか背中にピリリと刺す強みのようなものがある。
「さて。
ここに来たってことは貴方達。
やるべきことはもう知っているわね?」
ラニアの問いに僕らの回答を待たずしてグライドがすぐさま割って入ってくる。
「今回、俺らの仕事はいつものような石運びでも、女どものような怪我人の看護でもねえ。
死体の片付けだ。
炉まで運び、焼いて、埋める、簡単だろ?
猿でもできる…いや、猿がやる仕事だ」
「あの、猿じゃないっすよ俺ら」
「ああ悪い、奴隷は猿以下だったな」
死体。
別におかしいことじゃない。
ここは働けない怪我人と病人を看る部屋。
死と生の瀬戸際を看る部屋なんだから。
「で、ラニア、今回その死体はどれくらいあるんだ?」
グライドがラニアに聞いた。
保護室には知人がいるとグライドは予め僕らに言っていたが、ラニアが多分その知人なのだろう。
「ざっと、13体ってとこね。
今日中に頼むわよ、腐ったら他の患者に悪いから」
そう、ラニアは部屋の隅に指を指す。
視線誘導の先、誰もが寄りつかないあからさまに異様なそのエリアには顔に布が置かれただけの人間が13人ほど捨てられるように横たわっていた。
「…っうぷ!」
カレンは口を抑える。
顔面蒼白、もうリバース秒読みってのは誰の目からも明らかだった。
「キミ、吐くなら外で吐いてちょうだいね」
ラニアの釘刺しにコクリコクリと頷き口を抑えたまま慌てて部屋を出たカレン。
「はぁ…まったく。
だから
カレンのそんな様子を見て困り顔でぽりぽりと頭を掻いたグライド。
やがてその視線は僕を向いた。
「ん?ガキ2号。
お前はあのバカと違って平気そうだな」
…平気。
いや、平気ではない。
僕だってこの惨状に感じるものがあるのは確か。
状況が違えばカレンのように吐いてたかもしれない。
そう、状況が違えば。
僕は弱さを見せてはいけなかった。
特にここでは強い自分である理由があった。
一人、この部屋で働く女性の中にただ一人、手を止め僕をずっと見つめていた少女がいたから。
「ソフィア…」
妹はここにいた。
ここで働いていた。
「ああ…ソフィア?」
「…まさか…。ええ…でも確かに似てる。
貴方…ねぇ、貴方…!もしかして、ソフィアちゃんが言っていた兄って…」
グライドとは違って察しの良いラニア。僕が一言ソフィアの名を呟いただけで理解したようだ。
「…ラニアさん。
僕はセト。セト・ソフィールといいます。
…ソフィア。
ソフィア・ソフィールは僕の双子の妹で…。
家族で…。
あの…ソフィアはここで上手くやれてるでしょうか?」
ソフィアのことだ。
なんでもそつなくこなすとは思うけど。
それでも心配だ。
例えばホラ人間関係とか。
僕は男だから女性社会のことは分からないけど、でもどこかで陰湿なこともあると聞いたことがあったから。
「なによぉ!!
もーー!ソフィアちゃんのお兄ちゃんなら初めから言ってくれればいいのにぃ!!
うんうん!ソフィアちゃん、ここでは人気者よ!大丈夫!上手くやれてる、やれすぎてるくらい!」
ラニアの鉄仮面が剥がれた瞬間だった。
あんだけ固く鋭いオーラが一瞬にして、柔らかくそして温もり溢れたものに変わる。ラニアのあまりの豹変ぶりにしばらく困惑していると。
「コイツ、身内にはとことん甘いタイプなんだよ」
そうニヤケ顔で親指をラニアに向けたグライド。
ラニアは気にすることもなく腕を組んだ。
「いいわよ、少しくらいなら話しても。
兄妹積もる話もあるでしょ?」
「ええ?いいんですか」
「勿論。ここは女ばかりってのもあって教団の監視の目が少し緩いの。まぁだからって人の命を預かってるんだから遊んではいられないけどね。
それに!家族の間に割って入れる人がどこにいますか…いやねぇ、私もね息子が…ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ」
許可も貰ったことなのでラニアの話を半分に聞き流し、僕はソフィアの元に駆けつける。
「お兄ちゃんッ!!」
ソフィアは僕の胸に飛び込んだ。
僕と同じ色をした白い髪に赤目のソフィア。
僕らの産まれた里ではごくごく一般的だったこの容姿もここじゃよく目立つものだった。
「会いたかった…。
会いたかった…ずっと、ずっと…」
ソフィアは僕の胸に顔を押し当て泣いていた。
「ソフィア…。
僕も、僕だって会いたかった…。
お前のことが心配だったんだ。
ずっと…ずっと…」
ソフィアの頭を抱き、僕らは膝をつく。
ところどころから視線を感じられたが、すぐにそんなものは気にならなくなった。
「辛いことはなかったかい?」
「あった。
辛いことならいっぱいあったよ!
パパもママも…友達も…みんな死んだ!
アイツに殺された…!!
ここで出来た友達だって…だって…」
「…」
沈黙。
静かなソフィアの鼓動を感じる。
抱き合う時間は僕らにはもう2人しかいないと互いに噛み締める時間だった。
「でも、でも!耐えられるよ?
ソフィアにはお兄ちゃんが残ってるから。
…お兄ちゃんだけがいるから…だから…あの、あのね」
「どうした?」
「嫌だよ。
パパとママみたいにお兄ちゃんまで、どこか行っちゃ嫌だからね」
ギュッと僕の手を握るソフィア。
僕は笑顔でその手を握り返す。
「行かないよ、行くわけない。
ソフィアを一人になんかするもんか。
僕はいつだって、どこでだってソフィアのお兄ちゃんだ、ソフィアの1番の味方だ」
「うん…うん。うんうん」
「大丈夫。だから大丈夫だ。
立とう、ソフィア。
辛くても、泣きたくても立って歩くしかないんだ。
ソフィアには僕がいる。
僕にはソフィアがいる。
だから大丈夫!
絶対に大丈夫さ!
僕ら2人が揃えば何があっても支え合って生きていける、だから双子なんだ。
それが2人で産まれた理由なんだ」
「うん、大丈夫。
…2人一緒なら大丈夫」
僕らはまた強く抱擁する。
…大丈夫だ。
ソフィアの事は全て僕が背負ってやる。
殺された父さんと母さんの分まで、全部お兄ちゃんがなんとかしてやる。
そうだ、僕がやらなきゃいけない。
助けなんてないんだ。
全部。僕が。
僕はソフィアの頭の臭いを嗅ぐ、奴隷の身分だ満足に身体を洗えてないのだろう。垢の臭い匂いがした。…けど、それはそれで良かった。
この臭さで安心できた。
僕らは立ち上がり、ソフィアは泣き顔を上げた。
「よし!元気出ました!
お兄ちゃん成分補給完了!!満タン!」
「はは、なんだよそれ?」
「ふふっ…未知のスーパーエネルギーです!
ソフィア専用の!」
安心した。
目の前で両親を殺されたからソフィアの心がどうなっているか。一人で泣いてるんじゃないかって心配だったけど。
ソフィアは普段通り。
冗談を言えるくらいの余裕もあるみたいだ。
「そっか…ズルいな!
そっちがその気ならお兄ちゃんも妹成分補給しちゃおうかなぁ!!
あっ、それ、それそれそれ!」
「きゃあ!
ダメだよお兄ちゃん!
こんなところで!皆んなに見られてます!」
「ふひひ、いいではないか、見られてるからこそいいではなッ…」
「オイコラ」
1番良いところで僕の首元を後ろから掴み邪魔をするグライドがいた。10歳の僕の幼い身体は簡単にグライドに捕まれ宙にぶらりと吊るされる。
「仕事だ」
天国から地獄に連れ戻されたときの気分って多分これなのだろう。
「……。嫌です」
「拒否権はねえよ?」
「なら
「ダメだ、お前は男、男はこっち」
「じゃあ百歩譲って!」
「奴隷の身に譲れる百歩なんかねぇっての!
ってかなぁ!まず第一としてここで働く人達の邪魔になるだろうが!!
ああ、もーホントすいませんね、皆さん。
お仕事中なのにね。
ウチのが騒がせてしまってね」
僕の代わりにぺこぺこ周囲に謝るグライド。
いつもいつもグライドは謝り役だ、年長者も大変だなぁとしみじみ思う。
まぁ、今回それをさせてるのは他ならぬ僕だけど。
そして謝る気持ちもないけど。
「なら女装すれば。あーー!」
ジタバタするも抵抗虚しく引きずられケツを床に擦る。
「アイツ、重度のシスコンなんすよ」
「あら、顔が良いだけに残念ねぇ。
将来こじれなきゃいいけど」
いつのまにか戻っていたカレンとラニアがコソコソと僕の話をしてるところを聞きとりながら、僕ら21班3人は外に出た。
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