奴隷の主人公が頑張る話

黒魔道士

第1話 ここは孤島、奴隷島

ここは孤島、奴隷島。

ペルディシオと呼ばれる場所。

大陸から隔絶されたその島では、古代の預言者ソディスの教えを心棒するカルト教団【ソディスの翼】によって多くの奴隷が支配され日夜劣悪な環境で強制労働させられていた。


そう。

僕も奴隷だった。


「ちくしょう!!!」


畳10畳ほどの狭い奴隷房の中では息苦しい空気が充満していた。同房の青年、赤髪のカレンが苛立ちのまま石壁を殴っていたからだ。


「また一人、殺された!!!」


何度も、何度も、手から血が滲み床に滴るまで何度も殴り続けるカレン。

自傷行為で怒りを沈めようとしているのだろう。

そんなことで怪我をしても馬鹿馬鹿しいだけだろうから止めようとも思ったが、僕よりも早く動いた人がいた。


「おい、クソガキ。うるせえよ黙れ」


藁でできた貧相な寝床から起き上がった白髪の中年の男が、そう言ってそこらに落ちていた石をカレンに向けて投げつける。


「痛っ!」


石はそのままカレンの背中へと当たり、カレンは痛みのまま怒りの矛先をその男へと変えた。


「なっ!何すんすか、グライドさん!」


カレンからグライドと呼ばれたその白髪男は全く気にすることなく鼻をほじりながら次に投げる石を選んでいた。


「聞こえなかったか? うるさいって言ったんだよ」


「うるさいって…ああ、いや、あの…。

うるさいのはわかったんすけど、石を投げるのはやりすぎじゃないっすか?…人に石投げんなって親に教わんなって、があっ!痛ってぇ!」


続けて二発目をカレンに投げつけたグライド。今度のは少しあたりどころが悪かったのだろう、カレンはうずくまり悶絶した。


「あのなぁ、テメェがどこで何しようと勝手だがなこっちからしたら騒音でしかないんだよ。

迷惑なんだよ、うるせえよ死ねよ。

なぁ、607番。お前もそう思うよな?」


グライドは横目を投げかけ、突然僕の奴隷番号を呼んだ。

607番。それが僕のここでの名前だった。

ペルディシオの奴隷たちは効率的な管理と互いの監視のため個人ごとに番号を振られ、三人一組の班に分けられる。

一人のリーダーに二人の班員。

班はこの島における全ての生活を共にする。

寝床も労働も全てが三人一組み。僕らの生活するこの21番奴隷房。即ち21班はリーダーに最年長のグライド、16歳のカレン、10歳の僕の三人で構成されていた。


だからたった今そんなリーダーに話を振られたわけで、僕としては返事をしないわけにはいかなかった。


「…え、ええ。まぁ、そうですね」


グライドの言う通りカレンの怒りには騒々しいものがあったかもしれない。

周りに迷惑だといったらそのとおりだろう。


「ほら、2対1だぜ、ガキ。

こっちはお前のせいで寝れねえんだよ、分かる?」


その日の夕方が終わりかけていた。

夏場の夕方だ、夜が近い。

本日の強制労働を終え、たいして美味しくも栄養もないゴミクズ以下の飯を食べ、いつもならそろそろ寝付く時間。そんなタイミングで眠りを邪魔されたグライドの気持ちは理解できる。

しかし、カレンの怒りの理由も僕は知っていた。


「でも!だって!…だって!!

人が殺されたんだぞ!!アイツらに!!」


それは本日の昼間に起こった事件だった。


僕ら21班に割り当てられた仕事は神殿建設。


僕らを支配しているカルト教団はどうにも神殿を造りたいらしい。

それが何のための神殿なのかは知らないし、奴隷以外にろくなものもないこんな島に神殿を造って何になるのかも知らないけれども、理由なんかを知らされずにせこせこ働くのが奴隷ってものだ。


僕らは命令されるがまま石切場から立方体に加工された何トンもある大理石を引き運んでいた。

ピラミッドの建設でも想像してもらえるとそれこそ分かりやすいだろうか、石の下に丸い木を乗せ数人で少しずつ動かし引いていく、まさしくあのような要領で他の班と合同、協力して数キロ先の現場に持っていくというシンプルな仕事だった。


初めだけは毎日のように順調だったんだ。

今回は58班の方々と協力してやるということで朝の挨拶から始まり、58班とは何回か共に仕事をこなした仲だったので友達とは言わないまでも知り合い。トラブルもなくすんなりと仕事に入ることができた。奴隷監視員の目を掻い潜りながら軽い談笑などを交え、こなれてきた石を運び、現場の最終ライン。

つまりは神殿建設区間に立ちいった時に事件は起こった。


58班の一人に、監視員の足を踏んだ奴隷がいた。

彼は若い青年だった。現行10歳の僕よりはだいぶ歳上、だけど16歳のカレンよりは下、

それくらいの彼の見せた血の気の引く表情を今でも鮮明に覚えている。


もちろんそれは故意ではないだろうし、わざわざ踏む必要もないし。

おそらく気の緩みから起こった事故だろうってことは奴隷ならば瞬時に理解できるものだけど、それを管理監督する彼ら監視員からは受け取り方が悪かった。


監視員は簡単に腰の剣を抜いた。そして無表情に淡々と粛々と、屠殺を繰り返す養鶏家のような手つきでその青年の腹に剣を突き立てた。

びしゃりと血飛沫が上がり、青年の近くにいた僕の顔にまで血が降りかかる。


瞼に付着した血を拭い、

見えたのは人が倒れ、砂埃が舞った後だった。

人が刺され、倒れた。

それでも監視員は刺すことをやめなかった。

足を踏まれたことによほど腹が立ったのか、それとも僕らへの見せしめのつもりなのかは分からない。分かりたくもない。

多分、いや確実に死んでいるのにもかかわらず、倒れた青年の背中を何度も何度も剣で刺し続ける監視員。

あまりに無表情で機械的だ。

その姿は奴隷に恐怖を植え付けるのに十分だった。


「って!テメェッ!!!このッ…むぐっ…!!」


様子を見たカレンが切れた。

感情のまま監視員に飛び込もうとするカレンの背中を抑えいち早く止めたのは班長のグライドだった。背中からカレンの口と肩を強く抑え、グライドは耳元で静かに囁く。


「やめろ、落ち着け…お前が死ぬのは勝手だ。

だが、ここにいる全員を殺す気か?」


額に余裕のない汗が滲むグライド。

反抗的なカレンの言動のせいでこの場にいる全員に第二の緊張が走っていた。


それも人を殺されたさっき以上に。

カレンだって分かっていた。監視員への叛逆は連帯責任に当たる。つまり班員全体が罰せられる。

それが暴力ともあれば、死刑は免れない。

脳ではちゃんと分かっていたのだ。


「いいかっ!!?

この班には10歳のガキがいるんだ!

そいつも死ぬぜ?なぁ!分かってんだろう!?」


そうグライドは僕に指を指す。

グライドの言う通り僕は10歳の子供だった。

自分で言うのもなんだけど可愛らしい10歳の子供だ。

労働力だけが評価されるこの奴隷島で僕くらいの年齢の子供は大変珍しく、この歳をいいように使われたなぁと思いながらも、そんなことを言えるような状況でもないのでせっかくなら合わせてやるかとボクは精一杯の潤んだ瞳をカレンに向けた。

カレンはそんな僕を見た後、悔しさに拳を強く握りながらも肩の力を抜いた。

そんなカレン見て安心したのか、グライドはカレンの背中を優しくぽんと一回叩いてから監視員に頭を下げる。


「奴隷番号106番、21班の班長のグライドです。

お騒がせして申し訳ございません、彼はいかんせんここに来てから日が浅く未熟なもので。

こちらで再度教育しておきますので、本日は何卒ご容赦を…」


そう慈悲を乞うよう頭を下げたグライド。

58班の2人も後ろで続けるように頭を下げる。

だから僕も頭を下げた。

そして最後に一歩遅れてカレンも下げた。


「ふん、構わん、お前ら21班…だったな」


監視員は殺した奴隷の頭をぐりぐりと踏みつけながら答える。


顔を少しあげたら、死んだ奴隷と目が合った。

悔しいと、死んだ彼がそう言ってる気がした。そんな表情を浮かべていた。

もちろんそんな気がしただけ。

死体になったら人間だって肉の塊になるだけだ。

カレンがやろうとしていたように、

死んだ人間の仇を取ったところで死者に何かが起こるわけもないだろう。

生き返るわけでも、何かが貰えるわけでもない。

復讐なんて死者にとっては無駄なことだ。


…だけど、それは生者にとってはどうだろう?


「はっ」


「お前らは引き続き石を運べ。

…あと、もう一班、残りの奴らはこの死体ゴミの処理をしとけ、いいな?」


目の前のコイツを殺せたら、それもとびきり無様に殺せたら。

それはさぞ気持ちがいいだろうな。

と、そう思った。


ーーー


「なんでなんすか!!」


だからそう叫ぶカレンの怒りも僕には分かった。

殺された58班の青年はカレンとは歳が近かったからか仲もよさそうだったし、僕に対しても優しい人だった。色々とよくしてくれた。

だからどちらかといえば好きだった。


「なんで…。

どうしてグライドさんはあんなのが耐えられるんすか…」


「あん?」


「俺は…俺は…ッく…くそッ…!

くそぉ…ちくしょお、助けられなかった!!」


プルプルと震える拳をまた壁に叩きつけるカレン。

きっと、自分の中の無力感と戦っているのだ。


「カレン…」


僕の口から思わずカレンの名が溢れる。

カレンは珍しく傷心していた。

いつもは明るい彼が、奴隷の間でも人気者でお調子者。暗い雰囲気を変えるムードメーカーだった彼がここまで小さく見えたのは出会ってから初めてだった。


「知らねえよ…バカ。

他人の事なんかいちいち考えんな。

いいか?自分本位だ。

ここでは自分本位が正しい生き方なんだよ。

っち。寝ろ、ガキども。

くだらねぇこと考えずに寝ちまえ、明日もあるんだ」


対してグライドはいつも通りだった。

いつも通り、優しくて厳しい人だった。

カレンとの会話を強制的に打ち切り反対方向に身体を倒し、イビキをかいてすぐ寝たグライド。


「なぁセト…」


カレンはしょんぼりと気を落としたまま僕に話しかけてくる。

セト。それが僕の奴隷番号ではない名前だった。


「俺ってやっぱバカなんかな?」


バカ…。

らしくないことを聞いてくる。

これは相当参ってそう。


「うん、そうだね、バカ…なのかもしれない」


「…お前、結構はっきり言うのな。

もうちょっとオブラートに包んで貰ってもいいんだぜ?慰めてもらってもいいんだぜ?」


「でも、それでもいいんだと思うよ。

…だってバカなのはカレンの良い部分でもあるから。

カレンが人気者なのは底抜けのバカだからだよ」


「…そんなバカバカ言うなよ…。

でもそっか…ありがとな」


素直で簡単だ。

少し褒めただけで無様に鼻の下を伸ばした。


「ま、そうは言っても今日みたいな身勝手は考えて欲しいけどね」


それはそれとして、カレンが監視員に突っ込んで行こうとした時はそれはまぁヒヤヒヤとしたものだ。

走馬灯が先走りそうになった。


「それは、その…すまん。つい」


「まぁ分かるよ。

あんなもの見せられたら穏やかではいられないのも。

でも頼むよカレン。

僕には死ねない理由がある」


「…それって、ソフィアちゃんのことか?」


「そうだね」


復讐と解放。

僕の人生には目的があった。

この二つをこなすまでは何があっても死ねなかった。


僕には双子の妹がいた。

同じくこの奴隷島に囚われた妹、ソフィア・ソフィール。

ソフィアは僕にはない才能を持っていた。

勉強や運動に関わらず、日常の些細なところありとあらゆる分野においてソフィアは天才的で魅力的だった。

何もかもを無垢に賢く、素早く、効率的にこなし。

それでいて、どこか抜けていて愛らしく、優しさ、美しさまでを待ち合わせる。


両親や親戚はそんなソフィアを溺愛したし。

正直言って、嫉妬したこともあった。

僕より優秀なくせして、何事も上手くできるくせしてわざわざボクを頼り、甘え、立てるソフィアの素振りに苛立ちを感じた時だってあった。


でも、もう今じゃそんな考えも古い。


全てを黒仮面の男に壊された。

黒い仮面をつけ、赤い瞳を宿す異形の男だ。

たった一人で里に現れて僕らから全てを奪った忌まわしいあの男。


あの日。あの時。

僕らが産まれ育った故郷はあの男に滅ぼされた。

僕と妹はうまく隠れてやり過ごせたけど。

その後、運悪く人攫いの集団と出会い捕まった僕らはこうしてこの奴隷島まで連れて来られた。


それが1ヶ月くらい前の話である。

1ヶ月。

そうか。

もう、ここに来てからそれほどにもなる。


あの出来事は一人の子供を歪な自尊心だけ持つ小さく愚かな子供から小さく愚かな大人へと変えた。

僕にソフィアをここから出させたいと思わせるようになった。


僕はソフィアの凄さを知っている。

ソフィアはこれから先もっと成功する人間だろう。

歴史に名を刻むほどの偉人になる素質さえある。こんな場所で埋もれていい人間ではない。

ソフィアの才能を、彼女の力をこんな場所でこんな形で消費させるのはあまりに勿体無い。


だから…。

…いや、違う。

違うか。

何にでも理由を求めるのは悪い癖だ、正直になろう。


天才だから助けたいんじゃない、そんなのはどうでもいい。ソフィアが何もできない凡人以下だったとしても僕はソフィアを助けていた。

それは、妹だからだ。

家族だから、好きだから、愛しているから。

彼女にはただ、幸せになって欲しいと思う。

毎日笑っていて欲しいと思う。


家族が殺される前はそんなこと考えたこともなかった。妹なんて邪魔なだけで、

言い方が悪いけど消えて欲しいとすら思ったこともあった。

だから二人きりになってからこんなことを言い出すのも虫のいい話だと分かってる。


わかってるけどけど、これが今の本心なんだ。

僕の望み。


あとはそうだな。復讐もある。

火傷の男への復讐。

一族を殺した罪は必ず命で償ってもらう。

これは愛とは真逆の属性。

ただの憎しみ。

気持ちが晴れるから。


自分でもよく分かっていた。

愛情と復讐に心酔してるだけってのは。

それもこれも全ては胸を貫く苦しみのせいだ。

今は何かに酔ってでもないとまともに前を向いて生きれなかった。

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