第13話 狂乱
深夜、
奴隷解放作戦の決行時間が迫っていた。
イシェトの結界内の円卓では人数が揃い。最後の打ち合わせを始める。
一人一人が自分の役割を最終確認し、僕らはイシェトの結界から抜け出した。
「セト、わりい一つ手伝ってくれないか?」
奴隷房の鍵を開けようとする手前、カレンが僕に言った。
「手伝い?」
「そ、そこに寝てるグライドのおっさんをイシェトの結界内に放り投げる手伝い」
「なんでそんなことを?」
「これからインジケーターを破壊して暴動を起こす、俺らはそのためにこの房から脱出するだろ?
けど、ここに残されたおっさんはその間どうする?暴動より早く責任取らされて処刑されたりでもしたらかわいそうだろ。
もうここまで来たんだ。
グライドのおっさんに計画のことバレてもいいとおもうんだ」
「なるほど乗った」
僕らは非常に悪い顔をしてグライドを襲った。
カレンは寝ているグライドの口を手で塞ぎ、僕は手足を縛る。
見事な連携だ。
口に布を巻いて、ふがふがと哀れな抵抗するグライドを
「せーの」の合図で異空間に放り投げる。
ここまでおよそダイジェスト40秒の出来事であった。
「よし。グライドさんのあとのことはイシェト達がやってくれるだろう」
そう結界の扉を閉めたカレン。
僕はそれと同じタイミングで房の鍵を開けた。
「いこうカレン」
「おうよ」
ーーー
僕らが集合場所である広場に着いた時、大柄な体を壁にもたれかけさせ、落ち着いた様子で腕を組んで
いるボブルが見えた。
「来たか、お前ら」
低い声が夜に響く。
どうやらイズナはまだ到着していないようだった。
少しの間、僕らの中に気まずい沈黙が続いたが、その静寂を破るように、軽やかな足音が近づいてきた。
「私が最後ですか、すいません。待たせました」
静かな声で謝りながら、イズナが遅れて到着する。彼女は息ひとつ乱していなかったがそれでも、急いできたことは額の汗をみれば分かることだった。
「皆、揃ったか」
ボブルは短く確認を取ると、頷いた。
「まずは武器だ、受け取っておけ」
彼は持っていた袋を慎重に開け、中からそれぞれの武器を取り出す。
僕には注文しといた鋭い刃が光るナイフが手渡された。
重さはほどよく、手に馴染む。
イズナは美しい刀を手にした。
その刀は、彼女の冷静な表情とよく似合っている。軽く鞘を抜き、刀身が月光を受けて輝いた。
カレンは一振りの直剣を手に取り、しっかりと握りしめた。
「行くぞ」
ボブルの短い言葉とともに、僕らは夜の闇の中、静かに戦いに向けて走り出した。
ーーー
ソディスの心臓の入り口は、何の変哲もない森の中にあった。
木々が生い茂る暗い森に、風が吹き抜ける。
僕たちはボブルの後ろにつきながらその森を慎重に歩き、周囲を見渡すが、特別なものは何も見つからなかった。
「ボブルさん、本当にここなんすか?」
カレンがボブルへ疑いの声を漏らした。
「間違いない、この辺りだ」
それに対してボブルは自信を持って答えながら、周囲の木々に手を伸ばしていく。
僕たちはボブルの様子を大人しく見守った。
ボブルは次々と木々の幹に触れていくが、何も起こらない。それでもボブルは焦る素振りも見せず、静かに一つひとつ確認を続ける。そして、しばらくして――
カチリ。
一瞬、周囲が静まり返った。
ボブルが触れていた木から、かすかにそんな機械的な音がしたのだ。
「これが当たりか…」
ボブルの低い呟きと同時に、ゴゴゴと重い音が森の中に響き渡り、地面が僅かに揺れた。
目の前の木々がゆっくりと動き始め、まるで自然の一部が機械仕掛けであるかのように、地面から扉が現れる。隠されていた地下への入り口が、闇の中から姿を表した。
僕はその光景に息を呑む。まさかこんな場所に、こんな隠れた構造があるとは誰も想像できないだろう。
まさに秘密基地って感じだ。
「行くぞ。ここからが本番だ」
ソディスの心臓は、思った以上に入り組んだ洞窟のような内部だった。入口を抜けると、突然赤い点滅が視界を埋め尽くし、警報の音が耳をつんざくように鳴り響いた。
「セト!イズナ!任せたぞ!」
カレンの一言で僕は自分の役割を思い出す。
僕とイズナの仕事は、ここで暴れ、注意を引く事。
揺動係。
ボブルは猫に変身して走り出した、カレンはその後に続く。
すぐにして、二人の姿は見えなくなった。
「じゃあ、やりましょう。セト」
そう言って近くの何かの機械を蹴って壊し始めるイズナ。
早速だなぁ。と思いながら僕も鎌鼬を呼び出して蹴ったり切ったり叩いたりの破壊活動を続ける。
壊すものはなんだってよかった。
ここにいるであろう教団員が嫌がって僕らを止めようとすれば何をしたって。
僕らに目が向けばなんだって。
「侵入者だ!!」
想定通り、道の先から教団の叫ぶが聞こえた。
数人の団員が、剣を持って僕らを殺そうと向かってくる。
「さて、戦闘ですよ、セト。
準備はいいですか?」
「もちろん」
僕とイズナは破壊活動をやめ彼らを向かい打つ体制に入った。
イズナは鮮やかに教団員を殺害していった。
一人また、一人と、音を置き去りにしてその胴体を切断していく。
僕もイズナに負けじと頑張った。
イズナが3人倒すなら鎌鼬は1人倒そう。
僕は0.5人。
それくらいのモチベーションで教団員と戦っていた。
何分か戦ってると、逃げ出す教団員の姿も見られたが、イズナがそれを許さなかった。
敵前逃亡は死刑。
イズナは逃げ出そうとする者から徹底的に狙っていた。
正確悪いなー。
そう思わざるを得ない。
だって、逃げ出そうとしても、死。
戦っても死なんだもの。
じゃあ、初めから向かって来るなって話か。
こっちから強襲しといてなんだけどさ。
それでも襲いかかってくる教団員はいるようで。
少し疲れてきたな、と思いながらも僕は戦いを続けた。
20分ほど時間が経てば、道の先から響く巨大な爆発音がした。
僕とイズナは顔を合わせる。
「…成功したのかな?」
「さあ?
分からない。
けど、考える前にコイツらを片付けないと」
どうも作戦が中断したようではない、もしカレンとボブルが死んだり行動不能になればボブルのペットの鼠が僕に知らせに来るようになってるし、もしそうでなくても30分以上の遅れが見られれば今からでも僕らがマザーエンジンの破壊に向かうことになっている。
「いたぞ!反逆者を殺せ!!」
人の心配をしてる暇は無さそうだった。
まだまだ湧いてくる教団員。
殲滅はまだ続きそうだ。
ーーー
教団員をある程度、
一掃し、やっと落ち着いて腰を降ろしたとき、通路の先からカレンとボブルが煤だらけの顔で現れた。その表情には自信がみられる。
作戦は成功したのだろうと、特に訊ねるまでもなくわかる気がした。
「終わったぞ」
カレンが煤だらけの笑顔で僕らに言った。
「マザーエンジンは壊せたの?」
僕は確認する。分かってはいたが、カレンが聞かれたがっていたので、わざわざ尋ねることにした。
「もちよ」
カレンはグッとサインをし、軽く笑う。
しかし、その笑顔には重みがあった。
結構な偉業を成し遂げたというのは事実だろう。
「けど、これで一番重要なステップは果たせましたね」
「そうだな、これで奴隷を縛る枷はない。あとはイシェト様の船が到着するのを待つだけ…」
その瞬間、ボブルの言葉が急に止まった。地響きと空気の戦慄が突如として襲ってきた。
何が起こったのかを確認するために、僕らは急いで基地の外に出た。
「な、なんだよ…あれ」
カレンが指を指す先には、空に立つ巨大な人型の影があった。
他の人間も呆然とその光景を見つめている。
空には、巨大な精霊が顕現していた。
その姿には見覚えがあった。
大精霊セレスサクスだ。
彼女が、その圧倒的な存在感を放ちながら、空中に立っていた。しかし以前とは違い、今回セレスサクスの目は死人のように冷たく感情を無くしていた。
僕たちはその場で言葉を失った。
「大精霊…セレスサクス…」
その恐ろしさを本当に理解していたのはきっと僕だけだったのだろう。
「セレス…え?なに?」
「なんで、アイツが…ここに?」
おかしい。
セレスサクスは今、ソフィアの中に居るはずだ。
あの日、儀式でソフィアの中に住み着いた…。
そこで僕は勘づいた。
なぜ、セレスサクスが現れたのか。
その理由を。
まさか…。
ソフィアに何かがあったのか?
「アレについて何か知ってるんですか?セト?」
僕はイズナの問いに答えるつもりがなかった。
その余裕がなかったから。
「あそこに、行かないと」
僕は僕の持つ2体目の精霊、美鷹と呼ばれる成人男性ほどのサイズの鷹を呼び出し、その背中に乗った。
「セト様…どこまで御用ですか?」
美鷹は呼び出すやいなや都合よくそんなことを言ってくれた。
「美鷹、今すぐあのセレスサクスの元まで送ってくれ」
「セレスサクス…。あの巨人ですね。
かしこまりました」
「ちょっとセト!?
聞いてるんですか!?アレは一体何?」
答えない僕の肩を掴みゆすった、イズナ。
イズナも本能でアレがヤバイと感じているのだろう。
確かな焦りがみられた。
「俺も教えて欲しい、アレはなんなんだよ、セト」
カレンも続けて聞く。
ここまで来たら答えないわけにもいかなかった。
「…アレは…。
ソフィアの中に住む化け物だ」
「そ、ソフィアのなかに?」
イズナが口を抑える。
「アレがなんなのかは僕にだってよく分かってない。
分かってないけど、ソフィアがアレの自由を許すはずがない。きっと何かあったに違いない」
「何かって!なんですか!?
ソフィアに何があったんですか!?」
「分からない!
だから、今から確認しに向かうんだ。
いいですよね、ボブルさん。
元からそういう約束です」
僕はボブルに確認をとった。
ダメと言われても行くから無意味な確認だけど。
「もちろんだ、止めない。
止めないが…大丈夫なのか…アレは?
アレの近くまで行っても、生きて戻れるのか?」
「分かりません。
けど行かなきゃいけないから行きます」
「セト…」
カレンが僕を呼んだ。
「なら、そっちは任せた!」
それだけを残してカレンは走った。
どこへ行ったのかは分からない。
きっと自分の定めた目的に向かってだ。
カレンからの信用を感じた。
セレスサクスは僕がどうにかしてくれるという強い信頼を。
なら、僕の仕事はそれだ。
信頼に背くわけにいかないだろう。
「…向かいます、飛べ!」
そう美鷹に合図を出そうとしたところだった。
イズナが僕の背中に抱きついた。
「い、イズナ?」
「私も向かいます。
アレがソフィアちゃんから出たってことは、きっとただ事じゃない。
ソフィアちゃんの身に何かあったってことでしょ?」
そう僕の腰に両腕を回して背中に抱きつくイズナ。空飛ぶ美鷹から振り落とされないためってのは分かるんだけどさ…。
その胸が、押し当たってる。
「い、いや。美鷹は一人乗りだし…」
「いえ、問題ありません。
レディに重さはありませんよ、セトさま。
任せてください」
そう言いきる美鷹。
久しぶりに女を乗せれるから見栄張ってんのは分かるけど、お前そんな丈夫じゃないだろうに。
「…イズナの小さい胸があたってるというか…」
「はぁ!?この非常事態に胸の一つや二つなんだっていうんですか!?あと小さいは余計です!」
はい!まったくもって、その通りです!
はい!!すいません!!
「行けっ!美鷹!」
美鷹は飛び立った、僕とイズナを乗せて空を舞う。
顕現したセレスサクスの元に向けて。
ーーー
向かうべき場所ははっきりしていた。セレスサクスの発生源は、奴隷島で最も高い山頂。
そこは以前から謎めいた場所で、誰も立ち入ることが許されていなかった禁足地。
山頂には、異様な黒い球体がドームのように広がっており、そこからセレスサクスは従来の召喚とは違い腹から上だけが異様な形で顕現し、狂乱していた。
村で見せたあの静かで穏やかな姿は、今はどこにもなく。複数の目が赤く血走り、苦痛に満ちた悲鳴を上げている。
うねうねと不規則に胴を動かし、指先で狂ったように自らの顔の皮膚を引っ掻いている。ゴリゴリと音を立てて皮膚を剥ぎ取り、流血と共にその垢がぼろぼろと地面に落ちていく。まるで何かに取り憑かれたかのように自傷行為を繰り返すセレスサクス。
「どうして…こんなことに?」
叫び声に耳を抑えたくなる衝動を抑えながら僕は考えを巡らせた。
この狂乱した大精霊セレスサクスの姿は、ただの自然現象ではないだろう。
ほっておけば確実に何らかの不幸が訪れる。
何かがソフィアの中のセレスサクスをこうして狂わせてる。
「…セト」
背中のイズナが心配そうに僕に語る。
「あの怪物から剥がれ落ちた垢。
白い垢、アレが変体しているようです」
「変体?」
そう言われて、セレスサクスの足元、剥がれ落ちた垢を見てみるが、遠すぎてちょっと視認できない。
白い何かがあるなー程度にしかわからない。
イズナの特殊な目だから見えたのだろう。
「説明してくれ、イズナ、今何が起こってる?」
イズナの唾を飲み込む音が聞こえ、抱きつく力がより強くなる。
胸の押し付けも。
いや、落ち着け、流石にそんな場合じゃない。
「私にも分かりません。
だから、説明します…。
あの化け物から剥がれ落ちた垢が…魔物になっている。
地面に落ちた瞬間にドロドロの液体に変わって、白い人型の怪物になっている」
「化け物?」
「大きさはばらばらです。
大きい個体もいれば極度に小さな個体もいる。
人型ではありますが、頭はありません。
骨がないのか軟体動物のようにくねくねと動き、生理的な嫌悪感がすごく強い見た目。
全てに共通して言えるのは、アレらは手当たり次第、目につくもの全てを破壊している。
木や岩、動物から他の魔物まで、
進行を妨害するものを見境なく全て壊している」
「…全て、破壊」
「悪意…いや、敵意…。
それとも違う…無垢です。
純粋な強い暴力性以外はなにもない…。
このままじゃ、
あの群れはすぐに人の場所まで辿り着いてしまう。
アレが人に出会ったら…きっと」
その先をイズナは言わなかった。
言わなくても分かることだったから。
どうも、
悪い予感ばかりあたってるようだった。
ーーー
セレスサクスの発生源である黒の球体に近づくと、遠くから見たときの印象とは違い、その大きさに圧倒された。
そびえ立つそれは、何かを守るかのように張り巡らされた結界のようだった。周囲にはその結界すら壊そうとセレスサクスの魔物達がガシガシと取り囲み攻撃している。
今もなお頭上から落ちてくる白い垢を避けながら、美鷹は言った。
「セトさま、アレは結界です。
誰かが外部との干渉を防ぐために張ったものです」
「入る方法はないのですか?セト」
イズナが静かに僕に聞いた。
「ないのか?美鷹?」
僕はその結界についてはなにもわからなかったので美鷹にパスした。
「結界ならば、特にこれほどの大きなものならどこかに脆弱な部分があるはずです。
そこを見つけ、あとは…」
「あとは?」
「突き抜ける、それしかありません」
…。
少し、無言になる僕ら二人。
「あの、大丈夫なんですか?それ?」
心配して美鷹に確認するイズナ。
「大丈夫です、きっと、多分」
それに対し、美鷹はそんなあやふやな言葉で返した。
「やろう、やるしかない」
3周ほどそのドームの周りをぐるぐると回れば、美鷹はすぐに結界の弱点を見つけ出した。
僕は深呼吸し、気を落ち着かせる。
そして、黒い球体に手をかざせば冷たく、鋭い力が手のひらに刺さるように感じた、確かにこの結界は中に何かを秘めている。
「イズナ、刀を貸してくれ」
「はい」
僕はイズナから刀を受け取る。
「もし、失敗したらどうなるんですかね、私たち…」
ぼそっと、そんなイズナの心配の声が聞こえる。
「きっと、入れるはずだ…いや、入らなきゃならない」
僕は覚悟を決め、
美鷹は翻しその弱点に向け突進した。
僕らと結界の壁が衝突しようとする瞬間
僕は結界に向かって刀を突き刺しさらに押し込んだ。
「うおおおおおっ!!」
結果と刃の間では激しい衝突が起こり、火花すら散っていた。
僕は叫び、
それと共に、切り開かれた結界の僅かな隙間に飛び込む。
「やった!」
と思うも束の間、切り開いた結界の隙間は修復され、美鷹の意識は失っていた。
「え?きゃ、きゃあああああああ!!!」
イズナが叫ぶのも無理はない。美鷹が意識を失っているってことはつまり空を飛ぶ翼がないってこと。
僕らは結界中の空中を落ちているのだから。
僕は手元の刀で血を出し、
美鷹の背中に魔法陣を描き鎌鼬を呼び出した。
ハンドサインで美鷹を戻し、
鎌鼬は僕とイズナを空中で抱え、落ちていく。鎌鼬が操る風が僕らを包み込み、瞬時に落下の勢いが和らいだ。
それでも高度からの落下の衝撃はゼロではなく、土埃が僕らを包む。
土埃があければ、
そこに映ったのは衝撃的な光景だった。
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