第14話 かたき討ち

結界内の山頂にあったのは古い文明の遺跡(なごり)だった。

崩れた大理石などのかつての栄光を思わせる巨大な柱や、崩れ落ちた天井の破片が散らばる。


僕の目が捉えたのは、

宙に浮かぶ妹、ソフィアの姿だった。

彼女の周囲を取り囲むように、黒いローブをまとった神官たちが魔力を送っていた。

ソフィアには意識がないのか目を閉じたまま、その身体から漏れ出るエネルギーが今地上に顕現しているセレクトサクス本体であり、神官たちが無理やりソフィアを支配しているのだと理解した。


「セト、あそこに…」

イズナが低い声で僕の目線を促した。


立っていたのは、男だった。

頭の天辺からつま先まで身体全身に赤黒い包帯を巻いた、ミイラ男。

顔の赤い瞳と黒い剣を持つ男。


その剣には見覚えがあった。

見覚えしかなかった。


両親の、仇である男。


エリサを殺した、あの男が持っていた、剣そのものだった。

あの男だ。僕の村を滅ぼし、ソフィアを奪った張本人。全ての黒幕だということは疑いようもなかった。


「お前らは、誰だ?

いや、格好を見ればわかる、奴隷だな、

どうやって結界を抜けてきた?」


男は僕のことを覚えていなかった。

きっと彼にとって僕なんかの存在は今まで殺してきた人間の、無数にいるエキストラの一人にしかすぎないのだろう。

こっちが勝手に恨み、仇に思ったとて、向こうからは認知すらされていない。


「ははっ」


こういうシチュエーションは想像していたものだった。

仇を打とうと決めた時から、いずれ僕らはどのような形であれ対し、殺し合いをするとは思っていた。

もし、彼と出会ったら、僕は冷静でいられるのだろうかとか、激情のままに飛び込んでしまわないかとか、そういう杞憂もあった。


けど、実際は想像のどれにもないもの。

怒りより、なんだか不思議な笑いが込み上げてきた。

面白さなんて一切ないのにも関わらず、僕は乾いた笑いを浮かべていた。


「お前、なにが面白い?」


男は僕に聞く、何が面白いのかと。

僕は答えた、


「嬉しいんだよ。

やっと、お前を殺せることが」


ーーー


「俺を殺すだと?」


「覚えてないか?

お前が襲った村を」


「襲った村…はて?

どの村だったかな?」


「精霊使いの村だ」


「精霊使い…、

ああ、あれか。

あの忌々しい精霊やろうの村か」


男は何かに納得したように、手を叩いた。


「アンタを殺してしまう前に、

いくつか聞きたいことがある、

なぜ、あの日。

僕の村を襲った、何が目的だった?」


「なぜそれをお前に教えなければならない?」


「ならばお前を殺すだけだ。

父と母、友人、無念に散った同胞の仇を取らせてもらう」


「分かった、分かった。

まて、少しまて、せっかくだ。

話してやろう」


「…どういう心境の変化だ?」


「なに…。

珍しいからな、仇を取りにくる者というのは。

…まず、俺は獲物を逃がさない。

万が一逃げたとしても、ソイツには絶望の記憶しか残らない。

なかなかいないんだよ、俺と知ってなお立ち向かってくるお前のような奴は。

興味が出た、名はなんだ?」


「…セト・ソフィール」


「そうか、セト・ソフィール、覚えておこう。

俺はナイトフォール。

覚えておけよ、それが仇の名だ」


ナイトフォール。

だからなんだ。

これから殺す人間の名前を知ったところで、なにか意味があるわけでもない。


「そうだな…何から話すか」


ナイトフォールはゆっくりと遺跡の階段に腰を下ろした。どこからかタバコを取り出し、火をつける。


「そうだな…何から話すか。

俺が、セト、お前の村を襲ったのは簡単に言えば、それが仕事だったからだ」


「仕事?」


「ああ、そうだ。俺は各地を渡り歩き、殺し屋をやっている。個人経営の殺し屋だな。勘違いして欲しくないが、俺はこのカルト教団の人間ってわけじゃない。持ちつ持たれつの関係性。いわゆるビジネスパートナーってやつ。お前の村を襲った理由は、今あそこに浮いている化け物を狙っていた」


ナイトフォールは宙に浮かぶソフィアを指差した。


「化け物…」


胸の奥に寒気が走る。

ギュッと締め付けられる。


「教団の奴らはあの化けもんを使って何かをするつもりだったらしい。詳しいことは知らんが、依頼はあの化けもんを体に封印した巫女を生かして連れてくること。それだけだった」


「だから、村を襲ったのか?」


「そういうこと。俺はただの武器だった。振られるままに人を殺し、引き裂いただけさ」


ナイトフォールは淡々と語る。その無情に、さも当然とでも言うように。


「…なら今は何をやろうとしている?」


「ん?」


「お前が殺し屋で、教団に雇われて村を襲ったのは分かった。次に、この状況について説明してもらう」


視線はソフィアに向けられたままナイトフォールはタバコを深く吸い込むと、ゆっくりと煙を吐き出しながら言った。


「ああ、この状況か。

状況…そうだな。

簡単に言えば、教団の計画を乗っ取った」


「乗っ取る?」


「そうだ。あの精霊使いの村、お前の村だったか。あそこで俺はヘマをした。

…呪いを受けたんだ、あの白髪の女のせいでな」


ナイトフォールの目が、包帯の間から遠くを見るように細められた。


「白髪の女?」


「あの精霊使いの村。

お前の村、だったか。

俺はあそこで呪いを負った。

あの、白髪の女のせいだ。

アイツ、自分の身体に呪いをかけてやがった。

幾千にも及び絡む。

多重の呪いだ。

あの女、自分を殺した俺を殺すためだけにそんなものを用意してやがった」


ナイトフォールは続けた。


「呪われた俺は怒りのまま我を忘れて村の人間全員を殺した。殺しまくった。

だから、目的の巫女もそのときやっちまったと思っていた」


「…質問に答えろ。

お前は今何をしていると聞いてるんだ」


「自暴自棄だよ。


この忌々しい呪いを解呪しようとして、どの専門家に尋ねても無駄だった。

理解したか?

俺はもう長くない。皮膚は焼け爛れ、内臓は腐り始めている。剣すらもうまともに振れない。

お前が求めた仇は、もう、死ぬんだよ。

せっかく死ぬならめいいっぱい爆発してやろうと思ったのよ。

なぁ、セト、聞けよ、酷いよなぁ。

ここの教団の奴ら、俺が巫女を殺したと聞いた時なんて言ったと思う?

使えない男、所詮は路地裏出身のゴミだとよ」


ナイトフォールの体は震えていた。


「あんな屈辱はなかったぜえ、

耐え難い屈辱だった。

そういうの、普段なら剣でパパッと殺すんだけどさあ。殺して忘れんだけどさあ。

それができねぇのよ。こんな身体じゃあ。

あんな雑魚ども一人すら満足に殺せなかった。

だから色々考えてさぁ、考えて調べて、たどり着いた結論がこれ。

このバケモンにこの島の全部壊して貰おうってわけ。

全員ぶっ殺してやろうと思ったのよ」


「つまり、お前は教団を壊滅させようとしてるのか?」


「そうだ」


「奴隷も巻き込んでか?」


「奴隷なんかしらねぇよ、俺はここの教団を殺せればよかった。

皆殺しに出来りゃそれでいい。

このタイミングなのは都合が良かったからだ。

アイツらバカでさあ。

自分らが既にお目当ての巫女を捉えていたことを知らなかった。だからビビったぜ、あの巫女が普通に奴隷してた時には。

ちょうどよく、誰かさんが暴れてくれたお陰で教団達はパニックになっていた、俺はその隙をついて幹部どもを殺害。

忍び込ませた何人かの仲間と巫女を拉致。

バケモンをこっから解き放とうとしてるってわけ、わかる?」


ナイトフォールは立ち上がった。


「けど、そんなことがどうでもいいと思えるくらい面白い事が起こったのさ。

今、俺の目の前にはチャレンジャーが来ちまった。

俺の人生最後になるかもしれない、チャレンジャー(復讐者)がな」


ナイトフォールは剣を引き抜いた。


「一対一なら相手してやる」


ナイトフォールは剣を構えたが、その体は見るからにボロボロだった。立っているのもままならないようで、足元がふらついている。だが、その眼光だけは鋭く、まるで死を恐れていない狂気に満ちていた。


「セト…」


イズナが呟く。

分かっていた、彼がもう戦える体ではないこと。

けど、それでも戦わなければならない。


僕はイズナと鎌鼬にハンドシグナルで戦うことを伝えると、二人は黙って見守った。


僕は震える手でナイフを握りしめ、ナイトフォールに向かい合う。


「…来い、セト・ソフィール」


ナイトフォールは低い声で挑発するように言った。彼の呼吸は荒く、体の一部は痙攣していたが、それでも剣を握る手に緊張感が走る。


僕はナイフを構え、じりじりと間合いを詰める。心臓が胸を打つ音が頭に響き、手のひらが汗で濡れているのがわかった。


「僕は今からナイトフォール、お前を殺す」


「違うな、死ぬのはお前だ。俺は死なない」


「ただ。

命乞いをしてソフィアを解放するなら別だ…」


「舐めるなぁ!!!」


ナイトフォールは叫んだ。


「セト・ソフィール。

お前がやらないのなら、今、あの巫女を殺す。

いいのか?

お前の村の巫女だろ?守りたくはないのか?」


「…いいのか?

その女を殺したらセレスサクスは消滅するぞ。

お前の計画は破綻する」


デタラメを言った。

今の状態でソフィアが死んだら大精霊がどうなるのかなんて誰にも分からない。


「もうここまできたら、何もかもがどうでもいいんだよ!

お前との戦い以外は、どうでもよくなった!

戦え、セト・ソフィール!!!」


僕は覚悟を決めて、ナイトフォールを睨みつけた。


「ああ、そうだその目だ…」


僕は地を蹴り、ナイトフォールに突進した。握るナイフの切っ先が彼の喉元を狙う。だが、ナイトフォールは咄嗟に剣を振り上げ、僕の攻撃を受け止めた。


「…甘いな!」


ナイトフォールの剣が力なく揺れるが、彼の攻撃は的確だった。僕は彼の重い一撃に対して一瞬だけ体勢を崩した。その隙を突かれ、横から切り返しの一撃が飛んでくる。


「くっ…!」


僕は寸でのところで体をひねり、致命傷を避けた、が、剣先は肩に突き刺さり深い傷を作った。

血が服にじわりと滲み、鋭い痛みが襲う。

だが、

ナイトフォールもまた限界に近いことは明らかだった。


息を荒らしながら再び間合いを詰める。ナイトフォールはその様子を見て、うっすらと笑みを浮かべた。


「セト。

今の、お前の目には、俺と同じ復讐が宿っている…ああ、いい、実にいい。

俺は殺され、そのまま第二の俺になるんだ。

俺を継ぐのはお前だけだ」


「黙れ!」


僕は渾身の力を込めてナイフを振り下ろす。ナイトフォールは再びそれを剣で受け止めようとするが、力が尽きたのか、彼の剣は勢いに負けて弾かれた。僕のナイフは彼の胸に突き刺さり、ナイトフォールの身体が一瞬だけ震えた。


「…終わりだ…」


僕は力を込めてナイフを深く押し込み、ナイトフォールはゆっくりと膝をついた。彼の目が虚ろに開かれ、口元にはうっすらと笑みが残っている。


「………っは、うえ」


ナイトフォールは最後何かを呟けば。

息絶え、その身体は力なく崩れ落ちた。

僕は荒れた呼吸を整えながら、彼の亡骸を見下ろした。


…。


「セトっ!!!」


イズナが駆け寄ってくると、彼女の後ろには鎌鼬も続いていた。イズナは僕の怪我を見て驚愕し、目に涙を溜めていた。


「だ、大丈夫ですか!セト!!」


彼女の声には焦りと心配が込められていた。その言葉に微笑んでみるも体は正直で、


「っ…!」

鋭い痛みに顔をしかめてしまった。


「大丈夫、僕は大丈夫。それより、ソフィアは…」


目の前に広がる惨状に息を呑んだ。

ソフィアを取り囲んでいた神官たちは一人残らず倒れていたから。

彼らの死因は首を掻き切った自殺だ。

血で染まった遺跡の床が、彼らの最後を物語っていた。


「…人の狂気じゃな」


鎌鼬の冷静な声が背後から聞こえた。

僕はソフィアに目を向けた。彼女は無傷で宙に浮かんでおり、眠っているようだった。その周囲に広がる血の海と死体の中で、ソフィアだけが静かに輝いているように見えた。


「ソフィア…」


急いでソフィアの元へ駆け寄り、その体を優しく抱き上げた。彼女の表情には痛みも恐怖もなく、まるで安らかな眠りに落ちたかのようだった。


「鎌鼬…ソフィアを頼む」


「まかせんさい…」

鎌鼬の背中にソフィアを乗せ、話す。


「帰ろう。

他のみんなはまだ戦ってる、助けないと」


イズナは泣きながら頷き、僕の肩を支えてくれた。

歩くたびに、自分の体から流れ出る血の量が増えているのを感じた。


周囲の景色が徐々にぼやけ、足元がふらつき始める。意識が薄れる中で、イズナと鎌鼬の支えを受けながらも、視界は次第に暗くなっていった。

もはや歩く力も失い。

体が重力に逆らえずに崩れ落ちた。


「セトっ!!」


イズナの悲鳴が響く中、僕は地面に倒れた。意識はもはや朦朧としており、視界は完全に暗転していく。体は冷たく、痛みと意識は次第に遠のいていった。

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